<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第60回

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文章とちがって、写真は一瞬である。
目にしたとたんに、その写真を見つづけるかどうかが決まってしまう。
それはことばの判断を差し挟む間もないほど瞬発的な身体的反応である。

おもしろくないと思った写真が、あとになって何事かを語りかけてくる場合もあるから、はじめの印象がすべての価値を定めるわけではないが、初見のときに何かひっかかるものがある写真は、うちに秘密を隠しもっているとみてまちがいない。

人が去り、家具が運びだされ、不要なものが残された室内に、強力な力が働いた。壁に造り付けられていた棚は跡だけを残して消え去り、そこに入っていた食器類は床に投げされた。

まず手前にある皿が目に飛び込んできた。
大皿がとりわけ気になったのは、裏返って底を見せているからだろうか。降参!という叫びが聞こえてきそうだ。

奥のコーナーに目を移すと、トイレの便器が静かに白い肌を晒している。跳び箱に似た台座の上に、アボガドをまっぷたつに割ってくり抜いた形の便器が載っている。

これらの皿と便器は自らの意志でこのように散乱したのではなく、外からの力によって、偶然にもこのような姿をさらすはめになったのだが、じっと見ているうちに、これまで思ってもみなかった感想がわいてきた。どちらも陶器だな、と。食器をつくる素材が、便器をもつくる。おなじ器でありながら、盛られるものがちがうなと。

日常生活では食器と便器を同時に目にすることはない。トイレとキッチンが隣り合っていても、壁で仕切られ、便器の半径2,3メートルのところに食器があるとはよもや思わないのである。ふたつの関係は巧妙に隠される運命にあるmpだ。

だが、人が住まなくなったいま、そのことを隠す必要はどこにもなくなった。秘密は暴かれたのだった。

食器と便器が同時に写っている奇妙な光景には、人の営みの残滓のようなものが感じられる。
食べて、出して、また食べるという,生命を維持するのに欠くことのできない行いが、無人の空間に染みわたっている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■石内都 Ishiuchi Miyako
1947年群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。 1979年に「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。 2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、近年は国内外の美術館やギャラリーで個展を多数開催。2013年に紫綬褒章、2014年に「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。2015年、J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)の個展「Postwar Shadows」では「ひろしま」がアメリカの美術館で初公開され、大きな反響を呼んだ。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、石内都さんの写真集『yokohama互楽荘』に収録されています。
cover石内都写真集『yokohama互楽荘』
2017年10月31日
蒼穹舎 刊行  限定550部
A4変型  上製本
モノクロ  ページ数:76
作品点数:63点
編集:大田通貴
装幀:原耕一

かつて横浜にあった集合住宅地・互楽荘。1932年に東京の商人が娘のために建てたが、太平洋戦争後、アメリカ軍兵士のための 赤線第一号の建物となった。「その事実を知ったことで同潤会アパートとはどこか違う影の濃さをはじめに感じたことが納得できた」 (あとがきより)。初期の代表作『APARTMENT』(1978年)と対をなす、もうひとつの「アパートメント」と言えるこの作品集を見ることで、建物が持つひとつの歴史が浮かび上がってくる。(蒼穹舎HPより転載)

●展覧会のご紹介
「石内 都 肌理と写真」
会期:2017年12月9日[土]~2018年3月4日[日]
会場:横浜美術館
時間:10:00~18:00
   *2018年3月1日(木)は16:00まで 
   *2018年3月3日(土)は20:30まで
   (入館は閉館の30分前まで)
休館:木曜日、2017年12月28日(木)~2018年1月4日(木)

石内都(1947年生まれ)は、2014年にアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりです。
多摩美術大学で織りを学んだ石内は、1975年より独学で写真を撮り始め、思春期を過ごした街・横須賀や、日本各地の旧赤線跡地などを撮影した粒子の粗いモノクローム写真で一躍注目を集めました。近年は、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」やメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品を撮影したシリーズで、その活動は広く知られています。
2017年は、石内が個展「絶唱、横須賀ストーリー」で実質的なデビューを果たしてから40年を迎える年にあたります。本展は、この節目の年に、石内自らが「肌理(きめ)」というキーワードを掲げ、初期から未発表作にいたる約240点を展示構成するものです。
住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を紹介します。(横浜美術館HPより転載)

●本日のお勧め作品は、瑛九です。
qei_violin
瑛九《バイオリン》
フォトデッサン
26.6x21.1cm
都夫人のサインあり(裏面)
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◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。