藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第3回
ガラスの家の名前の由来はファサード全面に使われたガラスブロックで、プライバシーを守るため夜になるとガラスブロック越しに外から光を当てていました。既にパリで住宅などを手がけていたル・コルビュジエも、工事中からこの建物のガラスのファサードに注目していたようです。正面のガラスブロックは50年代に修復されたときのもので、裏庭に面した壁面にのみオリジナルのブロックが残されています。遠目には違いに気づきませんが、その違いを見せるため、それぞれ外から光を当てて見せてくれました。すると、効果が全く違っているのです。オリジナルブロックはガラスが2重になっているうえ、凹凸が光をうまく緩和・拡散させており、間接照明とはまた違った効果でリビングを柔らかく包んだであろうことが想像されます。夫妻がそれまでに継承してきた文化と、明るい近代的な暮らしが違和感なく融合したことでしょう。このオリジナルブロックが残っているから、辛うじて正面に面したリビングの竣工当時の空間を想像することができます。建物自体をアーカイブすることについて考えさせられます。
正面のガラスブロック、筆者撮影
by courtesy of Mr. Robert Rubin
裏面のガラスブロック、筆者撮影
by courtesy of Mr. Robert Rubin
フランスでは何故か建物自体の修復・保存について考えさせられる機会が多かったのです。ル・コルビュジエの作品のような近代建築を含め、建物が大切に保管・公開されている例をいくつも見ることができました。建物をどのように残すかは、非常に難しい課題だと思われます。修復とはどのような状態を目指して行うべきなのか。現在残されているものをあるがままに残すのか、理想的な状態に修正することがよいのか。フランスではノートルダム聖堂を修復したヴィオレ・ル・デュクの影響が今でも多大だという話を随所で聞きました。私が訪れた近代建築には、建物そのものをモニュメントとして残しているサヴォア邸のような場合と、現在でも建物として利用されている場合と両方がありました。文化的に重要な建物が多くの人に開かれた施設になることはもちろん望ましいのですが、一方で保存されることが目的になると、その建築がもつ本来の空間やデザインの意図が分からなくなってしまうこともある。ガラスの家の素晴らしいところは、この建物が保存されつつ現在でも住宅として使用されていること、そしてそれを公開していることです。限られた時間と空間だけとはいえ、プライベートな空間を不特定多数に公開することは容易ではありません。持ち主の文化的使命感に支えられてのことでしょう。一体どのような人がこの建物を所有しているのか。単なるお金持ちではありますまい。そう考えて調べてみると、持ち主は建築史家のロバート・ルービン氏でした。ルービン氏はバックミンスター・フラーのフライズアイ・ドームやジャン・プルーヴェのトロピカル・ハウスも所有しているそうです。ル・コルビュジエのライバルとされた建築家ロベール・マレ・ステヴァンの自邸も、ジャン・プルーヴェの家具などを扱うギャラリーのオーナーが所有して使用しており、時折一般公開されています。日本には近代建築を購入しようとする富豪はいるでしょうか。どうも、フランスでは建築が尊重されるべき文化として定着しているようなのです。先に壊されてしまったホテルオークラのことを考えるにつけても、日本では建築が文化として重要視されていないことは、残念でなりません。
●リンク
・《建築家ピエール・シャローとガラスの家》展(パナソニック汐留ミュージアム、2014.7.26-10.13)
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/14/140726/
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●藤本貴子さんより座談会のお知らせ
来月から国立新美術館で始まる「18th DOMANI・明日展」の会期中、藤本さんが出席する座談会が開催されます。
「スペシャル対談 アーカイブを海外で学ぶ!― 建築分野を例に」
日時:2015年12月13日 (日) 11:00~12:30
会場:国立新美術館3階 研修室A,B
メンバー:藤本貴子氏(平成25 年度研修員、現・国立近現代建築資料館研究補佐員)、山名善之氏(東京理科大学理工学部教授)
参考:国立近現代建築資料館 http://nama.bunka.go.jp/
参加料:無料
定員:50名
事前申込:要 ※こちらをご覧ください
~~
「18th DOMANI・明日展」
2015年12月12日[土]―2016年1月24日[日]
会場:国立新美術館 企画展示室2E
時間:10:00~18:00 ※毎週金曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
火曜休館
※2015年12月22日(火)~2016年1月5日(火)は年末年始休館
●今日のお勧め作品は、磯崎新です。
磯崎新
「MOCA #3」
1983年
シルクスクリーン
Image size: 46.5x46.5cm
Sheet size: 73.0x51.5cm
Ed.75
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
ガラスの家の名前の由来はファサード全面に使われたガラスブロックで、プライバシーを守るため夜になるとガラスブロック越しに外から光を当てていました。既にパリで住宅などを手がけていたル・コルビュジエも、工事中からこの建物のガラスのファサードに注目していたようです。正面のガラスブロックは50年代に修復されたときのもので、裏庭に面した壁面にのみオリジナルのブロックが残されています。遠目には違いに気づきませんが、その違いを見せるため、それぞれ外から光を当てて見せてくれました。すると、効果が全く違っているのです。オリジナルブロックはガラスが2重になっているうえ、凹凸が光をうまく緩和・拡散させており、間接照明とはまた違った効果でリビングを柔らかく包んだであろうことが想像されます。夫妻がそれまでに継承してきた文化と、明るい近代的な暮らしが違和感なく融合したことでしょう。このオリジナルブロックが残っているから、辛うじて正面に面したリビングの竣工当時の空間を想像することができます。建物自体をアーカイブすることについて考えさせられます。

