『書物の夢、印刷の旅』

アルドの痕跡を巡って ー ヴェネツィアからマンチェスター、ケンブリッジへ ( Ⅱ )


zu-1JRL エントランスホールに立つジョン・ライランズ氏大理石像 
お鼻には寄付週間を示す「赤鼻」の印が付けられている


 夜にマンチェスターに到着し、翌日から書誌学の権威である雪嶋宏一先生の引率のもとに通例の怒濤の図書館巡りが始まった。
 まずはアルド版の展覧会(『Merchants of Print from Venice to Manchester』)に朝のマンチェスターを徒歩でジョン・ライランズ・ライブラリー (*以下JRL)に向かう。道行きの、歯が抜けたような不揃いでフラットな街並みに、唐突に観覧車が出現するというシュールな空間が印象に残っている。
 JRLが所蔵するアルド版は、スペンサー伯爵の旧蔵書「スペンサー文庫」を綿織物業で財を築いたジョン・ライランズの妻エンリケッタが一括購入し、一般公開するために建設されたということである。現在は、マンチェスター大学図書館の貴重書部門となっている。この太っ腹な経緯に加えて、世界最大かつ最良のアルド版のコレクションと聞いていたので、期待に胸を高まらせつつ、チャペルが併置されている豪華な旧館のエントランスを抜け、司書のシンプソンさんに引率されて新館の展覧会場に向かう。

zu-2展覧会場入り口
焦ってぶれまくりの写真がただ1枚のみ残っていた


 展示されていたアルド版の内容は、私の予想など遙かに超えた恐ろしいくらいの素晴らしいものが勢揃いで、展示会場に足を踏み入れた瞬間に、引率者の先生を除く一行全員、興奮で頭が完全に飛んでしまったと思われる。残念ながら、当然にも撮影禁止で写真は一枚もないのだが、JRLのブログに掲載されたものから一部だけ紹介したいと思う。

zu-3“ Book and Beasts“と題されたヴェラム刷りのグループ
JRLのブログページから転載 


 今回最も印象的であったのはベンボの「『エトナ山対話De Aetna dialogus』。15世紀に作られたとは到底信じがたいほどの活字と文字組の力強い美しさが目に焼き付いた。そして、ヴェラム刷りにボルドーネによる細密画が施されたウェルギリウス『詩集』、刷られたばかりのような素晴らしい保存状態の『ポリフィーロ狂恋夢』、ペトラルカ『カンツォニエーレ』などなど。ルリユールの展示もあり、グロリエに加えて、なんとアンリ2世の所蔵本、アラグレカ製本のものまで揃っていた。パリの学校時代に書物史の授業で知って以来、一度実物を見てみたいと思っていたので、まさか、ここアルド版の展覧会で目にするとは全くの予想外で感無量だった。ルリユールはこのよう世代を超えて伝えられてきたのだと実感する。豪華な実物の数々を目の当たりにして、興奮と感動で頭がホワイトアウトしていくような体験の旅だった。

zu-4アンリ2世のルリユール『オッピアヌス』


 ケンブリッジ大学図書館のインキュナブラの展覧会も、のけぞるくらいな豪華な充実ぶりだったのだが、紙面も尽きたのでまたの機会にとさせていただきたきます。
(文:市田文子)
市田(大)のコピー


●作品紹介~市田文子制作
Ichida5
『Les Fleurs du Mal』
Charles Baudelaire :
ボードレール「悪の華」

Édition Fernand Roches, Paris, 1931年
本文ベルジェ紙

・山羊革総革装 
・綴じ付け製本
・水牛革見返し二重装 
・211×152×32mm
・タイトル箔押し:中村美奈子
・2015年

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本



●今日のお勧め作品は、小野隆生です。
20160703_ono_italian_girl小野隆生
「女性像」
テンペラ、キャンバス
90.5×72.5cm(F30号)
サインあり


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◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。