<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第43回

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外に面した側は障子で、手前側は唐紙、ふたつの部屋を仕切るのは板戸である。畳の上には布団が敷かれ、その上には竹製の傘がさがり、丸い電球がふたつ灯っている。
眼が覚めると、部屋のなかは薄暗かった。外は晴天ではなさそう。ヒモを引っ張ってパチンと電灯をつけ、障子を開ける。と、白い光が飛び込んできた。電灯の光量を超えるほどの明るさ。あたり一面に雪が降り積もっている。そこになにがあったかわからないほどの嵩があり、その雪に吸い取られたように音の消えた静かな朝である。
少女が三人いる。そのうちのふたりは窓の前に立って、腰布だけ巻いた姿で外を見ている。上半身は裸だ。右の部屋にいる子は腰ヒモを横にピンとひっぱり、左の部屋の子は両腕を上にあげて五本指をヤモリのように開いてからだをガラスに押し付けている。冷たくないだろうか。
三人目の少女はどこにいるかと言うと、乱れたふとんの上に少し前屈みの姿勢で座っている。顔を窓のほうに向けてぼうっとした様子。肩のラインに力がない。起きたばかりで夢とうつつの間をさまよっているらしい。
もしもこの少女がいなければ、こちらの視線はストレートに窓辺の少女にそそがれるが、彼女がいるためにその視線が意識に入って少女の視線は「わたし」のものになる。つまり、最初にいたのはこの少女だけなのだ。
ふとんから起き上がってふと窓辺を見ると、自分に似た子がそこに立っていた。右目と左目を代表するようにふたりいて、ひとりは腰ヒモをつかんで腕を真っ直ぐ伸ばし、もうひとりは両腕を上にあげて窓に押し付けている。
どうして、なにのためにふたりはこういう格好をしているのか。意図はわからないが違和感はない。もしかするといまより少し先の「わたし」を暗示しているのではないか。
まだ形が定まっていないあやふやな状態の「わたし」は、幻影の背中を見つめながらそんなふうに思い、雪にからだを開いて直立する快感や、見えない意志が発動する震えや、冷たさと熱さの落差がもたらす興奮などが自分のなかから離陸していくのを意識する。そして、雪の朝は何度も経験しているのに、今朝はじめてこういう感覚になったのはどうしてだろうと思い、おとなになったある日、この朝のことが鮮明によみがえってくるのを確信する。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
榮榮&映里
「妻有物語 No.11-3 2014年」
2014年
ゼラチンシルバープリント
50.8x61.0cm
■榮榮&映里 RongRong&inri
榮榮:1968年中国の福建省生まれ、北京在住。
映里:1973年神奈川県生まれ、京都在住。
北京を拠点に世界中で展覧会を開催。2007年に北京の草場地に中国初となる写真専門の民間現代アートセンター、三影堂撮影芸術中心(Three Shadows Photography Art Centre)を設立。2010年からは南仏の「アルル国際写真フェスティバル」と提携した「草場地春の写真祭」を開催、2015年には厦門に三影堂厦門撮影芸術中心を設立するなど、中国写真芸術の中心的存在として活動を続ける。国内での主な展覧会に「榮榮&映里写真展 三生万物」(資生堂ギャラリー、2011)、越後妻有アートトリエンナーレ2012、「写真のエステ-五つのエレメント」(東京都写真美術館、2013)、「LOVE展」(森美術館、2013)など。
●展覧会のご紹介
水戸芸術館 現代美術ギャラリーで榮榮&映里の展覧会が開催されています。
「記憶の円環|榮榮&映里と袁廣鳴の映像表現」
会期:2016年7月23日[土]~2016年9月19日[月・祝]
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
時間:9:30~18:00 ※入場時間は17:30分まで
休館:月曜 ※ただし9月19日(月・祝)は開館