by courtesy of Mr. Robert Rubin

by courtesy of Mr. Robert Rubin
フランスでは何故か建物自体の修復・保存について考えさせられる機会が多かったのです。ル・コルビュジエの作品のような近代建築を含め、建物が大切に保管・公開されている例をいくつも見ることができました。建物をどのように残すかは、非常に難しい課題だと思われます。修復とはどのような状態を目指して行うべきなのか。現在残されているものをあるがままに残すのか、理想的な状態に修正することがよいのか。フランスではノートルダム聖堂を修復したヴィオレ・ル・デュクの影響が今でも多大だという話を随所で聞きました。私が訪れた近代建築には、建物そのものをモニュメントとして残しているサヴォア邸のような場合と、現在でも建物として利用されている場合と両方がありました。文化的に重要な建物が多くの人に開かれた施設になることはもちろん望ましいのですが、一方で保存されることが目的になると、その建築がもつ本来の空間やデザインの意図が分からなくなってしまうこともある。ガラスの家の素晴らしいところは、この建物が保存されつつ現在でも住宅として使用されていること、そしてそれを公開していることです。限られた時間と空間だけとはいえ、プライベートな空間を不特定多数に公開することは容易ではありません。持ち主の文化的使命感に支えられてのことでしょう。一体どのような人がこの建物を所有しているのか。単なるお金持ちではありますまい。そう考えて調べてみると、持ち主は建築史家のロバート・ルービン氏でした。ルービン氏はバックミンスター・フラーのフライズアイ・ドームやジャン・プルーヴェのトロピカル・ハウスも所有しているそうです。ル・コルビュジエのライバルとされた建築家ロベール・マレ・ステヴァンの自邸も、ジャン・プルーヴェの家具などを扱うギャラリーのオーナーが所有して使用しており、時折一般公開されています。日本には近代建築を購入しようとする富豪はいるでしょうか。どうも、フランスでは建築が尊重されるべき文化として定着しているようなのです。先に壊されてしまったホテルオークラのことを考えるにつけても、日本では建築が文化として重要視されていないことは、残念でなりません。
●リンク
・《建築家ピエール・シャローとガラスの家》展(パナソニック汐留ミュージアム、2014.7.26-10.13)
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/14/140726/
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●藤本貴子さんより座談会のお知らせ
来月から国立新美術館で始まる「18th DOMANI・明日展」の会期中、藤本さんが出席する座談会が開催されます。
「スペシャル対談 アーカイブを海外で学ぶ!― 建築分野を例に」
日時:2015年12月13日 (日) 11:00~12:30
会場:国立新美術館3階 研修室A,B
メンバー:藤本貴子氏(平成25 年度研修員、現・国立近現代建築資料館研究補佐員)、山名善之氏(東京理科大学理工学部教授)
参考:国立近現代建築資料館 http://nama.bunka.go.jp/
参加料:無料
定員:50名
事前申込:要 ※こちらをご覧ください
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「18th DOMANI・明日展」
2015年12月12日[土]―2016年1月24日[日]
会場:国立新美術館 企画展示室2E
時間:10:00~18:00 ※毎週金曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
火曜休館
※2015年12月22日(火)~2016年1月5日(火)は年末年始休館
●今日のお勧め作品は、磯崎新です。

「MOCA #3」
1983年
シルクスクリーン
Image size: 46.5x46.5cm
Sheet size: 73.0x51.5cm
Ed.75
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
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