清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第10回
瀧口修造へのアプローチの機運が高まっていたのか、国立国際美術館での「瀧口修造とその周辺」展に続いて1999年には世田谷文学館で「瀧口修造と武満徹」展が開催された。私は残念ながら見に行くことはできなかったが、その渇を癒してもらったのは土渕信彦さんから送っていただいた沢山の展示風景の写真だった。
「瀧口修造と武満徹」展チラシ
同上
展示風景
カタログもテーマごとに分類された資料が大変充実しており、初見のものも数多く収録され、瀧口と武満の関係は師弟というよりも、むしろ父子のような絆で結ばれていたことを知った。瀧口は「焼け跡の向こうから、その人はやって来たように思われた。音の乏しいときに、音を求めてあるく少年。そのシルエットのような最初の存在から、間もなく私は生れる作曲家という人の存在をはじめて身近に知った。私にとっては遅すぎたようだけれど。しかし時はただしく刻んでいた」(武満徹著「音、沈黙と測りあえるほどに」序文・新潮社刊1971年)と書き、世界的な作曲家となった武満は「瀧口修造の存在なくして、作曲家としての私はなかったろう。」と語るほどに瀧口の影響は大きかった。
同上カタログ
武満徹の音楽(日本ビクター1966年)表紙・瀧口修造
2001年には富山県立近代美術館で開館20周年記念企画として「瀧口修造の造形的実験」展が開催された。
「瀧口修造の造形的実験」展チラシ(富山)
同上
その後、渋谷区立松濤美術館に巡回し、瀧口の後半生の主要な活動となった「言葉によらない表現」の世界が取り上げられ、「瀧口修造が終生手放さず、夫人が守り続けた、もうひとつの瀧口修造コレクション」(カタログ解説より)が初めて公開された。私は東京で見たが、これほど多様な造形作品を前にして圧倒されてしまった。余技などと言える訳もなく、しかも画家の作品とも違う何か、敢えて言うならそこに無償の表現行為の美しい痕跡の数々を眼にしていたのである。
「瀧口修造の造形的実験」展チラシ(東京)
同上
同上カタログより
同上
カタログは、編集と解説にあたった富山県立近代美術館の杉野秀樹、渋谷区立松濤美術館の光田由里、それに年譜・展覧会歴・参考文献を作成した土渕信彦の三人による労作であり、純白の装丁も「もう一つの詩的実験」であることを示唆している。(なお、富山ではこれに連携して「瀧口修造―夢の漂流物―」展と「瀧口修造の眼―戦後の作家たち」展が開催された。)
カタログ表紙
ここで紹介しておきたいのは、銀行員を早期退職されてから慶応義塾大学大学院に入り美学・美術史学を専攻していた土渕さんが、修士論文として「瀧口修造の造形におけるシュルレアリスムの展開―オートマティスムから神話へ―」(2001年)を書いていたことである。その抜き刷りを読ませてもらったが、早くから瀧口の造形作品の重要性に着目していた土渕さんは、このなかで既存の瀧口論を比較検討し、近年のシュルレアリスム研究や構造主義との関連などを踏まえた上で「瀧口の造形の分野における実験的な試みを瀧口の多面的な仕事の中核と位置付け」(本稿より)その変遷を綿密にたどり、瀧口によるオートマティスムの実践が言葉から造形へ、さらには「オブジェの店」へと発展し、それがブルトンによる「新しい神話」の概念と呼応していると論じ、シュルレアリストとしての瀧口修造像を提示している。瀧口研究において重要な論考であると思うので、公表されていないだけにその概要だけでも知ってほしいと思った次第である。
土渕さんの修士論文
2003年には瀧口修造生誕100年を記念した催しや企画が行われ、横須賀市のカスヤの森現代美術館では「コラボレーションの磁場―デュシャン、マン・レイをめぐって―」(共同企画:土渕信彦)と題して瀧口が関わった詩画集やマルチプルなどの展示があり、多摩美術大学上野毛キャンパス図書館では「瀧口修造の蔵書」展もあった。また、富山県立近代美術館から「写真家・大辻清司 フレームの中の瀧口修造、斎藤義重」という珍しい写真を収めた小冊子が刊行されている。「現代詩手帖」誌も生誕百年記念の特集を組んでいたが、従来の瀧口特集を踏襲したような内容で物足りない印象は拭えなかった。
「コラボレーションの磁場」展チラシ
同上カタログ
「瀧口修造の蔵書」展案内状
「写真家・大辻清司」小冊子
「現代詩手帖」2003年11月号
そして、名古屋市美術館では土渕コレクションによる「瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展が開催され、11月30日の巖谷國士さんの講演に合わせて名古屋へ向かった。美術館の控室で俳人にして美術評論家の馬場駿吉さん、当館学芸員の山田諭さんに初めてお会いし、そこには石原輝雄さんや光田由里さんも同席されていた。質量ともに屈指の個人コレクションで、単に集められたものではなく技法に沿って系統的に選ばれた瀧口の造形作品67点と自筆原稿3点による見応えのある展示だった。
「瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展チラシ
同上
巖谷さんにお目にかかり講演を聴くのもこれが最初だった。瀧口は職業として書くことの困難に直面し、そこから脱出するためにデカルコマニーの制作に没頭し、生涯書くこと描くことの根源を問い続けた人であると話された。周知のとおり巖谷さんは、わが国におけるシュルレアリスム及びアンドレ・ブルトン研究の第一人者として晩年の瀧口が厚い信頼を寄せていた一人であり、最後のリバティ・パスポートと歿後に「シュルレアリスムと絵画」の改訳を託された方でもある。「瀧口修造に捧ぐ」と献辞のある著書「シュルレアリスムと芸術」(1976年河出書房新社刊)の最後に「瀧口修造論への序」が収録されているが、これほど見事に瀧口とシュルレアリスムの関連を解き明かした文章を他に知らない。その末尾に〈未完〉と記されたのは、どのような意図が込められていたのだろうか?その後、折に触れて発表された瀧口に関する文章は「封印された星」(2004年平凡社刊)に纏められたが、この中で「さしあたり『瀧口修造のために』と題するべき書物」だと書かれている。講演が終わったその晩に巖谷さんとご一緒に名古屋名物の味噌煮込みうどんを食べに行ったことも懐かしい思い出となった。
巖谷國士著「シュルレアリスムと芸術」「封印された星」
名古屋市・山本屋本店前にて
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造
《III-19》
"III-19"
デカルコマニー
※『瀧口修造の造形的実験』(2001年)No.205と対
Image size: 14.0x10.5cm
Sheet size: 25.1x17.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆埼玉県立近代美術館で2018年1月16日~3月25日「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。

