普後均のエッセイ「写真という海」第1回
ウィリアム フォークナーがヘミングウェイは沖に向かって泳ぐような勇気はなかったと批判的に言ったという。それを知ったのは池澤夏樹の「沖へ向かって泳ぐ」を読んだ時だった。冒険好きの男らしい作家、それまでヘミングウェイにいだいていた僕のイメージ。小説を書くことにおいては、新たな試みをすることへの失敗を恐れて体験的なことしか書かなかったということらしい。
僕の趣味の一つは泳ぐことである。少なくとも週一回は仲間たちと数十年、プールで泳いできた。良いコーチに巡り会えたこともあって、それなりに上達したけれども、安全に管理されたプールで泳ぐことはできても、未だに海は怖いし泳ぎたいとも思わない。
そんな僕でも写真の海を目の前にした時、無謀だとは思わず、恐怖心もなく
自然に沖へ向かって泳ぎ始めていた。そして今も疲れ気味とはいえ泳ぎ続けている。
持続できた理由は、大学卒業後、細江英公のスタジオで働いた数年間に新しい写真の世界を直接見聞きできたからと言ってもいいのかもしれない。1970年代初め、細江英公は「抱擁」を制作していた時であり、森山大道の発表前の作品を驚きを持って見る機会もあり、アメリカからは新しいスタイルの写真情報が時間差なくスタジオに届いていた。なんという豊かな海、光り輝く海。スタジオで過ごした充実した時間は泳ぎだすエネルギーとなり、直接指導されたことは殆どなかったものの細江英公は持続への精神的支えになった。この先にもっとおもしろいことがあるかもしれない、新たな可能性を見つけることができるかもしれないという思いは未知の世界に向かう原動力である。
写真と言ってもそれで表現される世界は多種多様である。僕個人のことをとってみても、仕事の依頼でスポンサーや編集者の意向に沿うような形で写真を撮ることもあれば、記念写真や旅先の記憶を持ち続けたいために撮る写真もある。
ただ、写真との関わりの中で圧倒的に時間を費やしてきたのは、発表することを前提にしながら個人的なことを表現するために写真を使うことだった。そしてその結果がいくつかの作品になった。
普後均
〈GAME OVER 〉シリーズより
僕の場合は何か一つの対象に興味を持てなかった。ある分野でプロフェッショナルな技量を身につける才能もなかった。今思い返してみると自分にとって写真がどのようなものかわからなかった時から、存在している事物そのものへの興味より曖昧な自分の世界への興味が常に優っていたような気がする。そのような世界を写真で表現しようとする時、対象を限定できなかったし、既成の写真の方法では表現することは難しかった。
多くの写真家や評論家、写真の分野にいない人たちも、「写真とは何か」という問いに答えそして語ってきた。
中にはこの広大な領域を一言で片付けることに躊躇しない人はいたし、今もいるような気がする。例えば「写真は今だ」という言い方。写真家が今立ち会って目にしているこの世界を写し止める事こそが写真家の仕事であり、そのためのメディアが写真だということと解釈していいと思うのだが、写真を一括りにしてそんな簡単には言えないといつも思ってしまう。もちろん写真においての現在性は重要な事ではあるが全てではない。
買い物リストのメモから日記、新聞記事、詩歌、小説など言葉で成立する世界は山ほどある。そして作家が自分自身の小説を語る時、言葉はコミュニケーションの道具だなどと一言で済ますようなことはありえない。
多岐にわたる写真を語る時も、写真のどの領域に軸足を置いているかを明確にしないと焦点が定まらないものになってしまう。
写真の海は限りなく広い。慣れ親しんだ海もあれば未知の海もきっとあるはずだ。
次回から、少し立ち泳ぎしながら、今まで泳いできた方向に目を向けようと思う。
(ふご ひとし)
●ワークショップのお知らせ
「第12期写真ワークショップ受講生募集」
個人それぞれが個性あふれる作品を作り上げていくためのワークショップです。
作品の講評を受けながら、写真とは何かということを学び、表現したいことや表現方法を明確にし、作品の完成を目指していきます。
作品を作る意欲のある方でしたらプロでもアマチュアでも大歓迎です。
第12期普後均写真ワークショップの受講生を募集します。
第12期写真ワークショップ:2016年11月-2017年9月
毎月第3土曜日(午後1時から5時まで)
場所:東京都練馬区桜台5-6-5 106 普後均スタジオ
受講料:50,000円(分割払い可 銀行振込)
条件:作品持参(モノクロプリント、カラープリント、デジタル作品)
定員:8名(定員になり次第〆切り)
申し込み方法:住所、氏名、電話番号、略歴を書いて下記メールアドレス宛にお申込み下さい。
普後均メールアドレス:photo25flying@ybb.ne.jp
■普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。
●本日のお勧め作品は、普後均です。作家と作品については、大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第3回をご覧ください。
普後均
〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6x39.2cm
シートサイズ:35.6x43.2cm
Ed.15 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
*画廊亭主敬白
このブログでは写真関係の連載が大竹昭子さん、小林紀晴さん、小林美香さんと3本あり、飯沢耕太郎さんにも不定期で執筆していただいています。今月から新たに普後均さんの連載を開始します。
私たちが普後さんのプリントを初めてコレクションしたのは、大竹昭子さんの「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」によってでした。大竹さんが絶賛する、漆黒の闇に浮かび上がるヘルメットの不気味な迫力、聞いてみればありふれた工事風景のスナップなのですが、写真表現の凄みを感じたものでした。
来年2月にときの忘れもので個展を開催する予定です。どうぞご期待ください。
◆新連載・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。
