関根伸夫のエッセイ
「<発想>について」 第3回[1976年執筆の再録]
≪空間≫について考えたり、感じたりすることの表明が美術ではないか、と私は以前漠然と考えたことがある。その時以来私は、常に自分の仕事を≪空間≫に対する把えかたの問題と規定することにしている。もっとも、≪空間≫という言葉ほど曖昧で、広範囲な内容をしめす、しかも直感的な言葉もないであろう。私の場合≪空間≫とは、日常生活における対象であるところの、例えばコップやらペンといった物体や物質のことである。広義にするなら、コップやペンが包含される≪世界≫のことである。そしてコップやペンといった個物が特称を離れて、トータルティに到るあたりのことをさしている。つまり、このやっかいで曖昧模糊とした≪空間≫をどう認識し、どう把えるかという方法を、私なりに実験することが、私の美術なのだという結果になるのである。
例えば≪位相≫。空間に対する新たなる認識方法はないかとの過程のなかで行きあたったものに位相幾何学がある。現代科学や現代数学といったものは≪空間≫に対しては、いささか急進的ともいうべき認識法を開発している。アインシュタインの相対性理論を例引するまでもなく、月に到着したアポロ宇宙船の実例を思い合せば、その空間認識法の進歩はわれわれのはるかかなたにある。位相幾何学は興味あることには、集合に近傍と称する連続概念をもちこみ、伸び縮み自由な形相という認識を与えた。簡単にいうなら、コップという形体の表面が伸縮自在なゴム状のものと考え、他の形体、つまりサラや弁当箱になりうるのではないかと考える。人間という形体は幾つ穴のあいた肉ダンゴかなどと考える。また身につけたままの背広を袖をぬかずに如何にしたら裏がえしに着替えることができるかなどと実験したりするのである。もっとも、彼ら位相幾何学者は、真面目に≪空間≫について思考し、科学的な概念や理論を極めて厳細に整理する作業のなかで、幾何学を構築する。それに反して、私の場合は、卑俗にも≪位相≫の概念を日常的に把えかえすことにのみ興味をもつわけである。

1968年
須磨離宮の野外彫刻展にて
撮影:村井修
写真にしめした一九六八年の須磨離宮の野外彫刻展の「位相―大地」の作品をご覧下さい。この時のハプニング行為は、地面にスコップでもって穴をあけて、その出た土をその端に積み上げることから始まった。土を掘り積む。土を掘り積む。これを半永久的に繰り返すと幾時か地球はカラになる。それをさらに強引に続けたら地球は裏反り、反地球が現出するはずである。これを思考実験というが、この作品は少なからずこの思考実験を現実化させたものである。しかしながら、今はこの大地は平坦にもどり、この写真が残るのみである。≪空間≫を把えるとは、これは又、無償の行為ともいうべきものである。 ―続く
(せきね のぶお)
*「版画センターニュース」第14号より再録
現代版画センター機関誌・1976年5月1日発行
■関根伸夫(せきね のぶお)
1942年(昭和17年)9月12日埼玉県生まれ。1968年多摩美術大学大学院油絵研究科修了、斎藤義重に師事。1960年代末から70年代に、日本美術界を席捲したアートムーブメント<もの派>の代表的作家として活動。1968年の第一回須磨離宮公園現代彫刻展受賞作「位相 大地」は戦後日本美術の記念碑的作品と評され、海外でも広く知られている。1970年ヴェニス・ビエンナーレの日本代表に選ばれ、渡欧。ステンレス柱の上に自然石を置いた「空相」はヴェニス・ビエンナーレの出品後にデンマーク・ルイジアナ美術館の永久所蔵作品(セキネ・コーナー)となる。建築と芸術が融合したイタリアの都市・建築空間に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった<環境美術>をテーマとした活動をするため帰国、1973年に(株)環境美術研究所を設立する。1975年現代版画センター企画による全国同時展「島州一・関根伸夫 クロスカントリー7,500km」を機に版画制作に本格的に取り組む。1978年にはルイジアナ美術館(コペンハーゲン)他、ヨーロッパ3国巡回個展を開催する。全国各地で数百に及ぶアートプロジェクトにアーティスト、アートディレクターとして参画。2000年光州ビエンナーレ、2002年釜山ビエンナーレのほか、2001年イギリス・テートモダンギャラリーにて開催の「世紀」展では1969- 1973年の東京を代表する作家として参加。2012年 「太陽へのレクイエム:もの派の美術」(Blum & Poe、ロサンゼルス)に参加し、アメリカでも脚光を浴びる。現在ロサンゼルスに在住。
*関根伸夫オーラル・ヒストリー

代表作「位相ー大地」は1968年、関根先生が弱冠26歳のときの作品です。
掘って積んだ土はまた埋め戻したので、作品は現存しません。撮影:村井修
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
関根伸夫
《風景の象嵌》
1982年
鉄、ステンレス
33.5×10×39.3cm
Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]

細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。
◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。

