佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」
第9回 インドの先住民Santal-Kheladangaの人々の家づくりについて-脱線2の2
シャンティニケタンの家作りのプロジェクトについて、続きを書きたい。前回、インドと日本の間を巡る自分自身の旅を、一つの物語として建築の中に架構する、などという回りくどい宣言をしてその稿を括ってしまった。現代の、様々なモノが容易にそして手早く出力・生産できてしまう世界において、建築は明らかに作られる速度が遅い。工場生産、部材の規格化が著しい日本でも、小さな住宅が建てられるのに半年程度はかかる。インドだと、雨季に工事が滞ったり、予期せぬ停滞やレンガを積み上げていくような人力仕事が主なので、1年弱あるいはそれ以上はかかる。ウェブコンテンツやアプリ開発に比べれば牛歩の如くである。さらには設計自体は建設工事が始まる前からやっているので、正味2年くらいはその住宅の何かしらを考え続けているのだ。
自分自身の移動の径を一つの物語として建築の中に架構するとは、つまるところ、そんな長らく続く建設過程における幾つかの要所となる段階で、自分がインドにいるべきか、日本にいるべきかを定めながら、プロジェクトを進めていこうということである。さらには、日本から自分に限らず、友人の大工・青島雄大、そして幾人かの作り手と共にシャンティニケタンの現場へ向かい、工事を協働する。建築はあくまでも実体のものであるから、”日本の家”なるものをインドで作って見ようとする時点で、何らかの折衷、あるいは並存の状況が現れることは間違いない。ならば変に取り繕うのではなく、両者が並存する舞台をいくらかの時間的尺度を備えて設えてみようとしている。
舞台と言っても、強引な乱闘、異種格闘技戦を現場で催す訳ではない。建築の主構造は、当初は木造を目指したが、現地の職方の技術の素朴さと気候の湿潤さゆえの虫の被害を考慮して、鉄筋コンクリート+レンガ積造とし、現地の職工が担当する。今年の4月から工事はスタートしたが、根切り、基礎工事、コンクリート打設、レンガ壁積、など絶え間なく現場から私のところに写真が送られてきている。現場ではコンストラクション・マネジャーが一人いるようだが、細かな指示や日本にいる私との調整はなんと施主自身がやっている。2017年10月現在、すでに二階の壁までは現場でできており、若干の工事の遅れはあるが年末までには躯体は完成しそうな見込みである。
現場写真。コンクリートの構造とレンガ壁はほぼ同時に施工される。レンガ壁に穴を空けておき、そこに竹を差し込んで内部足場とする。分業化されていない多能工が融通の利く材料を使って取り組む場当たり的な現場であるからこのようなアクロバットができるのだろう。空いた壁の穴はいくつかそのまま残す予定である。背後に施主がコツコツと手入れする鬱蒼とした庭が見える。
現場写真。梁の型枠を支える支保工は竹とレンガブロック。
現場写真。2階はね出し部分の床の型枠。
現場写真。1階内部空間。現場では仕上げられるところから適宜工事を進めている。
日本からやってくる我々は、コンクリート+レンガの躯体が出来上がったあとの内部空間で木造と木工家具を主とした工事を行う。日本からいくらかの木材と部材を持って大工と共にインド現地に入り、階段の手すりを含む吹き抜け空間での立体架構を基点として内部全体に造作を布置する。野物と化粧という関係を少し広く捕まえるとすれば、インドの職工が作るコンクリート+レンガが野物となり、日本の大工を始めとする我々の内部造作が化粧となる。野物というものは本来化粧に隠され、また化粧は下地としての野物に従う(化粧に合わせて野物が設えられるとも言えるが)ものであるが、ここでは化粧である内部造作それ自体がシステムを持って自律し、必ずしも野物を隠さない。内外の序列と工事の順序を持ちながら両者の並存、力関係をどう調停するかが肝だろうと考えている。
先月、東京・北千住のある建設現場の中の一画を占拠して、このシャンティニケタンの家作りの準備をしていた。北千住の現場も、比較的規模の大きいコンクリート躯体に対して新たに木工造作を挿入する形であり、その現場での作業から様々なアイデアが飛び火してくる。主に家具についてのアイデアを思いついたので、早速、大工・青島にそのプロトタイプを制作してもらった。それぞれの家具が備えている赤い小さなキューブは、日本から道具、あるいはお土産まがいのエレメントを詰めてインドに持っていくための梱包箱である。そしていくつかの脚部材も日本から持ち込み、ノックダウン方式で、その箱と共に現地で家具として組み立てようとしている。現地ではさらにインドの溶接工に依頼して鉄部材を用意してもらい、木工家具とドッキングさせる。異なる作業段階の時間的な偏差と、長距離移動の手間が、このプロジェクト自体の根拠となっており、また創作表現の基軸を担う。私自身がインドにこだわって滞在と移動を続けているのは、そんな表現の可能性を確かめたいからである。
木工家具のスケッチ。箱のアイデアは実は以前からあった。持ち運びができまた収納ともなる、長持のようなスケールと、江戸時代の裁縫台の構成が組み合わさったような形をイメージしていた。それが日本-インド間を移動するという前提を備えて工作プロセスを含めて変容した。
木工家具の制作。制作は青島雄大。
プロトタイプとして制作した木工家具。足元の十字部分に鉄のフレームを現地で差し込み座面を付加する。背後にあるのは住宅の内部模型。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●今日のお勧め作品は、石山修武です。
石山修武
《やがて廃墟を歩く足も出現した》
2016年 銅版
イメージサイズ: 15.0x15.0cm
シートサイズ: 26.0x25.3cm
Ed. 5 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]~10月21日[土] 11:00~18:00 ※日・月・祝日休廊

