リレー連載
建築家のドローイング 第5回
カール・フリードリッヒ・シンケル(Karl Friedrich Schinkel)〔1781-1841〕

彦坂裕


 一九七七年のドルトムント建築展のカタログには、ドイツ新古典主義(ちなみにNeo-classicismはドイツではKlassizismusという)を担った建築家五人の描く美しいドローイングが集められている。その五人とは、フリードリッヒ・ジリー、カール・フリードリッヒ・シンケル、フリードリッヒ・ヴァインブレナー、レオ・フォン・クレンツェ、ゲオルグ・ルードヴィッヒ・フリードリッヒ・ラーブェスであり、おそらく、これにJ・H・ゲンツやF・V・ゲルトナー、さらにD・ジリーといった名前を加えれば、この時期におけるドイツ建築の立役者たちが勢揃いといった観がなくもない。
 このカタログは大変図版の刷りもよく、今日われわれが十八世紀末から十九世紀前半にわたるドイツ新古典主義のレンダリングを概観する際の、この上ない貴重な資料の一つにもなっているといってよいだろう。同じく新古典主義のレンダリングを扱ったカタログに、「ピラネージとレ・フランセ、一七四〇-一七九〇」(これはローマ、ディジョン、パリを巡回した七六年の展覧会の出品総目録という体裁をとっている。なおレ・フランセとは仏アカデミーの建築家や画家、いわゆるpensionnairesのことを指す)があるが実はこの両者のカタログを比較すると、その差異が、その本質的な差異が明瞭となってくる。
 一方が十九世紀のドイツ建築界を席巻していたヴィジオネールたち、他方はその前世紀に見られる新古典主義盛期のイタリア=フランスのコネクション。だが、こうした時代と地域をめぐるシチュエーションが、まさに、前者の静的で端正またときには沈黙的ですらあるといってもいい建築の形象(フィギュール)と、後者のそれこそ熱い嵐のようにほとばしる饒舌さをはらんだ建築の形象(フィギュール)との違いを克明に記すのである。ドイツの新古典主義運動は、いわばその先進国たるイタリアやフランスとは位相が若干ずれた形で、しかもそれはゲーテに代表されるようなロマン主義に深く絡めとられていた。もちろん、ヴィンケルマンの如きイデオローグは十八世紀の後半において際立ってインターナショナルな活動をしていたのだが、ほとんどのドイツ新古典主義者は伊=仏で顕著な〈理性〉や〈自然〉といったポレミークをいうならば宙吊りの状態にしたまま、むしろそれらのフォーマルな蘊蓄を自国のイデオロギーへ懸架することに主たる運動の力点を置いているように思えるのだ。自国のイデオロギーとはすなわちナショナリズム、プロシアを新しく統一された指導的国家ドイツへとレギュラライズするヴェクトルにほかならない。

トリエステを見渡す丘の上に建つミラノ大聖堂の幻想画K・F・シンケル Karl Friedrich Schinkel
「トリエステを見渡す丘の上に建つミラノ大聖堂の幻想画」
Disegno del duomo di Milano a Trieste


 たとえば、以後シンケルやクレンツェをはじめとするドイツ新古典主義者がそのデザインの範典とした不世出の天才F・ジリーによる「フリードリッヒ大王のためのモニュメント」(一七九七年、なおシンケルによるコピードローイングを見よ)をみれば、そのセレブレートされるものがほかならぬ国家君主そのものであり、その意図を先鋭化するために古代の建築様式や作法がこの公共モニュメントの中で変形・再構築されているのがわかるだろう。様式は目的を逐行するために操作される。そしてこの動向はナポレオン戦争以後ますます加速化され、ついにはナショナリズムと連帯した国民様式の再生(様式の擬造というべきか?)へと至るのである。
 十八世紀は考古学にも見られるような捏造された歴史によってこれまで一元化・神聖化されてきた歴史に異議を申し立て、従来の歴史の価値を解体したといってよい。革命と啓蒙が相応しい時代でもあった。十九世紀は、一方、歴史は一つの表現として擬装される。それは歴史という制度自体を解体することであった。新旧の因果律はそれほど重要な意味を帯びない。これにはロマン主義や折衷主義がよく似合う。この違いこそがレンダリングにも垣間見ることのできた本質的な差異にほかならないのである。
 新たなテクノロジーの展開やコミュニケーション手段の発達は、こうした歴史の殺戮に加担した。そして、K・F・シンケルはこのような時代における建築家のチャンピオン的存在でもあったのである。

夜の女王(「魔笛」より)K・F・シンケル Karl Friedrich Schinkel
「夜の女王(魔笛より)」
Dekoration zur Zauberflote.Berlin 1816