ウィリアム フォークナーがヘミングウェイは沖に向かって泳ぐような勇気はなかったと批判的に言ったという。それを知ったのは池澤夏樹の「沖へ向かって泳ぐ」を読んだ時だった。冒険好きの男らしい作家、それまでヘミングウェイにいだいていた僕のイメージ。小説を書くことにおいては、新たな試みをすることへの失敗を恐れて体験的なことしか書かなかったということらしい。
僕の趣味の一つは泳ぐことである。少なくとも週一回は仲間たちと数十年、プールで泳いできた。良いコーチに巡り会えたこともあって、それなりに上達したけれども、安全に管理されたプールで泳ぐことはできても、未だに海は怖いし泳ぎたいとも思わない。
そんな僕でも写真の海を目の前にした時、無謀だとは思わず、恐怖心もなく
自然に沖へ向かって泳ぎ始めていた。そして今も疲れ気味とはいえ泳ぎ続けている。
持続できた理由は、大学卒業後、細江英公のスタジオで働いた数年間に新しい写真の世界を直接見聞きできたからと言ってもいいのかもしれない。1970年代初め、細江英公は「抱擁」を制作していた時であり、森山大道の発表前の作品を驚きを持って見る機会もあり、アメリカからは新しいスタイルの写真情報が時間差なくスタジオに届いていた。なんという豊かな海、光り輝く海。スタジオで過ごした充実した時間は泳ぎだすエネルギーとなり、直接指導されたことは殆どなかったものの細江英公は持続への精神的支えになった。この先にもっとおもしろいことがあるかもしれない、新たな可能性を見つけることができるかもしれないという思いは未知の世界に向かう原動力である。
写真と言ってもそれで表現される世界は多種多様である。僕個人のことをとってみても、仕事の依頼でスポンサーや編集者の意向に沿うような形で写真を撮ることもあれば、記念写真や旅先の記憶を持ち続けたいために撮る写真もある。
ただ、写真との関わりの中で圧倒的に時間を費やしてきたのは、発表することを前提にしながら個人的なことを表現するために写真を使うことだった。そしてその結果がいくつかの作品になった。

〈GAME OVER 〉シリーズより
僕の場合は何か一つの対象に興味を持てなかった。ある分野でプロフェッショナルな技量を身につける才能もなかった。今思い返してみると自分にとって写真がどのようなものかわからなかった時から、存在している事物そのものへの興味より曖昧な自分の世界への興味が常に優っていたような気がする。そのような世界を写真で表現しようとする時、対象を限定できなかったし、既成の写真の方法では表現することは難しかった。
多くの写真家や評論家、写真の分野にいない人たちも、「写真とは何か」という問いに答えそして語ってきた。
中にはこの広大な領域を一言で片付けることに躊躇しない人はいたし、今もいるような気がする。例えば「写真は今だ」という言い方。写真家が今立ち会って目にしているこの世界を写し止める事こそが写真家の仕事であり、そのためのメディアが写真だということと解釈していいと思うのだが、写真を一括りにしてそんな簡単には言えないといつも思ってしまう。もちろん写真においての現在性は重要な事ではあるが全てではない。
買い物リストのメモから日記、新聞記事、詩歌、小説など言葉で成立する世界は山ほどある。そして作家が自分自身の小説を語る時、言葉はコミュニケーションの道具だなどと一言で済ますようなことはありえない。
多岐にわたる写真を語る時も、写真のどの領域に軸足を置いているかを明確にしないと焦点が定まらないものになってしまう。
写真の海は限りなく広い。慣れ親しんだ海もあれば未知の海もきっとあるはずだ。
次回から、少し立ち泳ぎしながら、今まで泳いできた方向に目を向けようと思う。
(ふご ひとし)
●ワークショップのお知らせ
「第12期写真ワークショップ受講生募集」
個人それぞれが個性あふれる作品を作り上げていくためのワークショップです。
作品の講評を受けながら、写真とは何かということを学び、表現したいことや表現方法を明確にし、作品の完成を目指していきます。
作品を作る意欲のある方でしたらプロでもアマチュアでも大歓迎です。
第12期普後均写真ワークショップの受講生を募集します。
第12期写真ワークショップ:2016年11月-2017年9月
毎月第3土曜日(午後1時から5時まで)
場所:東京都練馬区桜台5-6-5 106 普後均スタジオ
受講料:50,000円(分割払い可 銀行振込)
条件:作品持参(モノクロプリント、カラープリント、デジタル作品)
定員:8名(定員になり次第〆切り)
申し込み方法:住所、氏名、電話番号、略歴を書いて下記メールアドレス宛にお申込み下さい。
普後均メールアドレス:photo25flying@ybb.ne.jp
■普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。
●本日のお勧め作品は、普後均です。作家と作品については、大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第3回をご覧ください。

〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6x39.2cm
シートサイズ:35.6x43.2cm
Ed.15 Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
*画廊亭主敬白
このブログでは写真関係の連載が大竹昭子さん、小林紀晴さん、小林美香さんと3本あり、飯沢耕太郎さんにも不定期で執筆していただいています。今月から新たに普後均さんの連載を開始します。
私たちが普後さんのプリントを初めてコレクションしたのは、大竹昭子さんの「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」によってでした。大竹さんが絶賛する、漆黒の闇に浮かび上がるヘルメットの不気味な迫力、聞いてみればありふれた工事風景のスナップなのですが、写真表現の凄みを感じたものでした。
来年2月にときの忘れもので個展を開催する予定です。どうぞご期待ください。
◆新連載・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。
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