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。
イベントのご案内
◎10月31日(火)16時~「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。
◎11月8日(水)18時~飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)>
*要予約:参加費1,000円
◎11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
第9回 インドの先住民Santal-Kheladangaの人々の家づくりについて-脱線2の2
シャンティニケタンの家作りのプロジェクトについて、続きを書きたい。前回、インドと日本の間を巡る自分自身の旅を、一つの物語として建築の中に架構する、などという回りくどい宣言をしてその稿を括ってしまった。現代の、様々なモノが容易にそして手早く出力・生産できてしまう世界において、建築は明らかに作られる速度が遅い。工場生産、部材の規格化が著しい日本でも、小さな住宅が建てられるのに半年程度はかかる。インドだと、雨季に工事が滞ったり、予期せぬ停滞やレンガを積み上げていくような人力仕事が主なので、1年弱あるいはそれ以上はかかる。ウェブコンテンツやアプリ開発に比べれば牛歩の如くである。さらには設計自体は建設工事が始まる前からやっているので、正味2年くらいはその住宅の何かしらを考え続けているのだ。
自分自身の移動の径を一つの物語として建築の中に架構するとは、つまるところ、そんな長らく続く建設過程における幾つかの要所となる段階で、自分がインドにいるべきか、日本にいるべきかを定めながら、プロジェクトを進めていこうということである。さらには、日本から自分に限らず、友人の大工・青島雄大、そして幾人かの作り手と共にシャンティニケタンの現場へ向かい、工事を協働する。建築はあくまでも実体のものであるから、”日本の家”なるものをインドで作って見ようとする時点で、何らかの折衷、あるいは並存の状況が現れることは間違いない。ならば変に取り繕うのではなく、両者が並存する舞台をいくらかの時間的尺度を備えて設えてみようとしている。
舞台と言っても、強引な乱闘、異種格闘技戦を現場で催す訳ではない。建築の主構造は、当初は木造を目指したが、現地の職方の技術の素朴さと気候の湿潤さゆえの虫の被害を考慮して、鉄筋コンクリート+レンガ積造とし、現地の職工が担当する。今年の4月から工事はスタートしたが、根切り、基礎工事、コンクリート打設、レンガ壁積、など絶え間なく現場から私のところに写真が送られてきている。現場ではコンストラクション・マネジャーが一人いるようだが、細かな指示や日本にいる私との調整はなんと施主自身がやっている。2017年10月現在、すでに二階の壁までは現場でできており、若干の工事の遅れはあるが年末までには躯体は完成しそうな見込みである。




日本からやってくる我々は、コンクリート+レンガの躯体が出来上がったあとの内部空間で木造と木工家具を主とした工事を行う。日本からいくらかの木材と部材を持って大工と共にインド現地に入り、階段の手すりを含む吹き抜け空間での立体架構を基点として内部全体に造作を布置する。野物と化粧という関係を少し広く捕まえるとすれば、インドの職工が作るコンクリート+レンガが野物となり、日本の大工を始めとする我々の内部造作が化粧となる。野物というものは本来化粧に隠され、また化粧は下地としての野物に従う(化粧に合わせて野物が設えられるとも言えるが)ものであるが、ここでは化粧である内部造作それ自体がシステムを持って自律し、必ずしも野物を隠さない。内外の序列と工事の順序を持ちながら両者の並存、力関係をどう調停するかが肝だろうと考えている。
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(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●今日のお勧め作品は、石山修武です。

《やがて廃墟を歩く足も出現した》
2016年 銅版
イメージサイズ: 15.0x15.0cm
シートサイズ: 26.0x25.3cm
Ed. 5 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]~10月21日[土] 11:00~18:00 ※日・月・祝日休廊

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。
イベントのご案内
◎10月31日(火)16時~「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。
◎11月8日(水)18時~飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)>
*要予約:参加費1,000円
◎11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
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