小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第17回

お盆

 いま、この原稿を書いているのはお盆の直前で、明日から私は諏訪へ帰省しようとしている。私はライフワークとして全国のお祭りを撮影しているのだが、お盆の時期に諏訪以外で撮った写真はほかに比べ、極端に少ない。お盆にしか行われないお祭りは全国に様々あるので、出かけたい気持ちはもちろんあるのだが、それ以前にまず自分のお盆を優先しなくてはならない、という気持ちが強く働くのだ。お盆に諏訪以外の場所で過ごすことに、いまだに違和感を抱く。

 もはや珍しい部類にはいるのだろうが、お盆の始まりと終わりに家の前で火を焚く風習が残っている。13日の夕方にまず迎え火。
「ぼんさん、ぼんさん、この明かりでおいでなして・・・・」
 亡くなった祖母はいつも、こんなふうに声にした。歌っているようにも、念仏をと唱えているようにも聞こえた。私もそれをなぞる。
 そして16日の晩にまた火を焚く。送り火だ。
「ぼんさん、ぼんさん、この明かりでお帰り・・・」
 同じく歌うようにも、唱えるようにも聞こえる声を数回繰り返す。今年もそれをするために私は帰省する。亡くなった祖父、祖母、父、そして会ったこともない遠い人たちを呼ぶことにもなる。

01小林紀晴
「MUKAEBI」
2011撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch


 幼い頃から、お盆のあいだだけ空気が濃密になると感じていた。ヌメッとして、どこか息苦しいのだ。何かがすぐ近くにいて、身体に張り付くようだと感じていた。何かとは、「霊」ということになるのだろうが、もっと、漠然と何かがいる、という感じだった。怖いわけでもないが、緊張感がともなった。
だから送り火を焚いて送り出すと、正直ホッとした。

 奥座敷にはお盆のあいだだけ精霊棚が設けられる。位牌が並び、当然のようにキュウリで馬を作り、ナスで牛を作る。それは昔から、母の役目と決まっているのだが、私も何度か作った。足は葦の茎で作るので、河原まで取りに行かされた。
 精霊棚を目の前にすると、やはり何かがたったいま「帰ってきている」と思えるのだ。物心つく前から見続けきたのだから、当然の感覚として、刷り込まれたに違いない。

 そして、ふらりと現れるお寺の和尚さん。日にちは決まっているのだが、檀家すべてを回ってくるので、訪れる正確な時間はわからない。長い午後、待ち続けることになる。
 和尚さんが精霊棚に向かってお経をあげている姿を背後から眺めていると、必ずたったいま、自分は夏の頂点にいるのだと思えてくる。毎年のことだ。

 私は長いあいだ、迎え火と送り火にカメラを向けることができなかった。写真に収めれば、そこに何かが確実に写ってしまうと考えたからだ。子供じみたことを、と言われそうな気もするのだが、ずっとそう信じてきた。
 それがあるきっかけで、カメラを向けた。ニューヨークで知り合ったアメリカ人の友人が来日し、お盆の時期に彼を連れて帰省したことがある。2002年のことだ。
 彼がいきなり迎え火にカメラを向けて写真をバシバシ撮った。正直、止めたかったのだが、野暮だと思い、そのままにした。
 後日、彼が撮影したネガを見せてもらったのだが、何かは写っていなかった。当然といえば、当然だが、ちょっと拍子抜けした気分だった。
 その翌年、私は初めて迎え火にカメラを向けた。緊張した。後日、現像したフィルムを見てみたが、何かの姿は微塵もなかった。
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160819_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり


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