<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第57回

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ふたりが座しているのは、食卓である。
手前に急須と湯吞みが、むかって左奥に蓋付きの容器が、その背後にはラジカセが見える。
このように食卓についている人が正面きってカメラを見つめることは、日常ではまずないだろう。記念撮影の場に食卓が選ばれることはめずらしく、もしシャッターを切るとしても笑ったり、おしゃべりしているスナップになるだろう。構えて撮るのには食卓はあまりに日常的すぎるのだ。
そのミスマッチが、写真に異様な雰囲気をもたらしている。
いや、そのこと以上に非日常感を際立たせているのは、言うまでもなく、ふたりの女性が服をまとわず、裸をさらしていることだろう。
ふたりは母と娘のようだ。顔もさることながら、首から肩や胸にかけての体つきがそっくりである。顔は化粧でどうにでもなるが、骨格は変えられないし、乳房や乳輪のかたちも親から子へと引き継がれるものの典型である。
そうしたディテールの総体が、ふたりの肉体の構えに、赤の他人とは思わせない類似した表情をもたらしている。
服を着ていても異様な構図なのに、ましてや裸体となれば、二重の意味で見る者の日常にくいこんでくる。気の弱い男性なら、ちょっとひるむかもしれない。
娘のほうは髪の毛を剃って坊主にしている。ぶかっとしたワークシャツを着ていたら、男の子と思ってもおかしくないだろう。乳房があらわなゆえに、女性とわかるわけで、髪型は性別を見分けるには役立たず、衣服でつねに隠されている乳房と性器だけがそれを可能にする、という当たり前の事実に改めて思い至る。
テーブルの横には食器棚があり、扉の開け閉てがかろうじて出来るくらいにぎっしりと皿やグラスが詰め込まれている。それに並んで冷蔵庫が立っているが、こちらのドアにはお知らせや領収証のたぐいがびらびらと張られてにぎにぎしい。窓を覆っているカーテンも、チェックの柄が細かく、狭くて雑然とした空間を想像させる。
日常とは、このようにごちゃごちゃした未整理な空間で、行き当たりばったりに、出たとこ勝負で進んでいくものである。水の流れに似て、流れているかぎりはディテールも内実も意識されないのがふつうなのだ。
そうした日常の対極にある価値を、正面切った一対の裸体は屹立させる。あたかも人工のせせらぎに巨大な岩が投げ込まれたように、狭い空間のなかに始原を立ち上がらせ、意味を超えた何ものかをつきつけてくる。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
長島有里枝
《Self-Portrait (Mother #24)》
From the series Self-Portrait
1993年
ゼラチン・シルバー・プリント
38.7x58.0cm
東京都写真美術館蔵
■長島有里枝 Yurie NAGASHIMA
1973年、東京都中野区生まれ。1995年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1999年、カリフォルニア芸術大学にてMaster of Fine Arts取得。1993年、家族とのポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞しデビュー。2001年、写真集『PASTIME PARADISE』(マドラ出版、2000年)で、第26回木村伊兵衛賞受賞。2010年、エッセイ集『背中の記憶』(講談社、2009年)で第26回講談社エッセイ賞受賞。主な写真集に『YURIE NAGASHIMA』(風雅書房、1995年)、『empty white room』(リトルモア、1995年)、『家族』(光琳社出版、1998年)、『not six』(スイッチパブリッシング、2004年)、『SWISS』(赤々舎、2010年)、『5 Comes After 6』(マッチアンドカンパニー、2014年)など。
●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で、「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」が開催されています。
「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」
会期:2017年9月30日[土]~11月26日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00~18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜 ※ただし10月9日(月・祝)は開館、10日(火)休館
東京都写真美術館は長島有里枝の個展を開催します。デビュー以来、長島は社会における「家族」や「女性」のあり方への違和感を作品で問い続けてきました。ラディカルさとしなやかさをあわせ持つ、パーソナルな視点にもとづいた長島の表現は、若い世代を中心に支持され、国際的にも評価が高まっています。
長島は武蔵野美術大学在学中の1993年、家族とヌードで撮影したセルフ・ポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞し、一躍注目を集めました。2001年には、写真集『PASTIME PARADISE』で第26回木村伊兵衛写真賞を受賞。近年では、自身の幼少期をモチーフにした短編集『背中の記憶』で、2010年に第26回講談社エッセイ賞を受賞するなど、写真以外にも活動の幅を広げています。
公立美術館で初めての個展となる本展では、初期を代表する〈セルフ・ポートレイト〉や〈家族〉、90年代のユースカルチャーを切り取った〈empty white room〉のシリーズに始まり、アメリカ留学中の作品、2007年にスイスのアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作をした植物の連作、女性のライフコースに焦点を当てた新作までを一堂に展示します。
デビューから四半世紀近くが経ち、共同制作など新しい試みも取り入れながら、長島の表現はさらなる広がりを見せつつあります。本展では、作家の「今」が色濃く反映された現在の作品とともに、これまでの歩みを振り返り、パーソナルかつポリティカルな視点にもとづく写真表現の可能性を探ります。(東京都写真美術館HPより転載)
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

