小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第22回
「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(板橋区立美術館)
今回紹介するのは、「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(板橋区立美術館(会期2017 年11 月25 日~2018 年1 月8 日(年末年始の休館期間12/29~1/3)愛知県の刈谷市美術館に巡回予定2018 年4 月21 日~6 月3 日)です。この展覧会は、インドのチェンナイを拠点に活動する出版社タラブックス(Tara Books)の出版物と絵本の原画、本の制作過程を紹介するものです。
ギータ・ウォルフとV.ギータという二人の女性が1994 年に設立したタラブックスの存在は、2008 年のボローニャ・ブックファアで絶賛され、ラガッツィ賞を受賞した絵本『The Night Life of Trees』(2006)を通して世界的に広く知られることになりました。この絵本は、中央インド出身のゴンド民族の芸術家が描いた木をめぐる神話的な世界と物語を一枚一枚の紙にシルクスクリーンで印刷をして、手作業で製本されています。(世界で8 カ国語に翻訳され、日本では、『夜の木』として2012 年にタムラ堂から刊行され、2017 年現在にいたるまで6 版と版を重ねています。)
(図1)
カタログ表紙
(図2)
カタログ見開き『むらさきいろになったすずめ』(1998)
(図3)
カタログ見開き『世界の始まり』(2014)
展覧会に併せて刊行されたカタログhttp://amzn.asia/ePHWi5M (図1)には、本の解説や年譜、絵本の原画の図版、タラブックスの工房やチェンナイの情景や人々の生活をとらえた写真、ギータ・ウォルフとV.ギータへのインタビューなどが収録されています。本の解説のページでは、本の表紙や見開きをそのまま複写した写真ではなく、本を手に取りページを捲る人の手と共にさまざまな捉えた写真が用いられていて、本の大きさや紙の風合い、印刷や製本の特徴、実際に手に取った感触や立体感が伝わるように工夫が凝らされています。
(図4)
本の閲覧コーナー
(図5)
絵巻物のような絵本を天井から吊るした展示
(図6)
『夜の木』の原画と、各国語版の表紙の展示、及びインド中部のゴ ンド族の村パタンガルの風景を撮影した写真パネルの組み合わせ
展覧会では、毎年板橋区立美術館で開催されるボローニャ国際絵本原画展の時と同様に、展示されている原画から制作された絵本や、関連書籍を手に取って閲覧できるコーナーが設けられています(図4)。また、絵巻物や布製の本など、それぞれの本の特徴や素材、ものとしての本の魅力を体感できるような展示方法(図5)が用いられています。タラブックスの存在を広く世に知らしめた『夜の木』の原画と各国語版の表紙を展示したスペースでは、インド中部のゴ ンド族の村パタンガルの風景を撮影した写真のパネルが組み合わせられ、絵本の中に描かれた神話的な世界とそれらを育んでいった地域の光景や人々の姿が響き合っています。(図6)
会場には本の制作過程や、ギータ・ウォルフとV.ギータへのインタビュー映像を上映するモニターが設置されています。また、インタビューでの彼女たちの発言(カタログにも収録)の一部が絵本の図とともに抜粋として紹介されていて、タラブックスの掲げている目標や、社会に向けられたメッセージがそれぞれの作品と結びついて読み取られるように会場の随所に配置されています。
(図7)
「明確な価値観を持った本をつくりたいのです」
(図8)
「どうして私たちが読むのは外国の本ばかりなのかしら」
この展覧会の意図は、絵本やその原画を作品として紹介することのみならず、本というものを作り出す仕組みや、世の中に流通させることで、人々の意識に働きかけ「世界を変える」ための活動を地道に続ける姿勢を立体的に伝えることにあると言えるでしょう。インターネットやSNS 全盛の時代にあって、本というものを作ることやコミュニケーションのあり方を考え直す視点を与える志の高い展覧会だと感じました。年末年始の休館期間を挟み、板橋区立美術館での会期は残り短いですが、是非足お運び下さい。
(こばやし みか)
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
●昨日は敬愛するジョナス・メカスさんのお誕生日でしたが、今日12月25日はスペインのというよりはカタルーニャを代表する画家ジョアン・ミロの命日です(1893年4月20日 - 1983年12月25日)。
本日のお勧め作品はミロのオリジナル木版入カタログ「Joan Miro. Bois graves pour un poeme de PAUL ELUAR」です。
表紙(オリジナル木版)
1958年 ベルグラン画廊
(ハインツ・ベルクグリューン)
木版画32頁 21.7x11.2cm
*ベルグラン画廊の第25回企画展のカタログとして、1958年にフランスで発行。
ジョアン・ミロによるポール・エリュアールの詩"A toute epreuve"にささげた木版画が各ページを彩る豪華なカタログ。
ベルグラン(ハインツ・ベルクグリューン)のことはこのブログで幾度かご紹介しました。2014年3月2日のブログをお読みください。

各ページにすべて色彩木版
右ページの黒丸はコラージュ

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆埼玉県立近代美術館で2018年1月16日~3月25日「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。

