藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第4回

《無条件修復》という展示を観に行ってきました。会場となっているミルクイーストは、作家たちのアトリエ兼展示スペースです(どうも住居にもなっているらしい)。日も暮れた薄暗い小道を歩いていくと、古い木造の建物から赤紫色の妖しげな光が帯状に漏れているのが見えます。そして光に吸い寄せられるように植物が窓を目指して壁を這っています。光が帯状に漏れているのは、建物そのものに入れられたスリットからです。建物自体が大規模な仕掛けのようになっています。展覧会は10月から三期にわたり行われていました。遊園地のような祝祭的な雰囲気のある第二期、大きな罠にかかったような気持ちにさせる第三期(筆者は第一期は未見)。四方からドローイングを引き出すことのできるキャビネット型の彫刻や3階を切り離して舟とする計画(スリットはそのためのものでした!)、自転車が不思議に組み合わさった4輪車などの作品たちが並びます。

151210_202520《無条件修復》展 建物に入れられたスリット部分、筆者撮影


151210_200457《無条件修復》展 展示風景、筆者撮影


この《無条件修復》展の宣言文(という体裁をとった作品、と言えるでしょう)では、建物の修復にも通じる普遍的な問題提起がなされていました。曰く、「ある種の破壊的な側面が、そもそも修復行為にはつきまとっている」。
19世紀フランスの建築家・修復家であるヴィオレ・ル・デュクは、パリのノートル・ダム大聖堂を修復したことで有名です。計画案においては慎重な修復であることを強調していたヴィオレ・ル・デュクは、やがて18世紀に取り壊された交差部尖塔部分の復元に創造力を発揮します。更には尖塔基部周りに自らもモデルとなった彫像を加え、後に非難を呼びます。ナポレオン三世のために行ったピエールフォン城の修復は、櫓の再建に始まり、厨房や大広間の新設など次第に修復の域を超える大掛かりなものとなり、大きな批判の対象となりました。
先の宣言文によれば、「無条件な修復などあり得ない」し、「「修復したい」という欲望こそが修復の根本的な問題である」。ヴィオレ・ル・デュクの例を見るまでもなく、修復という行為には、戻すべき「元」はどこなのか? どうすれば失われた「元」を知ることができるのか? そもそも「元」は正しい状態なのか? といった疑問が常につきまといます。これらの疑問に明確に答えることは非常に難しい。よって、「このような理由により、この時代のこの時点に、今知りうるこの情報に基づいて」修復する、という条件がつかねばなりません。そしてこの条件は、修復者によって設定されるものです。
《無条件修復》展は、あり得ない「無条件修復」を反転させ、「見境なくあらゆるものを修復すべき欠損だとみな」し、その命題を「仮構しようとする試み」だと言います。ヴィオレ・ル・デュクは、理性的かつ合理的な修復家でした。しかし、どうも修復には現実とのバランスを超えた、大きな誘惑があるように思われます。修復の向こうに、本来あるべき理想の姿を想定し、それを目指そうとする欲望が膨れあがる・・・数多くのゴシック建築の修復に関わり、分析・研究し、その理想型を思い描くことのできたヴィオレ・ル・デュクではなおさらだったのではないでしょうか。
そんなことを思ったのは、「無条件」に「修復」する態度には、不完全なこの世界の欠損(が、あるとないとに拘らず)を埋めていこうという、むしろ過剰な積極性を感じたからでした。

●リンク
・《無条件修復- UNCONDITIONAL RESTORATION》展
http://milkystorage.tumblr.com/2015-10-restoration-notice

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
20151222_andou_25_drawing2
安藤忠雄
「Koshino House」
紙にクレヨン、コラージュ
Image size: 20.7x61.0cm
Sheet size: 23.6x63.6cm
サインあり

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