野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第20回

東松照明先生との出会いと、助手を務めさせて頂いた一年の事 (3)

前回までに東松照明先生との出会いから、助手に就かせて頂くまでの事を書いておりましたが、この後は長崎での助手時代の事を何回かに分けて書かせて頂こうと思います。

2000年の年明けに前の職場を辞めさせて頂き、2月頭、長崎へはあの頃まだあった寝台特急あかつきで行きました。
新幹線だと福岡で特急かもめに乗り換えてからも長く、長旅で結構疲れるので、長崎まで直行で行けて、夜寝て朝起きればもう九州に入っていて、夜の間に新たな生活への覚悟ができるような寝台特急が好きでした。

当時長崎では東松先生と奥様の泰子さんはお二人で桜馬場のマンションに住んでおられ、私は暗室用に持っておられた文教町のマンションの部屋に寝泊まりし、毎朝路面電車に乗って桜馬場のマンションまで通う事になりました。

私が助手をさせて頂いた2000年の一年間は秋に長崎県立美術博物館で「東松照明 長崎マンダラ」展という大規模な写真展が開催される年だったので、撮影はすべて長崎市内、県内の様々な所で、その多くが歩きながらの撮影でした。

何から書いたらよいのか難しい所なのですが、東松先生の助手はずっと泰子さんがたった一人でされてきたので、私が仕事を教えて頂くのは主に泰子さんからでした。
その一番初めに泰子さんから言われた言葉は、「ここでは極端な話、東松が白と言えば白ですから」というものでした。
では助手としての仕事内容を、少し記憶は薄れてきていますが、とりあえず詳しい説明は個別にするとして、思い出せるのを順に書き出してみようと思います。

・車の運転、先生は運転がお好きだったので、先生が運転の時は地図を見ながら隣でナビ。
・撮影時の荷物持ち、坂道では先生の腰を下から押す。
・当時はまだフィルムカメラだったので、先生が撮られた枚数を数えておき交換の準備をして、フィルムが終わった瞬間に素早くフィルムを取り替える。
・お祭りなど、撮影先の情報を集める
・暗室でモノクロ現像とプリントをされた後の乾燥作業と片付け
・珈琲の豆を挽き、美味しく入れる。
・撮影済みのカラーのフィルムをフジフィルムに持って行き、現像の上がったものを受け取る。
・モノクロプリントのスポッティング
・過去のネガを年代ごとに整理する
・新しいカメラの使い方を先に全部覚えて先生に教える。
・この頃使い始められたPCでの画像処理作業、焼き込み、覆い焼きなど、まだデジカメではなかったので、フィルムのスキャナからの取り込み。
・外国からの手紙を翻訳する。
・漢方のお薬を煮る
・心筋梗塞の発作に備えて、心肺蘇生法の講習に行き、携帯ニトロは常に持ち歩く。
・料理、泰子さんと1日交代で晩御飯を作る、先生は糖尿病なので栄養バランスを考え、カロリーを控えめにする。
・キャラクターP制作用の部品調達の為電気屋さんに行き、いらないビデオデッキなどをもらってきて、分解して中のコンデンサーなどを回収する。
・キャラクターPを作る(一度だけ)
・ホームページの制作、更新作業
・事務所の引っ越し時、新しい事務所の壁紙を全部自力で貼る指令が出たので、近くの工事中の現場に飛び込み、壁紙貼りの技術を教えてもらう。
・引っ越し2回、荷物運び
・ドアなどペンキ塗り等、簡単な大工仕事
・浦上天主堂のステンドグラスをセロハンで作る
・造船所など、先生は立ち入り禁止の場所に平気でどんどん入り込むので、人が来ないか見張る
・先生が昔飼っていた愛犬のパグ、ちゃちゃの写真を渡され、先生の買ってきた実物大のパグ犬の置物をちゃちゃに似せて色を塗る。
・先生に関西人は値切るのが得意だろと言われ、家電を買う時などにベタベタの関西弁で値切り交渉をする。

あと、してはいけないことは、先生の前を歩く、視野を遮る、鼻をすする、先生を待たせない、目立つ服装などでした。

などなど、まだ思い出せば色々と出てきそうですが、まずはこんな所で、
先生は作品制作に関して一切妥協せず、何度でも撮り直し、お祭の追いかけ撮影などでは、心筋梗塞の発作が危ないのでお願いですから走らないでください、とお願いしても、集中されるとつい追いかけて走られ、発作がきて急いでニトロを舌に散布し、脂汗をかく先生を車に乗せて帰るような事もありました。
短気でとても厳しい方でしたが、冗談も好きで、日々笑いもたくさんありました。

東松先生と東松先生と


02左から木下哲夫さん、東松照明さん、野口琢郎さん
撮影 濱本政春


ただ、初めの頃にもっとも苦労したのは、撮影に出ている時の外食の時で、だいたい先生と同じメニューか安いものを頂くのですが、
先生は自分でも「僕は戦時中の人間だから食べるのが早いんだよ、だって早く食べないと人にとられるからね、流しこむ癖があるんだよ」
と言われるだけあってとにかく早く、私は当時少食で食べるのは遅かった上に、
スタート時点で先生と泰子さんのおかずとご飯の三分の一ずつが私の皿に追加されるので量も約2倍、、
それで先生は食べ終わった瞬間に歩き出してしまわれ、待たせると怒られるもので、とにかく吐きそうになりながらでも必死で早食いしてました。
でも、毎日早食いすると意外に慣れるもので、一、二ヶ月で胃が大きくなったのか、すぐに慣れたように思います。

では、またそれぞれの仕事の記憶や、続きの事は次回以降に書こうと思います。
のぐち たくろう

野口琢郎 Takuro NOGUCHI(1975-)
1975年京都府生まれ。1997年京都造形芸術大学洋画科卒業。2000年長崎市にて写真家・東松照明の助手に就く。2001年京都西陣の生家に戻り、家業である箔屋野口の五代目を継ぐため修行に入る。その後も精力的に創作活動を続け、2004年の初個展以来毎年個展を開催している。

●今日のお勧め作品は、野口琢郎です。
20160315_noguchi_26_LS-30
野口琢郎
「Landscape#30」
2013年
箔画(木パネル、漆、金・銀・プラチナ箔、石炭、樹脂、アクリル絵具)
91.0×182.0cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「 戦後・現代美術事件簿」は毎月18日の更新です。
 ・新連載・浜田宏司のエッセイ「“ART&BOOK”ナナメ読み」は毎月20日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

アートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」
会期:2016年3月9日[水]~3月17日[木] ※日・月・祝日は休廊

201603アートブックラウンジ_01
今回より日・月・祝日は休廊しますので、実質7日間の会期です。
短い会期ですが、ご来廊のうえ実物(版画挿入本)を手にとってご覧ください。
同時開催:文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第1回「独奏チェロによるJ.S.バッハと現代の音楽~ガット(羊腸)弦の音色で~
日時:2016年3月19日(土)18時~19時
出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、クルターク・ジェルジュ、ジョン・ケージ、尾高惇忠
*要予約=料金:1,000円
予約:メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します。
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。