●書籍のご案内

『版画掌誌第5号』
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別)
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。
『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。
国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」は、大盛況のうちに終了しました。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(板橋区立美術館)
今回紹介するのは、「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(板橋区立美術館(会期2017 年11 月25 日~2018 年1 月8 日(年末年始の休館期間12/29~1/3)愛知県の刈谷市美術館に巡回予定2018 年4 月21 日~6 月3 日)です。この展覧会は、インドのチェンナイを拠点に活動する出版社タラブックス(Tara Books)の出版物と絵本の原画、本の制作過程を紹介するものです。
ギータ・ウォルフとV.ギータという二人の女性が1994 年に設立したタラブックスの存在は、2008 年のボローニャ・ブックファアで絶賛され、ラガッツィ賞を受賞した絵本『The Night Life of Trees』(2006)を通して世界的に広く知られることになりました。この絵本は、中央インド出身のゴンド民族の芸術家が描いた木をめぐる神話的な世界と物語を一枚一枚の紙にシルクスクリーンで印刷をして、手作業で製本されています。(世界で8 カ国語に翻訳され、日本では、『夜の木』として2012 年にタムラ堂から刊行され、2017 年現在にいたるまで6 版と版を重ねています。)

カタログ表紙

カタログ見開き『むらさきいろになったすずめ』(1998)

カタログ見開き『世界の始まり』(2014)
展覧会に併せて刊行されたカタログhttp://amzn.asia/ePHWi5M (図1)には、本の解説や年譜、絵本の原画の図版、タラブックスの工房やチェンナイの情景や人々の生活をとらえた写真、ギータ・ウォルフとV.ギータへのインタビューなどが収録されています。本の解説のページでは、本の表紙や見開きをそのまま複写した写真ではなく、本を手に取りページを捲る人の手と共にさまざまな捉えた写真が用いられていて、本の大きさや紙の風合い、印刷や製本の特徴、実際に手に取った感触や立体感が伝わるように工夫が凝らされています。

本の閲覧コーナー

絵巻物のような絵本を天井から吊るした展示

『夜の木』の原画と、各国語版の表紙の展示、及びインド中部のゴ ンド族の村パタンガルの風景を撮影した写真パネルの組み合わせ
展覧会では、毎年板橋区立美術館で開催されるボローニャ国際絵本原画展の時と同様に、展示されている原画から制作された絵本や、関連書籍を手に取って閲覧できるコーナーが設けられています(図4)。また、絵巻物や布製の本など、それぞれの本の特徴や素材、ものとしての本の魅力を体感できるような展示方法(図5)が用いられています。タラブックスの存在を広く世に知らしめた『夜の木』の原画と各国語版の表紙を展示したスペースでは、インド中部のゴ ンド族の村パタンガルの風景を撮影した写真のパネルが組み合わせられ、絵本の中に描かれた神話的な世界とそれらを育んでいった地域の光景や人々の姿が響き合っています。(図6)
会場には本の制作過程や、ギータ・ウォルフとV.ギータへのインタビュー映像を上映するモニターが設置されています。また、インタビューでの彼女たちの発言(カタログにも収録)の一部が絵本の図とともに抜粋として紹介されていて、タラブックスの掲げている目標や、社会に向けられたメッセージがそれぞれの作品と結びついて読み取られるように会場の随所に配置されています。

「明確な価値観を持った本をつくりたいのです」

「どうして私たちが読むのは外国の本ばかりなのかしら」
この展覧会の意図は、絵本やその原画を作品として紹介することのみならず、本というものを作り出す仕組みや、世の中に流通させることで、人々の意識に働きかけ「世界を変える」ための活動を地道に続ける姿勢を立体的に伝えることにあると言えるでしょう。インターネットやSNS 全盛の時代にあって、本というものを作ることやコミュニケーションのあり方を考え直す視点を与える志の高い展覧会だと感じました。年末年始の休館期間を挟み、板橋区立美術館での会期は残り短いですが、是非足お運び下さい。
(こばやし みか)
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
●昨日は敬愛するジョナス・メカスさんのお誕生日でしたが、今日12月25日はスペインのというよりはカタルーニャを代表する画家ジョアン・ミロの命日です(1893年4月20日 - 1983年12月25日)。
本日のお勧め作品はミロのオリジナル木版入カタログ「Joan Miro. Bois graves pour un poeme de PAUL ELUAR」です。

1958年 ベルグラン画廊
(ハインツ・ベルクグリューン)
木版画32頁 21.7x11.2cm
*ベルグラン画廊の第25回企画展のカタログとして、1958年にフランスで発行。
ジョアン・ミロによるポール・エリュアールの詩"A toute epreuve"にささげた木版画が各ページを彩る豪華なカタログ。
ベルグラン(ハインツ・ベルクグリューン)のことはこのブログで幾度かご紹介しました。2014年3月2日のブログをお読みください。


右ページの黒丸はコラージュ

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆埼玉県立近代美術館で2018年1月16日~3月25日「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。

●書籍のご案内

『版画掌誌第5号』
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別)
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)

2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。

2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。
国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」は、大盛況のうちに終了しました。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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