「さじ加減」について

職人と聞いてまず誰もが最初に頭に浮かぶのは、揺るぎない精神力と卓越した技の持ち主といったことではないでしょうか。
実際モノをつくる人にとって、目指すものです。 
しかし、もうひとつとても大事な要素があると思います。
それは、「さじ加減」を知る、ということです。良い意味での「いい加減」です。

職人のようにモノをつくる場に限らず、会社やあらゆる場面でも、何かのスキルを習得していくということは、とても大変なことです。
血の滲むような努力をし、先輩にダメだしをされ、一歩進んで二歩下がりながらの日々が続きます。
あくまで個人的な見解ですが、「その世界」は三重構造になっているイメージがあります。

まず自己との戦いを征して第一ゲートを抜けると、へこたれない精神力がついてきます。そして第二ゲートにたどり着いて、徐々に客観性が持てるようになり、技術が発揮できるようになってきます。
そこまでは試行錯誤と一喜一憂の連続で、ほぼ常に緊張状態にあります。
しかし、緊張ばかりでは張りつめた糸は容易く切れてしまいますので、緩和が必要となります。その緩和にあたるのが第三ゲートにある「さじ加減」です。

自身の経験からそのイメージに思い当たる節がいくつかあります。
小・中学校では、毎年硬筆コンクールがあり、私も選ばれたことがあります。お手本を見ながら一枚一枚丁寧に、5Bの鉛筆で手を真っ黒にさせながら、何十枚も書き続けるのですが、やはり心身ともに限界がきます。
結果、最初から5、6枚目に書いたものが一番出来がよく、提出作品となりました・・・。
高校の時には弁論大会があり、クラス代表候補に選ばれました。一番最初に書いた原稿は、文面も情熱的で、主観的ながらも、観衆に訴える何かがありました。しかし、先生の手直しが何度も入るにつれ、その作文はもはや私の手からは離れていき、ただ単に弁論大会に入選するためのモノになっていきました・・・。

これらの例が適切かどうかはわかりませんが(!)、今現在も箔押しという作業をしていく中で、ベストを尽くすというのは、最終的には、どこがベストなのかを見極められる、さじ加減を知る、ということではないかと思うようになりました。

匠の技には、常に安心感というか、ゆとりがあるように思えます。
さじ加減というものは、個人的な例でもお話ししたように、経験から得るところが大きいと思います。匠の揺るぎない心技体の安定感は、全てのゲートをくぐり抜けてきたからこそ得られる産物ではないでしょうか。

私も早く、違いのわかる、さじ加減のわかる人間になりたいものです。
(文:中村美奈子)
中村(大)のコピー


●作品紹介~中村美奈子制作
nakamura1-1


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『De l'Amour』
Standhal
FERNAND HAZAN
1948年 

・2012年制作(製本:frgm)
・山羊総革装 パッセ・カルトン
・金箔装飾表紙
・糊染め紙見返し
・天金
・タイトル・表紙箔押し:中村美奈子
・シュミーズ(保護ジャケット)、スリップケース
・195×140×35mm

ルリユール全盛期の18世紀風装飾に挑戦した作品です。贅沢な仕上がりになっています。

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


●今日のお勧め作品は、難波田龍起です。
20151203_nambata_46難波田龍起
「夕暮」
1989年
水彩、インク
24.8x33.4cm
サインあり
裏にタイトルと年記あり


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◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。