◆ときの忘れものには小さな庭があります。彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示していますので、どうぞご覧ください。
●書籍のご案内

『版画掌誌第5号』
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別)
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。
『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。
国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」は、大盛況のうちに終了しました。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
瀧口修造へのアプローチの機運が高まっていたのか、国立国際美術館での「瀧口修造とその周辺」展に続いて1999年には世田谷文学館で「瀧口修造と武満徹」展が開催された。私は残念ながら見に行くことはできなかったが、その渇を癒してもらったのは土渕信彦さんから送っていただいた沢山の展示風景の写真だった。



カタログもテーマごとに分類された資料が大変充実しており、初見のものも数多く収録され、瀧口と武満の関係は師弟というよりも、むしろ父子のような絆で結ばれていたことを知った。瀧口は「焼け跡の向こうから、その人はやって来たように思われた。音の乏しいときに、音を求めてあるく少年。そのシルエットのような最初の存在から、間もなく私は生れる作曲家という人の存在をはじめて身近に知った。私にとっては遅すぎたようだけれど。しかし時はただしく刻んでいた」(武満徹著「音、沈黙と測りあえるほどに」序文・新潮社刊1971年)と書き、世界的な作曲家となった武満は「瀧口修造の存在なくして、作曲家としての私はなかったろう。」と語るほどに瀧口の影響は大きかった。


2001年には富山県立近代美術館で開館20周年記念企画として「瀧口修造の造形的実験」展が開催された。


その後、渋谷区立松濤美術館に巡回し、瀧口の後半生の主要な活動となった「言葉によらない表現」の世界が取り上げられ、「瀧口修造が終生手放さず、夫人が守り続けた、もうひとつの瀧口修造コレクション」(カタログ解説より)が初めて公開された。私は東京で見たが、これほど多様な造形作品を前にして圧倒されてしまった。余技などと言える訳もなく、しかも画家の作品とも違う何か、敢えて言うならそこに無償の表現行為の美しい痕跡の数々を眼にしていたのである。




