ときの忘れものでは「建築家のドローイング展」を開催中です。
本日ご紹介するのは、石山修武のドローイングです。

石山修武 Osamu ISHIYAMA
《それでもあるユートピア》
2004
紙・水彩・他
57.0×76.0cm
signed
1970年代に「婆娑羅」という会を結成し、建築界のゲリラとして暴れまわったのが石山先生たちでした。
<毛綱モン太、石井和紘、石山修武、そして六角鬼丈である。後年、と言いたいところだが、出会ってすぐに血気盛ん、と言うよりも早く早く成り上がりたいの気持が強かった我々は「婆娑羅」の名を冠したグループを結成した。気持ちだけは「メタボリズム」グループに対抗してやれとの意気があった。当時華の中の華であった黒川紀章、菊竹清訓のスター達に、背伸びしてでも立ち向かってやれのヤクザ言葉で言えば鉄砲玉みたいな連中ではあった。
(石山修武 スタジオGAYA日記より>
かく広言する建築家が本業の設計をするだけでなく、書いては名文をものし、あるときには終日銅版に不思議なイメージを刻み続ける。そんなひとが描く絵が面白くないはずがありません。
■石山修武 Osamu ISHIYAMA
建築家。1944年生まれ。66年早稲田大学理工学部建築学科卒業。68年同大学院修了。75年[幻庵]で衝撃的なデビューを飾る。85年「伊豆の長八美術館」で第10回吉田五十八賞、95年「リアス・アーク美術館」で日本建築学会賞、及び第13回軽金属協会建築賞受賞。96年「ヴェネチア・ビエンナーレ建築展」では瓦礫が散乱する廃墟を出現させ金獅子賞、98年日本文化デザイン賞、99年織部賞、2002年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2008年世田谷美術館にて「建築がみる夢 石山修武と12の物語」が開催される。2014年3月まで早稲田大学理工学部教授をつとめる。
著書『建築家、突如雑貨商となり至極満足に生きる』『現代の職人』『笑う住宅』『石山修武画文集 世田谷村日記』他。
■石山修武の建築

[伊豆の長八美術館]
1984年竣工
静岡県松崎町
撮影:綿貫不二夫
松崎町は、江戸から明治にかけて活躍した左官職人「伊豆の長八」の作品が多くあり、それらを記念して作られた美術館です。
全国から長八の神業を継承する有能な技能者が集まり、現代左官技能の粋をつくしてつくられた[伊豆の長八美術館]は、1985年の吉田五十八賞を受賞しました。
[観音寺]
1996年
東京、早稲田
撮影:綿貫不二夫
石山先生の母校早稲田大学のすぐ近くにある寺院「真言宗豊山派 観音寺」です。住職の荒川達雄さんによると、本殿内の天井は雲をイメージしており、美術館のような風貌が漂っているそうです。
[世田谷村]
2001年竣工
東京
撮影:尾立麗子
建築家・石山修武の自邸兼設計事務所。4本の柱で支えられた半月状の大梁から床を吊るという構造になっています。
基本的な構造部以外は石山先生がセルフビルドでつくっており、2001年竣工となっていますが、未だ進行中です。版画制作や展覧会の打合せはこの1階で行うのですが、蚊取り線香必携です(笑)。

2006年某月某日
ときの忘れものにて
描く建築家
◆ときの忘れものは2015年11月7日[土]―11月21日[土]「建築家のドローイング展」を開催しています(*会期中無休)。
安藤忠雄、磯崎新、石山修武、光嶋裕介、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエ、アントニン・レーモンド、マイケル・グレイヴスなど、8人の建築家によるドローイングを展示します。
●価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
本日ご紹介するのは、石山修武のドローイングです。

石山修武 Osamu ISHIYAMA
《それでもあるユートピア》
2004
紙・水彩・他
57.0×76.0cm
signed
1970年代に「婆娑羅」という会を結成し、建築界のゲリラとして暴れまわったのが石山先生たちでした。
<毛綱モン太、石井和紘、石山修武、そして六角鬼丈である。後年、と言いたいところだが、出会ってすぐに血気盛ん、と言うよりも早く早く成り上がりたいの気持が強かった我々は「婆娑羅」の名を冠したグループを結成した。気持ちだけは「メタボリズム」グループに対抗してやれとの意気があった。当時華の中の華であった黒川紀章、菊竹清訓のスター達に、背伸びしてでも立ち向かってやれのヤクザ言葉で言えば鉄砲玉みたいな連中ではあった。
(石山修武 スタジオGAYA日記より>
かく広言する建築家が本業の設計をするだけでなく、書いては名文をものし、あるときには終日銅版に不思議なイメージを刻み続ける。そんなひとが描く絵が面白くないはずがありません。
■石山修武 Osamu ISHIYAMA
建築家。1944年生まれ。66年早稲田大学理工学部建築学科卒業。68年同大学院修了。75年[幻庵]で衝撃的なデビューを飾る。85年「伊豆の長八美術館」で第10回吉田五十八賞、95年「リアス・アーク美術館」で日本建築学会賞、及び第13回軽金属協会建築賞受賞。96年「ヴェネチア・ビエンナーレ建築展」では瓦礫が散乱する廃墟を出現させ金獅子賞、98年日本文化デザイン賞、99年織部賞、2002年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2008年世田谷美術館にて「建築がみる夢 石山修武と12の物語」が開催される。2014年3月まで早稲田大学理工学部教授をつとめる。
著書『建築家、突如雑貨商となり至極満足に生きる』『現代の職人』『笑う住宅』『石山修武画文集 世田谷村日記』他。
■石山修武の建築

[伊豆の長八美術館]
1984年竣工
静岡県松崎町
撮影:綿貫不二夫
松崎町は、江戸から明治にかけて活躍した左官職人「伊豆の長八」の作品が多くあり、それらを記念して作られた美術館です。
全国から長八の神業を継承する有能な技能者が集まり、現代左官技能の粋をつくしてつくられた[伊豆の長八美術館]は、1985年の吉田五十八賞を受賞しました。

1996年
東京、早稲田
撮影:綿貫不二夫
石山先生の母校早稲田大学のすぐ近くにある寺院「真言宗豊山派 観音寺」です。住職の荒川達雄さんによると、本殿内の天井は雲をイメージしており、美術館のような風貌が漂っているそうです。

2001年竣工
東京
撮影:尾立麗子
建築家・石山修武の自邸兼設計事務所。4本の柱で支えられた半月状の大梁から床を吊るという構造になっています。
基本的な構造部以外は石山先生がセルフビルドでつくっており、2001年竣工となっていますが、未だ進行中です。版画制作や展覧会の打合せはこの1階で行うのですが、蚊取り線香必携です(笑)。

2006年某月某日
ときの忘れものにて
描く建築家
◆ときの忘れものは2015年11月7日[土]―11月21日[土]「建築家のドローイング展」を開催しています(*会期中無休)。

●価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
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