小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第3回

ワーキングマザーとしての写真家『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Boys』

51IvOQT5f+L(図1)
『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons』表紙


SEL19(図2)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1912)


今回取り上げるのは、20世紀のアメリカを代表する写真家の一人であるイモジン・カニンガム(Imogen Cunningham 1883-1976)の伝記絵本『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons(イモジン:モダニズムと3人息子の母)』です。作者のエミー・ノヴスキーAmy Novesky)は、主に児童文学の分野で活躍する文筆家で、著名な女性の芸術家を題材にした絵本を発表しており、過去にはフリーダ・カーロやジョージア・オキーフについて、最近ではルイーズ・ブルジョワについての絵本が刊行されています。絵は、イラストレーターのリサ・コンドンが手がけており、明るい色合いと素朴な描写が親しみを感じさせ、三脚に備えつけられたカメラとともに描かれたイモジン・カニンガムの姿が、彼女のセルフポートレート(図2)に似ていることからも明らかなように、カニンガムが撮影した写真を参照して描かれた部分も多く見られます(写真作品との関係はまた後ほど詳述します)。
イモジン・カニンガムは、20世紀初頭から70年以上写真家として活動しましたが、この絵本の中では、19世紀末から1920年代前半にかけて、彼女が写真家を志した10代の頃から写真家として活動し、版画家のロイ・パートリッジと出逢って1915年に結婚し(1934年に離婚)、3人の息子(1915年に長男のグリフィッド、1917年に双子のロンダルとパードレク)が生まれて、育児をしながら制作活動に取り組んだ時期のことが描かれています。絵本のタイトルにも示されているように、芸術家としての活動と3人息子の育児をどのように両立させて、作品を作り出していったのかということが、物語の核になっています。作者のノヴスキー自身が、自宅で著述家・編集者として仕事をするワーキングマザーであり、彼女は、女性が仕事や家庭に関して、限られた選択肢しか持ち得なかった20世紀初頭という時代において、イモジン・カニンガムがいかにして人生を切り拓き、仕事と生活を結びつけたのかということを描き出して子どもたちに伝えたかった、とインタビューの中で語っています。絵本の物語は、カニンガムの人生にまつわる史実・資料を参照しつつ、子どもたちにも読みやすいように、簡潔な文体で語られています。また、彼女の人生の軌跡に重ね合わせるようにして、カニンガムの写真作品が色や描写に演出を加えつつも、元の作品に照らし合わせると、ある程度判別できるように描き出されています。

カニンガムは、シアトルで貧しい大家族に育ちながら、10代の頃から写真家になることを志して、家族の中で唯一大学に通って化学を学び、さらに奨学金を得てドイツに留学、帰国後の1910年にはシアトルに戻ってわずかな資金を元に肖像写真館を開設します。19世紀末から20世紀初頭にかけてピクトリアリズム(絵画主義写真)運動が隆盛していた時期に彼女が制作した作品を紹介する見開き(図3)では、「夢」(図4 図3では左端の作品の元になっている)やヌードのセルフポートレート(図5 図3では画面中央の作品の元になっている)のような作品が描き込まれており、写真の歴史的な文脈に関する知識がなくても、人物の表情やポーズから当時の「絵画のような写真」がどのようなものだったか、そのおおよその雰囲気が伝わるようになっています。
 
imogen-spread-4(図3)
「カニンガムは版画家のロイと結婚し、屋外で演出をほどこして絵画のような写真を撮りました。」


EAR23(図4)
イモジン・カニンガム
「夢」(1910)


SEL05(図5)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1906)


幼い3人息子の育児に奮闘するようになった1910年代後半は、作品制作に取り組むことは時間的にも経済的にも厳しくなりますが、カニンガムは、自宅(1917年にカリフォルニアに転居)に暗室を作り、庭で子どもたちを遊ばせる傍らで、庭に育てた植物の写真を撮ったり、子どもたちの写真を撮ったりするようになります(図6)幼い子どもたちが庭で植物に触れたり、動物で戯れたりする様子をとらえた写真(図7)をもとに描かれたページを、「ジギタリスの花を摘む双子」(図8)や「バケツの中の蛇」(図9)といった写真作品に照らし合わせながら見ると、カニンガムが子どもたちの成長を記録すると同時に、子どもたちや植物、動物の被写体としての魅力を探求していったことを伺い知ることができます。

imogen-spread-1(図6)
「カニンガムは家に暗室を作り、庭に植物を植えて、庭で遊ぶ子どもたちの写真を撮りました」


Imogen1(図7)
庭で植物に触れ、動物と戯れる息子達


Twins Picking Foxglove Buds, 1919_jpg(図8)
「ジギタリスの花を摘む双子」(1919年)


Snake in Bucket, 1920's_jpg(図9)
「バケツの中の蛇」(1920年代)


Imogen2(図10)
息子たちが昼寝をしている間にマグノリアの花を撮影するカニンガム


imospread10(図11)
(左)暗室で、傍らにいる息子とともにプリントを現像するカニンガム
(右)パッドの中の現像液に浸されたマグノリアの花の写真


3_imogen_cunningham_magnolia_blossom(図12 )
マグノリアの花(1925)


育児に追われ、外出することもままならなかった1910年代後半から20年代前半にかけて、カニンガムが自由に撮影することのできた被写体は、自宅の庭で育てていた植物でした。彼女は息子達が一時間昼寝をしている間に植物の撮影に集中して取り組みます(図10)。とくにこの時期は、植物をクローズアップで捉え、そのディテールと造形的な特徴を精緻に描き出した作品を制作しており、「マグノリアの花」(図12)は、彼女の代表作として知られています。
カニンガムが撮影した写真を暗室で現像していると、興味をそそられた双子の一人が傍らにやってきて、林檎の箱の上に立ち、母親の作業を見ています。(図11左)現像液に浸された印画紙の表面に撮影された花の像が浮かび上がってくるのを親子二人で見守り、写真を指差している様子(図11右)は、親子で過ごす時間の中から「マグノリアの花」(図12)のような名作が生み出されたことを情感豊かに描き出しています。

Self+Portrait+with+My+Children,+early+1920s(図13)
1920年代初頭 子どもたちと一緒のセルフポートレート


物語の最後は、家族とともに夕食の食卓を囲む場面で締めくくられています。カニンガムは、育児と作品制作を両立させようと奮闘していた時期のことを「片方の手は皿洗い桶の中に、もう一方の手は暗室にあった」と振り返り、その生活は決して楽でも、簡単に物事が片づいていくわけではなかった、とも語っています。絵本の巻末には著者の覚え書きと共に、1920年代初頭に撮影されたセルフポートレートが掲載されています。強い日差しの下で枝垂れた木の傍らに佇む三人の息子たちは、それぞれに自然な表情が引き出されており、ややうつむき気味にして写っているカニンガムは眼鏡に光が反射してその表情ははっきりとは見て取れないものの、息子たちを近くに寄せてかまう姿は母親の力強さを感じさせます。
100年以上前に写真家という職業を選び取って人生を切り拓き、表現活動を続けてきた女性の存在を、絵本を通して知ることができるのは、子どもたちのみならず、育児に取り組む母親にとっても勇気づけられることではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ロベール・ドアノーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第3回をご覧ください。
20160425_doisneau_04_kyabareロベール・ドアノー
「L'ENFER 地獄カフェ」
1952年
ゼラチンシルバープリント
35.0x24.5cm
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●ときの忘れものは連休明けの5月10日から、オクヤナオミの個展を開催します。
OKUYA_DM_1200
オクヤナオミ展
会期:2016年5月10日(火)~5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
本展では、パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアートフェア東京とアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)

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