会期:2017年11月28日(火)~12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載し、予約受付を開始しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)
●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
「<発想>について」 第3回[1976年執筆の再録]
≪空間≫について考えたり、感じたりすることの表明が美術ではないか、と私は以前漠然と考えたことがある。その時以来私は、常に自分の仕事を≪空間≫に対する把えかたの問題と規定することにしている。もっとも、≪空間≫という言葉ほど曖昧で、広範囲な内容をしめす、しかも直感的な言葉もないであろう。私の場合≪空間≫とは、日常生活における対象であるところの、例えばコップやらペンといった物体や物質のことである。広義にするなら、コップやペンが包含される≪世界≫のことである。そしてコップやペンといった個物が特称を離れて、トータルティに到るあたりのことをさしている。つまり、このやっかいで曖昧模糊とした≪空間≫をどう認識し、どう把えるかという方法を、私なりに実験することが、私の美術なのだという結果になるのである。
例えば≪位相≫。空間に対する新たなる認識方法はないかとの過程のなかで行きあたったものに位相幾何学がある。現代科学や現代数学といったものは≪空間≫に対しては、いささか急進的ともいうべき認識法を開発している。アインシュタインの相対性理論を例引するまでもなく、月に到着したアポロ宇宙船の実例を思い合せば、その空間認識法の進歩はわれわれのはるかかなたにある。位相幾何学は興味あることには、集合に近傍と称する連続概念をもちこみ、伸び縮み自由な形相という認識を与えた。簡単にいうなら、コップという形体の表面が伸縮自在なゴム状のものと考え、他の形体、つまりサラや弁当箱になりうるのではないかと考える。人間という形体は幾つ穴のあいた肉ダンゴかなどと考える。また身につけたままの背広を袖をぬかずに如何にしたら裏がえしに着替えることができるかなどと実験したりするのである。もっとも、彼ら位相幾何学者は、真面目に≪空間≫について思考し、科学的な概念や理論を極めて厳細に整理する作業のなかで、幾何学を構築する。それに反して、私の場合は、卑俗にも≪位相≫の概念を日常的に把えかえすことにのみ興味をもつわけである。

1968年
須磨離宮の野外彫刻展にて
撮影:村井修
写真にしめした一九六八年の須磨離宮の野外彫刻展の「位相―大地」の作品をご覧下さい。この時のハプニング行為は、地面にスコップでもって穴をあけて、その出た土をその端に積み上げることから始まった。土を掘り積む。土を掘り積む。これを半永久的に繰り返すと幾時か地球はカラになる。それをさらに強引に続けたら地球は裏反り、反地球が現出するはずである。これを思考実験というが、この作品は少なからずこの思考実験を現実化させたものである。しかしながら、今はこの大地は平坦にもどり、この写真が残るのみである。≪空間≫を把えるとは、これは又、無償の行為ともいうべきものである。 ―続く
(せきね のぶお)
*「版画センターニュース」第14号より再録
現代版画センター機関誌・1976年5月1日発行
■関根伸夫(せきね のぶお)
1942年(昭和17年)9月12日埼玉県生まれ。1968年多摩美術大学大学院油絵研究科修了、斎藤義重に師事。1960年代末から70年代に、日本美術界を席捲したアートムーブメント<もの派>の代表的作家として活動。1968年の第一回須磨離宮公園現代彫刻展受賞作「位相 大地」は戦後日本美術の記念碑的作品と評され、海外でも広く知られている。1970年ヴェニス・ビエンナーレの日本代表に選ばれ、渡欧。ステンレス柱の上に自然石を置いた「空相」はヴェニス・ビエンナーレの出品後にデンマーク・ルイジアナ美術館の永久所蔵作品(セキネ・コーナー)となる。建築と芸術が融合したイタリアの都市・建築空間に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった<環境美術>をテーマとした活動をするため帰国、1973年に(株)環境美術研究所を設立する。1975年現代版画センター企画による全国同時展「島州一・関根伸夫 クロスカントリー7,500km」を機に版画制作に本格的に取り組む。1978年にはルイジアナ美術館(コペンハーゲン)他、ヨーロッパ3国巡回個展を開催する。全国各地で数百に及ぶアートプロジェクトにアーティスト、アートディレクターとして参画。2000年光州ビエンナーレ、2002年釜山ビエンナーレのほか、2001年イギリス・テートモダンギャラリーにて開催の「世紀」展では1969- 1973年の東京を代表する作家として参加。2012年 「太陽へのレクイエム:もの派の美術」(Blum & Poe、ロサンゼルス)に参加し、アメリカでも脚光を浴びる。現在ロサンゼルスに在住。
*関根伸夫オーラル・ヒストリー

代表作「位相ー大地」は1968年、関根先生が弱冠26歳のときの作品です。
掘って積んだ土はまた埋め戻したので、作品は現存しません。撮影:村井修
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。

《風景の象嵌》
1982年
鉄、ステンレス
33.5×10×39.3cm
Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]

細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。
◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。

会期:2017年11月28日(火)~12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載し、予約受付を開始しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)
●書籍のご案内

2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
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