藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第7回
少し前の話になりますが、《新居浜―日本 回想の新居浜美術 1890-2015》という展示を観てきました。愛媛県新居浜市の文化複合施設あかがねミュージアムにある新居浜市美術館の開館記念展です。この美術館の存在を知らずに新居浜に行ったのですが、新居浜駅でみつけたチラシの「新たな美術史発見!」のコピーに惹かれ、電車を1本見送ることにして駅前の美術館に足を運んだわけです。
展示室の入口に掛けられた田村宗立の「接待図」に、いきなり魅せられました。京都で近代洋画を牽引した田村がレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に影響を受けて描いたといわれるこの絵は、美術史に不案内な筆者でも一見してあの名画を思い浮かべるほどです。裏切りとキリストの運命を暗示するあの謎めいた絵の構図を借りながら、村の暖かな接待の宴の場を描いた田村の趣向が心憎く感じられます。
この展示では、新居浜出身の画家高瀬半哉が師事した田村を起点に、日本近代美術の原点が探られていました。新居浜における美術史は、そのまま西日本の美術史に重なります。江戸時代から採掘が行われていた別子銅山を経営していた住友家の15代吉左衛門が蒐集家として近代洋画の発展を支えたことや、高瀬半哉の弟子である岡本忠道、父が新居浜出身だという北脇昇、住友ゆかりの画家中村研一・琢二兄弟、新居浜高等工業学校で学び、戦後実験工房の活動で知られる北代省三など、新居浜に焦点を当てた人間関係の広がりが、時間軸・空間軸両方の視点から丁寧に辿られていました。美術館長山野英嗣氏によれば、「ただ名品を集めるのではなく、新機軸の視点とともに、その郷土の歴史を再考する姿勢を打ち出すこと」が「地方公立館の生命線」だといいます。美術館主幹の菅春二氏の論文では、新居浜初の油彩画展覧会の開催(1910)と洋画研究所の開設(1947)を新居浜美術史上のふたつの大きな出来事とし、地域史にとどまらず日本近代美術史の中に位置づけようと試みることが、地域性に着目したこの美術館の開設へ至る30年の道のりと重なることが示されていました。
筆者が調査で訪ねた海外の建築アーカイブのうち、ヨーロッパのいくつかには、やはり地域性を強く意識したものがありました。ベルギーのアントワープ地方やスペインのカタルーニャ地方といった元々独立心の強い地域では特に、自分たちの地域の文化は自分たちで保存・継承していく、という気概が感じられました。首都であるブリュッセルやマドリッドにもそれぞれアーカイブ組織があるのですが、それらとは別に地域のネットワークを構築しているのです。
(続く)
《新居浜―日本 回想の新居浜美術 1890-2015》(2015.11.3 – 12.20、会期終了)
http://ncma-niihama.info/special/
展覧会図録
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●今日のお勧め作品は、アントニン・レイモンドです。
アントニン・レイモンド
「色彩の研究」
インク、紙
64.1x51.6cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
少し前の話になりますが、《新居浜―日本 回想の新居浜美術 1890-2015》という展示を観てきました。愛媛県新居浜市の文化複合施設あかがねミュージアムにある新居浜市美術館の開館記念展です。この美術館の存在を知らずに新居浜に行ったのですが、新居浜駅でみつけたチラシの「新たな美術史発見!」のコピーに惹かれ、電車を1本見送ることにして駅前の美術館に足を運んだわけです。
展示室の入口に掛けられた田村宗立の「接待図」に、いきなり魅せられました。京都で近代洋画を牽引した田村がレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に影響を受けて描いたといわれるこの絵は、美術史に不案内な筆者でも一見してあの名画を思い浮かべるほどです。裏切りとキリストの運命を暗示するあの謎めいた絵の構図を借りながら、村の暖かな接待の宴の場を描いた田村の趣向が心憎く感じられます。
この展示では、新居浜出身の画家高瀬半哉が師事した田村を起点に、日本近代美術の原点が探られていました。新居浜における美術史は、そのまま西日本の美術史に重なります。江戸時代から採掘が行われていた別子銅山を経営していた住友家の15代吉左衛門が蒐集家として近代洋画の発展を支えたことや、高瀬半哉の弟子である岡本忠道、父が新居浜出身だという北脇昇、住友ゆかりの画家中村研一・琢二兄弟、新居浜高等工業学校で学び、戦後実験工房の活動で知られる北代省三など、新居浜に焦点を当てた人間関係の広がりが、時間軸・空間軸両方の視点から丁寧に辿られていました。美術館長山野英嗣氏によれば、「ただ名品を集めるのではなく、新機軸の視点とともに、その郷土の歴史を再考する姿勢を打ち出すこと」が「地方公立館の生命線」だといいます。美術館主幹の菅春二氏の論文では、新居浜初の油彩画展覧会の開催(1910)と洋画研究所の開設(1947)を新居浜美術史上のふたつの大きな出来事とし、地域史にとどまらず日本近代美術史の中に位置づけようと試みることが、地域性に着目したこの美術館の開設へ至る30年の道のりと重なることが示されていました。
筆者が調査で訪ねた海外の建築アーカイブのうち、ヨーロッパのいくつかには、やはり地域性を強く意識したものがありました。ベルギーのアントワープ地方やスペインのカタルーニャ地方といった元々独立心の強い地域では特に、自分たちの地域の文化は自分たちで保存・継承していく、という気概が感じられました。首都であるブリュッセルやマドリッドにもそれぞれアーカイブ組織があるのですが、それらとは別に地域のネットワークを構築しているのです。
(続く)
《新居浜―日本 回想の新居浜美術 1890-2015》(2015.11.3 – 12.20、会期終了)
http://ncma-niihama.info/special/

(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●今日のお勧め作品は、アントニン・レイモンドです。

「色彩の研究」
インク、紙
64.1x51.6cm
サインあり
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