小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第2回
今月は、開店以来初めての長期休暇をいただきました。4日間、しかもお盆の時期に休んだのは、働きだしてから初めての経験。とはいうものの、「ハワイに行った」なんてことは当然なく、実家に帰ったり、買い物にいったり、「お店がやっていると思って、お客さんが来ないだろうか・・・。」と、慣れない休みに戸惑ったり。
そんな風にして休みが明け、その週末に、今月の目玉作品『プレヴェール詩集』が入荷しました!こちらのブログでも取り上げていただいた通り、ずいぶんと皆さんに応援していただき、ひょっとしたら日本でも5位以内に入る売上冊数、かもしれません。本当にありがとうございました!でも、まだまだおすすめしていくつもりです。ゆっくりと。長く。
というわけで、『プレヴェール詩集』にちなんで、今月の新入荷おすすめの一冊目は、プレヴェールのような国民的詩人、谷川俊太郎さんの『子どもたちの遺言』です。


田淵章三さんの写真に、谷川さんの詩が添えられた写真詩集です。
「生まれたよ ぼく
やっとここにやってきた
まだ眼は開いてないけど
まだ耳も聞こえないけど
ぼくは知ってる
ここがどんなにすばらしいところか
だから邪魔しないでください
ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを
ぼくが誰かを好きになるのを
ぼくが幸せになるのを
いつかぼくが
ここから出て行くときのために
いまからぼくは遺言する
山はいつまでも高くそびえていてほしい
海はいつまでも深くたたえていてほしい
空はいつまでも青く澄んでいていほしい
そして人はここにやってきた日のことを
忘れずにいてほしい」
こんなに優しいことばで、しかも、紋切り型ともいえる表現を(詩人が!)多用して、ここまで独自の世界を作れることに、いつ読み返しても新鮮に驚きます。
谷川さんのあとがきには、この詩について、こんなことが書いてあります。
「この連載詩は、はじめ作者である私が子どもたちに向かって遺言を書くという発想だったのだが、私はむしろ死に近づきつつある大人よりも、まだ死からはるかに遠い子どもが大人に向かって遺言するほうが、この時代ではずっと切実ではないかと思って、発想を逆転させた。生まれたばかりの赤ん坊に遺言されるような危うい時代に私たちは生きている、そう感じているのは私だけだろうか。」
この写真詩集が出たのは2009年。谷川さんの詩は優しいのに、自分たちの立っている足元を揺るがします。その詩人の感性を思うと、プレヴェールの詩と共に、ますます今の時代に読まれるべき詩人になっているようです。
今回もまた詩の話になってしまったので、二冊目は翻訳小説の新入荷をご紹介。イジー・クラトフヴィル『約束』です。

クラトフヴィルは、現代チェコ文学の作家。訳者の阿部賢一さんは、いま日本で最も勢いのある訳者・研究者の一人です。
この小説は、複雑な小説です。読み返せば読み返すほど、奇妙な味わいが増してきます。
主人公モドラーチェクは、チェコがナチスの支配下だった時代に、親衛隊の高官のために邸宅を設計した建築家。戦後の共産党時代には、そのせいで秘密警察に付きまとわれ、建築家としての能力があるにも関わらず、表立って活躍はできません。ある日、モドラーチェクが誰よりも愛している妹が、反体制運動に関わった嫌疑をかけられ、秘密警察の尋問中に謎の死を遂げます。そもそも、ナチス時代にモドラーチェクがナチスに協力したのも、やはりレジスタンスだった妹を救うため。その絶望は深く、兄は復讐を誓います。その復讐方法とは、巨大な地下街に、妹の仇を監禁するというものでした。
というのは、あらすじの本当に主要なところ。この小説は、こんな内容なのに、どこかすっとぼけた味わいがあり、その笑いすら起こる倒錯と、おどろおどろしい狂気とが隣り合わせで存在する、不思議な作品なのです。そこには、舞台であるチェコ第二の都市、ブルノ(本当に地下街が存在したそうです。)とチェコがたどった複雑で数奇な物語も絡んでいます。また、クラトフヴィルは実際に建築にも詳しいらしく、「建築としての文学」という言葉で自作を説明することもあるそう。今年でたものの中でも出色の翻訳小説のひとつです。
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
◆小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
関根伸夫
《三角の窓のproject》
1982年 銅版
60.0×45.0cm
Ed. 50 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

