<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第59回

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ひとつのシーンを横位置で撮るか、縦位置で撮るかは、大きな分かれ目だ。
三脚を立てるなら別だが、手持ちで撮るときには、充分に考えて縦横を選ぶより、直感的に判断することが多いように思う。ちょっと奇妙な感じのするこの写真も、おそらくそうやって撮られたものだろう。とっさにカメラを縦にしてシャッターを切ったのだ。
人の目玉は横についている。
だから、日常生活で物を見るときは、視線を上下させるよりも、横にスライドさせて見ているのであり、写真もまた横長に撮ることのほうが多いので、カメラ自体もそうしやすいように作られている。
横長の写真には空間の情報がたくさん写る。そこがどういう場所で、どういう状況下にあるか、どういう空気が流れているかを見るものに伝える。
一方、縦位置に切りとられた写真は、空気よりも写っている事柄を前面に押しだし、複数の要素を対置させるところがある。
撮らないかぎりは意識することのない物事の関係性が、縦位置写真には思いがけず立ち現れることがあるのだ。
と前置きしたところで、この写真の話に入っていきたい。
まず目がいくのは、壁にかかっている写真だろう。
最近、鬼籍にはいったロックスターの若き日の横顔が写っている。
縦位置写真である。顔写真は縦が多い。目鼻口などが縦に並んでいるからだ。
額の横には、柱や、ドアのパネルや、窓枠など、縦長の形のものがつらなっていて、フレームの上半分がそれらの要素で埋まっている。
では下半分はどうかというと、テーブルで占められている。
テーブルの上にはオープンリールの録音テープや映画フィルムらしきものが載っている。手前のものほど大きく写るレンズの原理により、円形の形状がより強調され、背後の長方形と対照をなしているのがおもしろい。
テーブルの背後にはサングラスの男がいる。
床にしゃがんでいるらしく、上半身の一部しかみ見えない。彼の顔の前にあるのはノートパソコンかと一瞬思ったが、時代が合わない。ほかのものがタイプライターにしろ、オープンリールのテープレコーダーにしろ、完全にアナログ時代の品々なのだから。
何かはわからないが、彼の前には平たいボックス状があるわけだ。そこに入っているものを探しているらしい。細かい文字で何か記してあるのか、目を近づける必要があって、しゃがんだのだろう。
そうやって探している最中に、何か気を引かれることが起きて、顔画面左に向けたのだ。それが何事なのかは写真からは想像がつかない。横位置だったら、あるいはヒントめいたものが少しは写ったかもしれないが、この写真にはそうした要素が皆無で、物語に入っていくルートは断ち切られてしまっている。
奇妙なのは、額に入った男も同じ方向をむいていることである。彼もまた同じことに気がついて顔をそちらにむけたのだろうか。同じことを不安がっているような表情をしている。
壁のクローズアップの男は威風堂々とした気品を感じさせるが、テーブルの下に屈みこんでる男は何かに脅えているようだ。次の瞬間には机の下に隠れたりしたかもしれない。子どもぽい、傷つきやすい人のような気がする。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●紹介作品データ:
金坂健二
《アンディ・ウォーホル》
1968年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm
■金坂健二 Kenji KANESAKA
映画作家、評論家、写真家。1934年東京都生まれ。1957年慶応義塾大学文学部英米文学科卒業。松竹映画国際部に社長(城戸四郎)付きの通訳として籍を置き、ハーバード大学の国際セミナーに参加するうちに米国のアングラ映画作家と知り合い、松竹を休職中にフルブライト基金を受けて渡米、ノースウェスタン大学に1年間留学。映画『アメリカ、アメリカ、アメリカ』を完成して学校を離れ、日本に帰国後、1966年に映画『ホップスコッチ』を完成。1964年、飯村隆彦、石崎浩一郎、大林宣彦、高林陽一、佐藤重臣、ドナルド・リチー、足立正生らと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成した。1999年、歿。
◆ときの忘れものは「WARHOL―underground america」を開催します。
会期=2017年12月12日[火]―12月28日[木] ※日・月・祝日休廊

1960年代を風靡したアングラという言葉は、「アンダーグラウンドシネマ」という映画の動向を指す言葉として使われ始めました。ハリウッドの商業映画とはまったく異なる映像美を目指したジョナス・メカスやアンディ・ウォーホルの映画をいちはやく日本に紹介したのが映画評論家の金坂健二でした。金坂は自身映像作家でもあり、また多くの写真作品も残しました。没後、忘れられつつある金坂ですが、彼の撮影したウォーホルのポートレートを展示するともに、著書や写真集で金坂の疾走した60~70年代を回顧します。
会期中毎日15時よりメカス映画「this side of paradise」を上映します
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60~70年代のアメリカを象徴する映像作品です。(予約不要、料金500円はメカスさんのNYフィルム・アーカイブスに送金します)。
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。