 彼は実際、そのキャリアの初期段階からプロシア君主制と深い係わりをもっていた。若くして建築顧問官の要職に就くのみならず、幾多の国のアカデミー名誉会員をも兼ね、実作においてもアルテス・ムゼウム(旧博物館)をはじめベルリン市街に国家の大建築を数多く設計した。純粋ないわばドローイングアーキテクトではなく、どちらかといえば実務の大家として君臨していたといってよい。にもかかわらず、彼のドローイングは実作にもまして魅力的なものが少なくないのである。
 それは、おそらく、シンケルが実務の建築を量産していく前に(一八一五年頃まで)、パノラマ・ディオラマの画家であり、また舞台デザイナーでもあったことに由来するのではないだろうか。後に彼の重要なパトロンともなるルイーズ王妃も、事実、この頃に開かれたシンケルの展覧会に大いに興味を抱いたのがその機縁になったのだという。
 ルネッサンス以降のシェノグラファーにも顕著だが、パノラマやディオラマ画家は自然や人工のセッティングとの関係で建築なりモニュメントなりを捉えてゆく。それもここでは当時流布していたゴシック復興やギリシア復興、さらにトマス・ホープらに代表されるピクチャレスクなコンポジションを巧みに採り入れた形で展開されたのである。

ジリーによるフリードリッヒ大王のためのモニュメントのコピーK・F・シンケル Karl Friedrich Schinkel
「ジリーによる『フリードリッヒ大王のためのモニュメント』のコピー」


 「アルセスト」や「魔笛」のための舞台装置、幻想画や幾つかの素描……画像の中の装置や建物要素がコンテクスチュアルに組変えられることによって、建築は不可思議な相貌をたたえ都市は突然ロマンの色に染まる。シンケルのドローイングでは建築・都市・風景が舞台のセットに大きな役割を担ってゆくにとどまらず、これら本来の建築・都市・風景がまさに舞台装置化され演劇化される倒錯劇が仕掛けられているのだ。たとえばロマン的・ピクチャレスクなあり得べからざるシチュエーションに置かれたゴシック伽藍、そしてこのゴシック伽藍自体も様式の衣をまとっただけの反ゴシック建築というわけで、幾重にも入れ子状に仕組まれた虚構は所与の目的(イデオロギー)を逐行するための効果的な装置、様式部品の交換可能なマシーンとでもいうべきものになる。裁断され平板化された歴史、それを覗く窓でもある様式断片の遍在、これが歴史という制度に対するテロリズムでなくて何であるだろうか。
 それにしても、と誰しもが思うにちがいない。こうした深刻さとは裏腹にシンケルのシングルラインによるドローイングや彩色画は、豪箸な映画セットのパースにも似て優雅にして表面的、それが故にきわめて魅惑的な表情をもっているのである。喩えるなら、それは軽佻で何やら心踊る楽しみと根源的な怖しさが隣接する世界ゲームのもつ、そんな世界に近しい感覚なのだ。
 歴史は使用の問題として語られる。ドイツ新古典主義者の中でもシンケルはすこぶる明晰に、いや、きわめて倫理的にといった方が正確だろう、それを描いたのである。簡略化した表現でいうとすれば、「有用性こそすべての建物の基本原理」ということになろう。そしてこの理念は、十九世紀を通じ今世紀の近代運動まで、あらゆる位相で語られることになる建築のアポリアの一つでもあった。

シャルレッテンホフの四阿(ポツダム)K・F・シンケル Karl Friedrich Schinkel
「シャルレッテンホフの四阿(ポツダム)」



ひこさか ゆたか

*現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.94』(1983年7月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
「トリエステを見渡す丘の上に建つミラノ大聖堂の幻想画」
www.studioviemme.it
「夜の女王(魔笛より)」
ww2.smb.museum
「ジリーによる『フリードリッヒ大王のためのモニュメント』のコピー」
現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.94』より
「シャルレッテンホフの四阿(ポツダム)」
www.pinterest.com

■彦坂 裕 Yutaka HIKOSAKA
建築家・環境デザイナー、クリエイティブディレクター
株式会社スペースインキュベータ代表取締役、日本建築家協会会員
新日本様式協議会評議委員(経済産業省、文化庁、国土交通省、外務省管轄)
北京徳稲教育機構(DeTao Masters Academy)大師(上海SIVA-CCIC教授)
東京大学工学部都市工学科・同大学院工学系研究科修士課程卒業(MA1978年)

<主たる業務実績>
玉川高島屋SC20周年リニューアルデザイン/二子玉川エリアの環境グランドデザイン
日立市科学館/NTTインターコミュニケーションセンター/高木盆栽美術館東京分館/レノックスガレージハウス/茂木本家美術館(MOMOA)
早稲田大学本庄キャンパスグランドデザイン/香港オーシャンターミナル改造計画/豊洲IHI敷地開発グランドデザイン/東京ミッドタウングランドデザインなど

2017年アスタナ万博日本館基本計画策定委員会座長
2015年ミラノ万博日本館基本計画策定委員会座長
2010年上海万博日本館プロデューサー
2005年愛・地球博日本政府館(長久手・瀬戸両館)クリエイティブ統括ディレクター
1990年大阪花博大輪会出展総合プロデューサー

著書:『シティダスト・コレクション』(勁草書房)、『建築の変容』(INAX叢書)、『夢みるスケール』(彰国社)ほか


●今日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
nicholson_04ベン・ニコルソン
《作品》

1968年
エッチング、鉛筆、ガッシュ、紙
イメージサイズ:30.0x28.0cm
シートサイズ:43.5x37.5cm
サインあり


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◆八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。