東アジアの進展に伴うかのように、今までにはなかった新しい写真・映像表現がこの地域に増えています。本展ではその中から、日常や伝統を新しいメディアで捉えなおし、自然や家族、人と人との交感を詩情豊かな写真と映像で表現する2組の作家を紹介します。
榮榮&映里(ロンロン・アンド・インリ: 1968年中国生まれ、1973年日本生まれ/写真)は、中国の社会的現実とそこでの彼らの生活を写した作品や、人と美しい自然との関係性を、自身の身体を媒体として表現した作品で高い評価を得ています。地方特有の文化的性質を色濃く残す越後妻有を何度も訪れ、滞在しながら四季折々の里山の風景を撮影した《妻有物語》は、榮榮&映里が創作活動の主軸としている「生命の環」というテーマを象徴する作品となっています。
袁廣鳴(ユェン・グァンミン:1965年台湾生まれ/映像)は台湾におけるビデオアートの先駆者として、ケーブルカムなどの特殊機材や、自ら開発した機器を用いた撮影・展示により、常に映像表現の新たな可能性を追求してきました。彼自身、家、そして家族の日常を中心テーマに制作される作品は、視覚体験のみならず、身体的、心理的な感覚へも訴えかけます。近年は社会の成り立ち、そしてその構成メンバーとしての個に関心を寄せた作品を制作しています。
本展はギャラリーを二分し、榮榮&映里、袁廣鳴それぞれの個展として空間を構成します。「記憶の円環」というタイトルのもとに、二つの個展が並行しつつも共鳴する展覧会となるでしょう。(水戸芸術館 同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●皆様にご協力いただいた「ここから熊本へ~地震被災者支援展」での売上げ総額634,500円は、一番被害の大きかった益城町でお年よりや子供たちのケアに尽力されている木山キリスト教会に400,000円を、熊本市の城下町の風情を残す唐人町で被災した築100年の商家(カフェアンドギャラリーなどが入居、一時は解体も検討された)の西村家の復興資金に234,500円を、それぞれ送金いたしました。
詳しくはコチラをお読みください。

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外に面した側は障子で、手前側は唐紙、ふたつの部屋を仕切るのは板戸である。畳の上には布団が敷かれ、その上には竹製の傘がさがり、丸い電球がふたつ灯っている。
眼が覚めると、部屋のなかは薄暗かった。外は晴天ではなさそう。ヒモを引っ張ってパチンと電灯をつけ、障子を開ける。と、白い光が飛び込んできた。電灯の光量を超えるほどの明るさ。あたり一面に雪が降り積もっている。そこになにがあったかわからないほどの嵩があり、その雪に吸い取られたように音の消えた静かな朝である。
少女が三人いる。そのうちのふたりは窓の前に立って、腰布だけ巻いた姿で外を見ている。上半身は裸だ。右の部屋にいる子は腰ヒモを横にピンとひっぱり、左の部屋の子は両腕を上にあげて五本指をヤモリのように開いてからだをガラスに押し付けている。冷たくないだろうか。
三人目の少女はどこにいるかと言うと、乱れたふとんの上に少し前屈みの姿勢で座っている。顔を窓のほうに向けてぼうっとした様子。肩のラインに力がない。起きたばかりで夢とうつつの間をさまよっているらしい。
もしもこの少女がいなければ、こちらの視線はストレートに窓辺の少女にそそがれるが、彼女がいるためにその視線が意識に入って少女の視線は「わたし」のものになる。つまり、最初にいたのはこの少女だけなのだ。
ふとんから起き上がってふと窓辺を見ると、自分に似た子がそこに立っていた。右目と左目を代表するようにふたりいて、ひとりは腰ヒモをつかんで腕を真っ直ぐ伸ばし、もうひとりは両腕を上にあげて窓に押し付けている。
どうして、なにのためにふたりはこういう格好をしているのか。意図はわからないが違和感はない。もしかするといまより少し先の「わたし」を暗示しているのではないか。