カタログは、編集と解説にあたった富山県立近代美術館の杉野秀樹、渋谷区立松濤美術館の光田由里、それに年譜・展覧会歴・参考文献を作成した土渕信彦の三人による労作であり、純白の装丁も「もう一つの詩的実験」であることを示唆している。(なお、富山ではこれに連携して「瀧口修造―夢の漂流物―」展と「瀧口修造の眼―戦後の作家たち」展が開催された。)

ここで紹介しておきたいのは、銀行員を早期退職されてから慶応義塾大学大学院に入り美学・美術史学を専攻していた土渕さんが、修士論文として「瀧口修造の造形におけるシュルレアリスムの展開―オートマティスムから神話へ―」(2001年)を書いていたことである。その抜き刷りを読ませてもらったが、早くから瀧口の造形作品の重要性に着目していた土渕さんは、このなかで既存の瀧口論を比較検討し、近年のシュルレアリスム研究や構造主義との関連などを踏まえた上で「瀧口の造形の分野における実験的な試みを瀧口の多面的な仕事の中核と位置付け」(本稿より)その変遷を綿密にたどり、瀧口によるオートマティスムの実践が言葉から造形へ、さらには「オブジェの店」へと発展し、それがブルトンによる「新しい神話」の概念と呼応していると論じ、シュルレアリストとしての瀧口修造像を提示している。瀧口研究において重要な論考であると思うので、公表されていないだけにその概要だけでも知ってほしいと思った次第である。

2003年には瀧口修造生誕100年を記念した催しや企画が行われ、横須賀市のカスヤの森現代美術館では「コラボレーションの磁場―デュシャン、マン・レイをめぐって―」(共同企画:土渕信彦)と題して瀧口が関わった詩画集やマルチプルなどの展示があり、多摩美術大学上野毛キャンパス図書館では「瀧口修造の蔵書」展もあった。また、富山県立近代美術館から「写真家・大辻清司 フレームの中の瀧口修造、斎藤義重」という珍しい写真を収めた小冊子が刊行されている。「現代詩手帖」誌も生誕百年記念の特集を組んでいたが、従来の瀧口特集を踏襲したような内容で物足りない印象は拭えなかった。





そして、名古屋市美術館では土渕コレクションによる「瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展が開催され、11月30日の巖谷國士さんの講演に合わせて名古屋へ向かった。美術館の控室で俳人にして美術評論家の馬場駿吉さん、当館学芸員の山田諭さんに初めてお会いし、そこには石原輝雄さんや光田由里さんも同席されていた。質量ともに屈指の個人コレクションで、単に集められたものではなく技法に沿って系統的に選ばれた瀧口の造形作品67点と自筆原稿3点による見応えのある展示だった。


巖谷さんにお目にかかり講演を聴くのもこれが最初だった。瀧口は職業として書くことの困難に直面し、そこから脱出するためにデカルコマニーの制作に没頭し、生涯書くこと描くことの根源を問い続けた人であると話された。周知のとおり巖谷さんは、わが国におけるシュルレアリスム及びアンドレ・ブルトン研究の第一人者として晩年の瀧口が厚い信頼を寄せていた一人であり、最後のリバティ・パスポートと歿後に「シュルレアリスムと絵画」の改訳を託された方でもある。「瀧口修造に捧ぐ」と献辞のある著書「シュルレアリスムと芸術」(1976年河出書房新社刊)の最後に「瀧口修造論への序」が収録されているが、これほど見事に瀧口とシュルレアリスムの関連を解き明かした文章を他に知らない。その末尾に〈未完〉と記されたのは、どのような意図が込められていたのだろうか?その後、折に触れて発表された瀧口に関する文章は「封印された星」(2004年平凡社刊)に纏められたが、この中で「さしあたり『瀧口修造のために』と題するべき書物」だと書かれている。講演が終わったその晩に巖谷さんとご一緒に名古屋名物の味噌煮込みうどんを食べに行ったことも懐かしい思い出となった。


(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。

《III-19》
"III-19"
デカルコマニー
※『瀧口修造の造形的実験』(2001年)No.205と対
Image size: 14.0x10.5cm
Sheet size: 25.1x17.5cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆埼玉県立近代美術館で2018年1月16日~3月25日「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。

◆ときの忘れものには小さな庭があります。彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示していますので、どうぞご覧ください。
●書籍のご案内

『版画掌誌第5号』
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別)
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)

2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。

2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。
国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」は、大盛況のうちに終了しました。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
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