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ひとつのシーンを横位置で撮るか、縦位置で撮るかは、大きな分かれ目だ。
三脚を立てるなら別だが、手持ちで撮るときには、充分に考えて縦横を選ぶより、直感的に判断することが多いように思う。ちょっと奇妙な感じのするこの写真も、おそらくそうやって撮られたものだろう。とっさにカメラを縦にしてシャッターを切ったのだ。
人の目玉は横についている。
だから、日常生活で物を見るときは、視線を上下させるよりも、横にスライドさせて見ているのであり、写真もまた横長に撮ることのほうが多いので、カメラ自体もそうしやすいように作られている。
横長の写真には空間の情報がたくさん写る。そこがどういう場所で、どういう状況下にあるか、どういう空気が流れているかを見るものに伝える。
一方、縦位置に切りとられた写真は、空気よりも写っている事柄を前面に押しだし、複数の要素を対置させるところがある。
撮らないかぎりは意識することのない物事の関係性が、縦位置写真には思いがけず立ち現れることがあるのだ。
と前置きしたところで、この写真の話に入っていきたい。
まず目がいくのは、壁にかかっている写真だろう。
最近、鬼籍にはいったロックスターの若き日の横顔が写っている。
縦位置写真である。顔写真は縦が多い。目鼻口などが縦に並んでいるからだ。
額の横には、柱や、ドアのパネルや、窓枠など、縦長の形のものがつらなっていて、フレームの上半分がそれらの要素で埋まっている。
では下半分はどうかというと、テーブルで占められている。
テーブルの上にはオープンリールの録音テープや映画フィルムらしきものが載っている。手前のものほど大きく写るレンズの原理により、円形の形状がより強調され、背後の長方形と対照をなしているのがおもしろい。
テーブルの背後にはサングラスの男がいる。
床にしゃがんでいるらしく、上半身の一部しかみ見えない。彼の顔の前にあるのはノートパソコンかと一瞬思ったが、時代が合わない。ほかのものがタイプライターにしろ、オープンリールのテープレコーダーにしろ、完全にアナログ時代の品々なのだから。
何かはわからないが、彼の前には平たいボックス状があるわけだ。そこに入っているものを探しているらしい。細かい文字で何か記してあるのか、目を近づける必要があって、しゃがんだのだろう。
そうやって探している最中に、何か気を引かれることが起きて、顔画面左に向けたのだ。それが何事なのかは写真からは想像がつかない。横位置だったら、あるいはヒントめいたものが少しは写ったかもしれないが、この写真にはそうした要素が皆無で、物語に入っていくルートは断ち切られてしまっている。
奇妙なのは、額に入った男も同じ方向をむいていることである。彼もまた同じことに気がついて顔をそちらにむけたのだろうか。同じことを不安がっているような表情をしている。
壁のクローズアップの男は威風堂々とした気品を感じさせるが、テーブルの下に屈みこんでる男は何かに脅えているようだ。次の瞬間には机の下に隠れたりしたかもしれない。子どもぽい、傷つきやすい人のような気がする。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●紹介作品データ:
金坂健二
《アンディ・ウォーホル》
1968年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm
■金坂健二 Kenji KANESAKA
映画作家、評論家、写真家。1934年東京都生まれ。1957年慶応義塾大学文学部英米文学科卒業。松竹映画国際部に社長(城戸四郎)付きの通訳として籍を置き、ハーバード大学の国際セミナーに参加するうちに米国のアングラ映画作家と知り合い、松竹を休職中にフルブライト基金を受けて渡米、ノースウェスタン大学に1年間留学。映画『アメリカ、アメリカ、アメリカ』を完成して学校を離れ、日本に帰国後、1966年に映画『ホップスコッチ』を完成。1964年、飯村隆彦、石崎浩一郎、大林宣彦、高林陽一、佐藤重臣、ドナルド・リチー、足立正生らと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成した。1999年、歿。
◆ときの忘れものは「WARHOL―underground america」を開催します。
会期=2017年12月12日[火]―12月28日[木] ※日・月・祝日休廊

1960年代を風靡したアングラという言葉は、「アンダーグラウンドシネマ」という映画の動向を指す言葉として使われ始めました。ハリウッドの商業映画とはまったく異なる映像美を目指したジョナス・メカスやアンディ・ウォーホルの映画をいちはやく日本に紹介したのが映画評論家の金坂健二でした。金坂は自身映像作家でもあり、また多くの写真作品も残しました。没後、忘れられつつある金坂ですが、彼の撮影したウォーホルのポートレートを展示するともに、著書や写真集で金坂の疾走した60~70年代を回顧します。
会期中毎日15時よりメカス映画「this side of paradise」を上映します
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60~70年代のアメリカを象徴する映像作品です。(予約不要、料金500円はメカスさんのNYフィルム・アーカイブスに送金します)。
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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