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ふたりが座しているのは、食卓である。
手前に急須と湯吞みが、むかって左奥に蓋付きの容器が、その背後にはラジカセが見える。
このように食卓についている人が正面きってカメラを見つめることは、日常ではまずないだろう。記念撮影の場に食卓が選ばれることはめずらしく、もしシャッターを切るとしても笑ったり、おしゃべりしているスナップになるだろう。構えて撮るのには食卓はあまりに日常的すぎるのだ。
そのミスマッチが、写真に異様な雰囲気をもたらしている。
いや、そのこと以上に非日常感を際立たせているのは、言うまでもなく、ふたりの女性が服をまとわず、裸をさらしていることだろう。
ふたりは母と娘のようだ。顔もさることながら、首から肩や胸にかけての体つきがそっくりである。顔は化粧でどうにでもなるが、骨格は変えられないし、乳房や乳輪のかたちも親から子へと引き継がれるものの典型である。
そうしたディテールの総体が、ふたりの肉体の構えに、赤の他人とは思わせない類似した表情をもたらしている。
服を着ていても異様な構図なのに、ましてや裸体となれば、二重の意味で見る者の日常にくいこんでくる。気の弱い男性なら、ちょっとひるむかもしれない。
娘のほうは髪の毛を剃って坊主にしている。ぶかっとしたワークシャツを着ていたら、男の子と思ってもおかしくないだろう。乳房があらわなゆえに、女性とわかるわけで、髪型は性別を見分けるには役立たず、衣服でつねに隠されている乳房と性器だけがそれを可能にする、という当たり前の事実に改めて思い至る。
テーブルの横には食器棚があり、扉の開け閉てがかろうじて出来るくらいにぎっしりと皿やグラスが詰め込まれている。それに並んで冷蔵庫が立っているが、こちらのドアにはお知らせや領収証のたぐいがびらびらと張られてにぎにぎしい。窓を覆っているカーテンも、チェックの柄が細かく、狭くて雑然とした空間を想像させる。
日常とは、このようにごちゃごちゃした未整理な空間で、行き当たりばったりに、出たとこ勝負で進んでいくものである。水の流れに似て、流れているかぎりはディテールも内実も意識されないのがふつうなのだ。
そうした日常の対極にある価値を、正面切った一対の裸体は屹立させる。あたかも人工のせせらぎに巨大な岩が投げ込まれたように、狭い空間のなかに始原を立ち上がらせ、意味を超えた何ものかをつきつけてくる。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
長島有里枝
《Self-Portrait (Mother #24)》
From the series Self-Portrait
1993年
ゼラチン・シルバー・プリント
38.7x58.0cm
東京都写真美術館蔵
■長島有里枝 Yurie NAGASHIMA
1973年、東京都中野区生まれ。1995年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1999年、カリフォルニア芸術大学にてMaster of Fine Arts取得。1993年、家族とのポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞しデビュー。2001年、写真集『PASTIME PARADISE』(マドラ出版、2000年)で、第26回木村伊兵衛賞受賞。2010年、エッセイ集『背中の記憶』(講談社、2009年)で第26回講談社エッセイ賞受賞。主な写真集に『YURIE NAGASHIMA』(風雅書房、1995年)、『empty white room』(リトルモア、1995年)、『家族』(光琳社出版、1998年)、『not six』(スイッチパブリッシング、2004年)、『SWISS』(赤々舎、2010年)、『5 Comes After 6』(マッチアンドカンパニー、2014年)など。
●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で、「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」が開催されています。
「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」
会期:2017年9月30日[土]~11月26日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00~18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜 ※ただし10月9日(月・祝)は開館、10日(火)休館
東京都写真美術館は長島有里枝の個展を開催します。デビュー以来、長島は社会における「家族」や「女性」のあり方への違和感を作品で問い続けてきました。ラディカルさとしなやかさをあわせ持つ、パーソナルな視点にもとづいた長島の表現は、若い世代を中心に支持され、国際的にも評価が高まっています。
長島は武蔵野美術大学在学中の1993年、家族とヌードで撮影したセルフ・ポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞し、一躍注目を集めました。2001年には、写真集『PASTIME PARADISE』で第26回木村伊兵衛写真賞を受賞。近年では、自身の幼少期をモチーフにした短編集『背中の記憶』で、2010年に第26回講談社エッセイ賞を受賞するなど、写真以外にも活動の幅を広げています。
公立美術館で初めての個展となる本展では、初期を代表する〈セルフ・ポートレイト〉や〈家族〉、90年代のユースカルチャーを切り取った〈empty white room〉のシリーズに始まり、アメリカ留学中の作品、2007年にスイスのアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作をした植物の連作、女性のライフコースに焦点を当てた新作までを一堂に展示します。
デビューから四半世紀近くが経ち、共同制作など新しい試みも取り入れながら、長島の表現はさらなる広がりを見せつつあります。本展では、作家の「今」が色濃く反映された現在の作品とともに、これまでの歩みを振り返り、パーソナルかつポリティカルな視点にもとづく写真表現の可能性を探ります。(東京都写真美術館HPより転載)
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◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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