今月は、開店以来初めての長期休暇をいただきました。4日間、しかもお盆の時期に休んだのは、働きだしてから初めての経験。とはいうものの、「ハワイに行った」なんてことは当然なく、実家に帰ったり、買い物にいったり、「お店がやっていると思って、お客さんが来ないだろうか・・・。」と、慣れない休みに戸惑ったり。
そんな風にして休みが明け、その週末に、今月の目玉作品『プレヴェール詩集』が入荷しました!こちらのブログでも取り上げていただいた通り、ずいぶんと皆さんに応援していただき、ひょっとしたら日本でも5位以内に入る売上冊数、かもしれません。本当にありがとうございました!でも、まだまだおすすめしていくつもりです。ゆっくりと。長く。
というわけで、『プレヴェール詩集』にちなんで、今月の新入荷おすすめの一冊目は、プレヴェールのような国民的詩人、谷川俊太郎さんの『子どもたちの遺言』です。


田淵章三さんの写真に、谷川さんの詩が添えられた写真詩集です。
「生まれたよ ぼく
やっとここにやってきた
まだ眼は開いてないけど
まだ耳も聞こえないけど
ぼくは知ってる
ここがどんなにすばらしいところか
だから邪魔しないでください
ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを
ぼくが誰かを好きになるのを
ぼくが幸せになるのを
いつかぼくが
ここから出て行くときのために
いまからぼくは遺言する
山はいつまでも高くそびえていてほしい
海はいつまでも深くたたえていてほしい
空はいつまでも青く澄んでいていほしい
そして人はここにやってきた日のことを
忘れずにいてほしい」
こんなに優しいことばで、しかも、紋切り型ともいえる表現を(詩人が!)多用して、ここまで独自の世界を作れることに、いつ読み返しても新鮮に驚きます。
谷川さんのあとがきには、この詩について、こんなことが書いてあります。
「この連載詩は、はじめ作者である私が子どもたちに向かって遺言を書くという発想だったのだが、私はむしろ死に近づきつつある大人よりも、まだ死からはるかに遠い子どもが大人に向かって遺言するほうが、この時代ではずっと切実ではないかと思って、発想を逆転させた。生まれたばかりの赤ん坊に遺言されるような危うい時代に私たちは生きている、そう感じているのは私だけだろうか。」
この写真詩集が出たのは2009年。谷川さんの詩は優しいのに、自分たちの立っている足元を揺るがします。その詩人の感性を思うと、プレヴェールの詩と共に、ますます今の時代に読まれるべき詩人になっているようです。
今回もまた詩の話になってしまったので、二冊目は翻訳小説の新入荷をご紹介。イジー・クラトフヴィル『約束』です。

クラトフヴィルは、現代チェコ文学の作家。訳者の阿部賢一さんは、いま日本で最も勢いのある訳者・研究者の一人です。
この小説は、複雑な小説です。読み返せば読み返すほど、奇妙な味わいが増してきます。
主人公モドラーチェクは、チェコがナチスの支配下だった時代に、親衛隊の高官のために邸宅を設計した建築家。戦後の共産党時代には、そのせいで秘密警察に付きまとわれ、建築家としての能力があるにも関わらず、表立って活躍はできません。ある日、モドラーチェクが誰よりも愛している妹が、反体制運動に関わった嫌疑をかけられ、秘密警察の尋問中に謎の死を遂げます。そもそも、ナチス時代にモドラーチェクがナチスに協力したのも、やはりレジスタンスだった妹を救うため。その絶望は深く、兄は復讐を誓います。その復讐方法とは、巨大な地下街に、妹の仇を監禁するというものでした。
というのは、あらすじの本当に主要なところ。この小説は、こんな内容なのに、どこかすっとぼけた味わいがあり、その笑いすら起こる倒錯と、おどろおどろしい狂気とが隣り合わせで存在する、不思議な作品なのです。そこには、舞台であるチェコ第二の都市、ブルノ(本当に地下街が存在したそうです。)とチェコがたどった複雑で数奇な物語も絡んでいます。また、クラトフヴィルは実際に建築にも詳しいらしく、「建築としての文学」という言葉で自作を説明することもあるそう。今年でたものの中でも出色の翻訳小説のひとつです。
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
◆小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。

《三角の窓のproject》
1982年 銅版
60.0×45.0cm
Ed. 50 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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