新連載・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第2回

第一回で、冬の山に対して直感があったと書いた。
「死の匂い」だと。
それは大袈裟でもなんでもなく、本当のことだ。
ふと、数年間前の個展での会場での出来事を思い出す。
やはり前回触れた、信州の冬を4x5のカメラで撮影したモノクロ写真を展示していた。在廊していると、初老の男性がふらっと現れ、「作者ですか?」と話しかけられた。写真展の会場ではよくあることだ。
話の流れで、私は「幼い頃、冬枯れして山を目にすると死を連想しました」と口にした。何気ない会話だ。
すると、その方は意外なことをおっしゃった。
「幼い子供が、死なんて、連想するだろうか?」
疑問を呈したのだ。私には意外だったし、逆に不思議だった。
幼いからこそ、「死」に敏感ではないだろうか。そんな確信があった。
私は腑に落ちないまま、それでも反論はしなかった。ただ、別れ際、私はどうしても気になって、その方に「お生まれはどちらですか?」と訊ねた。すると、まったく雪が降らない地の方だった。

KOBAYASHI 02_600小林紀晴
「Winter 01」
2014年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
14x11inch
Ed.20


写真展の会場というのは、実は相当に面白い場所である。来ていただいた方からいろんなことを話が聞けるという意味で。だからこそ、そこに立つのは勇気がいることで、実は苦手でもあるのだが。
ただ、写真を志す若い方は、できるだけ積極的に写真展の会場に立つべきだと思う。特に初めての個展を行うときは義務だという気さえがする。
何故か。
足を運んでくれる方は、撮る側、見せる側とはまったくもって違う視点、考え、発想、思いのもとに写真を見ていることにおおいに気づかされるからだ。それはときに凄まじく、目からウロコだったりする。見せる側の思惑を簡単に、ばっさり裏切ってくれる。
例えば、会場を右回りに見てもらいたくて、そのために長い時間考えて構成したのに、完全に無視して逆側から回る方。入り口で2秒ほどたたずみ、あっという間にUターンしていく方(きっと足を踏み入れるまでの価値がないと思ったのだろう)、最後まで違う方が撮った写真展だと誤解して、私にその方の名前を呼び続け(私もそれをあえて否定せず)誤解したまま帰って行った方。ポートレイト作品を展示したとき、撮らせてもらった人の写真を一枚ずつ展示し、それぞれの写真の下にそれぞれの方の名前のボードを貼ったところ、写真を撮影したのがその名前の人たちだと勘違いし、最後まで誤解がとけなかった。
「ところできみはどの写真を撮ったの?」
全部ですと答えると、「どこにも名前がないだろ」と言って、「嘘はダメ」と説教を始めたので、最後はほっておいた事件。
「わたしのお気に入りはこれです!」
と、一枚だけ指差して教えてくれる方。不思議なことに、そのほぼ100パーセントが女性。使っているフィルムはなんですか?印画紙は?と聞いてくるのは必ず男性。
こちらが求めていることは、感想や総評的なことだったりするが、意外なほどそれを語ってくれる方は数少ない。本人を前にして照れなのか、とも思う。
花を贈っていただくことはもちろん嬉しいのだけど、そのお金で作品買ってくれた方が100倍嬉しんだけど・・・といのが本音だったりもする。来てほしかった方が最後まで来てくれなかったり、ということもある。
そのほかにも、いろんなことが起きる。10年ほど前に私のところにアシスタントとしてしばらくいた者は、そもそも会場で会ったのがきっかけだった。
それらの理由で、会場にいると作品に込めたつもりの思いとか、意図とか、構成とか、これまで熟考してきたつもりのものが簡単に吹っ飛んでしまう。ときに清々しいほどに。だから、傷ついたり、打ちのめされもする。
でも、それが大事だと思う。明らかに鍛えられるからだ。それが次につながるのだと、とりあえず深く考えずに信じてみる。信じる者は救われるのか。私にはわからない。ただ、その繰り返しで、何度も個展をしてきて、打たれずよく(あるいはずうずうしく)なったのだけは間違いない。

話が大きくそれました。
次回は「幼少の頃の死の直感」について、詳しく触れます。
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160419_kobayashi_07_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より1
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.6x27.9cm
Sheet size: 25.3x20.3cm
サインあり


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◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。