まだ形が定まっていないあやふやな状態の「わたし」は、幻影の背中を見つめながらそんなふうに思い、雪にからだを開いて直立する快感や、見えない意志が発動する震えや、冷たさと熱さの落差がもたらす興奮などが自分のなかから離陸していくのを意識する。そして、雪の朝は何度も経験しているのに、今朝はじめてこういう感覚になったのはどうしてだろうと思い、おとなになったある日、この朝のことが鮮明によみがえってくるのを確信する。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
榮榮&映里
「妻有物語 No.11-3 2014年」
2014年
ゼラチンシルバープリント
50.8x61.0cm
■榮榮&映里 RongRong&inri
榮榮:1968年中国の福建省生まれ、北京在住。
映里:1973年神奈川県生まれ、京都在住。
北京を拠点に世界中で展覧会を開催。2007年に北京の草場地に中国初となる写真専門の民間現代アートセンター、三影堂撮影芸術中心(Three Shadows Photography Art Centre)を設立。2010年からは南仏の「アルル国際写真フェスティバル」と提携した「草場地春の写真祭」を開催、2015年には厦門に三影堂厦門撮影芸術中心を設立するなど、中国写真芸術の中心的存在として活動を続ける。国内での主な展覧会に「榮榮&映里写真展 三生万物」(資生堂ギャラリー、2011)、越後妻有アートトリエンナーレ2012、「写真のエステ-五つのエレメント」(東京都写真美術館、2013)、「LOVE展」(森美術館、2013)など。
●展覧会のご紹介
水戸芸術館 現代美術ギャラリーで榮榮&映里の展覧会が開催されています。
「記憶の円環|榮榮&映里と袁廣鳴の映像表現」
会期:2016年7月23日[土]~2016年9月19日[月・祝]
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
時間:9:30~18:00 ※入場時間は17:30分まで
休館:月曜 ※ただし9月19日(月・祝)は開館
東アジアの進展に伴うかのように、今までにはなかった新しい写真・映像表現がこの地域に増えています。本展ではその中から、日常や伝統を新しいメディアで捉えなおし、自然や家族、人と人との交感を詩情豊かな写真と映像で表現する2組の作家を紹介します。
榮榮&映里(ロンロン・アンド・インリ: 1968年中国生まれ、1973年日本生まれ/写真)は、中国の社会的現実とそこでの彼らの生活を写した作品や、人と美しい自然との関係性を、自身の身体を媒体として表現した作品で高い評価を得ています。地方特有の文化的性質を色濃く残す越後妻有を何度も訪れ、滞在しながら四季折々の里山の風景を撮影した《妻有物語》は、榮榮&映里が創作活動の主軸としている「生命の環」というテーマを象徴する作品となっています。
袁廣鳴(ユェン・グァンミン:1965年台湾生まれ/映像)は台湾におけるビデオアートの先駆者として、ケーブルカムなどの特殊機材や、自ら開発した機器を用いた撮影・展示により、常に映像表現の新たな可能性を追求してきました。彼自身、家、そして家族の日常を中心テーマに制作される作品は、視覚体験のみならず、身体的、心理的な感覚へも訴えかけます。近年は社会の成り立ち、そしてその構成メンバーとしての個に関心を寄せた作品を制作しています。
本展はギャラリーを二分し、榮榮&映里、袁廣鳴それぞれの個展として空間を構成します。「記憶の円環」というタイトルのもとに、二つの個展が並行しつつも共鳴する展覧会となるでしょう。(水戸芸術館 同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●皆様にご協力いただいた「ここから熊本へ~地震被災者支援展」での売上げ総額634,500円は、一番被害の大きかった益城町でお年よりや子供たちのケアに尽力されている木山キリスト教会に400,000円を、熊本市の城下町の風情を残す唐人町で被災した築100年の商家(カフェアンドギャラリーなどが入居、一時は解体も検討された)の西村家の復興資金に234,500円を、それぞれ送金いたしました。
詳しくはコチラをお読みください。
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