昨年12月末に飛んで来るはずだった大鴉、寒いから、という単純な理由で来てくれませんでした。残された我々、心機一転、桜の季節に花鳥風月を愛で、それらの間に交わされる「愛」を垣間見たいと思います。ときに可憐、ときに残酷な愛の姿は、たとえそれが死に至ろうとも「いのち」そのものを告げ知らせるのです。
誰に知られるでもなく、ひっそりと野に咲いていた菫の憧れたのは羊飼いの少女。ああ、15分でいいから彼女の胸に・・と願う菫でしたが、陽気な娘は歌い乍ら野を駆け巡り飛び跳ねる。菫のことなど眼中になく、ああ、すでに菫は彼女の足の下。苦しい息をつきながら菫は言います。「ああ、死ぬ。でも嬉しい!彼女の足の下で死ねるなんて!」詩人ゲーテはここで筆を置きました。音楽を書いたモーツアルトはあまりに哀れ、と言って「なんと可哀想な菫! 心優しい菫!」との一節を書き加え、心からのコーダとしたのでした。
次は蓮と月の恋のお話です。昼間は元気の無い蓮の花も月が昇り出すとそっと身を震わせて花弁を広げます。昼間は湖水に顔を埋め、陽の光を避け乍ら、じっと月の昇るのを待つ蓮。ゆっくりと姿を現した恋人の月に向かって、蓮は静かにヴェールをはずします。花開いた蓮、しかし彼女は水の中、震え泣くばかり。愛、そして愛の悲しみに・・・こんなにも美しく、こんなにも悲しい話があるでしょうか。シューマンは蓮が花びらをひとひらずつ広げる様子を繊細な和音の変化に託し、高く照り輝く月との距離感も抜群、何度聴いても、何度歌っても退屈した記憶がありません。
白鳥はいまわの時にひと声啼く、と古くはギリシャの哲人が語ったということで、ヨーロッパの芸術は白鳥にまつわるイメージを遺作と結び付けてきました。イプセンの詩、グリーク作曲のこの歌は、死を前に声を挙げた一羽の白鳥の姿を描写し、いよいよ啼くというその瞬間に向かうまでの時の推移、その緊張感を見事に伝える佳品です。しかしこの歌は、白鳥の死を伝えるのはなく、短い歌に凝縮された白鳥の生命そのものを感じさせます。ソクラテスは、白鳥はいよいよアポロンの胸もとに飛び立てることを喜んで啼くのだ、と語ったとか。
続くはいよいよ人間、それも女性のお話、シャミッソー詩、シューマン作曲《女の愛といのち》です。少女が恋をし、婚約、結婚、夢うつつ、と、赤ん坊が胸に。そして・・・最愛の夫が逝きます。あまりにも絵に描いたような物語なので、フェニミズムの嵐をくぐり抜け、いまだに名作として歌い継がれ、なんと、かの名バリトン、フィッシャー・ディースカウの録音まで残されています。額縁に入れて飾っておきたいような全8曲ですが、この作品を歌う年齢に不足のない今、敢えて現し世に解き放ってみたいと思います。
そして、しんみりとお愉しみいただきたいスクエアピアノのソロ、ショパンの白鳥の歌、ノクターン 遺作 です。あの吹き抜け、コンクリト打ち放しのギャラリーに初登場のスクエアピアノ、武久源造のショパンも珍しいかと・・・ご期待下さい。
最後の3曲は山川彌千枝 『薔薇は生きてる』と金子みすゞ『童謡集』からの詩による武久源造の創作歌曲です。
『薔薇は生きてる』は私が国民学校1年生だった頃に母から手渡された本で、オールドローズ色の表紙がついていました。母が「弓子と同じくらいの歳の子の書いた文よ」と言ったので直ぐに読み出し、彌千枝の一言ひとことに頷く毎日でした。今どのページを開いても当時の驚きと喜びが甦ってきます。
山川彌千枝は1917年東京の中野に生まれ類い稀な才能に恵まれた少女でしたが、1933年肺結核で16歳の生涯を終えました。『薔薇は生きてる』は、彼女が8歳から書き出した詩、短歌、作文、日記などが集められたもので今も出版が続いています。
1993年、リサイタル開催にあたって、武久さんに作曲をお願いし、『薔薇は生きてる』から幾つかの曲が生まれました。その後も折りにふれて歌ってきた曲ですが、今回の〜愛といのち〜には欠かせない曲であると思い、その中から2曲を歌います。
「バラの花よお前の奇麗さ私は言えない」
「風の中の桜」
金子みすゞは彌千枝より14歳年上で1903年山口県の仙崎村で生まれました。結婚生活に破れ26歳で自死しています。不幸な日々を詩作によってくぐり抜け、1984年に出版された遺稿集は瞬く間に多くの人々の心を捉えました。彼女の詩による歌曲も次々に作曲され、今回はその中から武久源造作曲『薔薇の根』を歌います。
以上、紙の上では花鳥風月が出揃いました。実際の音は4月3日午後6時からという段取りです。駒込は六義園のお花見のあと、ギャラリー「ときの忘れもの」へお越しいただくのも一興かと。お目に掛かれれば嬉しく存じます。
[淡野弓子 記]
●ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち
日時:2018年4月3日(火)18:00~
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
スクエアピアノ/武久源造
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
[歌とピアノ]
Das Veilchen(Goethe) W.A.Mozart モーツアルト すみれ
Die Lotosblume(Heine) R.Schumann シューマン 蓮の花
Ein Schwan(Ibsen) E.Grieg グリーク 白鳥
《Frauen-Liebe und -Leben》(Chamisso)
《女の愛といのち》シューマン
1. Seit ich ihn gesehen かの人を見し日より
2. Er der Herrlichste von allen 誰よりも素晴らしい彼
3. Ich kann’s nicht fassen, nicht glauben 私には分からない、信じられない
4. Du Ring an meinem Finger わが指の指輪よ
5. Helft mir, ihr Schwestern 手伝って、姉妹たち
6. Süßer Freund, du blickest 優しき恋人よ、私を見詰め
7. An meinem Herzen, an meiner Brust 私の心に、胸に
8. Nun hast du mir den ersten Schmerz getan 今貴方は最初の苦しみを
[ピアノ・ソロ]
Nocturne cis-Moll Op.Posth. F.Chopin
ノクターン 嬰ハ短調 遺作 ショパン
[歌とピアノ]
山川彌千枝、金子みすず の詩による三つのうた 武久源造 作曲
バラの花よお前の奇麗さ私は言えない(山川彌千枝『薔薇は生きてる』)
薔薇の根(金子みすず『童謡集』)
風の中の桜(山川彌千枝『薔薇は生きてる』)
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■淡野 弓子 Yumiko Tanno [メゾ・ソプラノ]
東京藝術大学声楽科卒業。旧西ドイツ・ヴェストファーレン州立ヘルフォルト教会音楽大学に留学し、特に声楽、合唱指揮を集中的に学ぶ。1968年東京に「ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京」を設立、以来2008年まで40年に亘り指揮者としてシュッツ音楽を始めとするルネサンス、バロックから現代に至る数多くの合唱作品の演奏に携わる。1989年に『シュッツ全作品連続演奏』を開始し2001年に全496曲の演奏を終了。歌い手としては、シュッツ、バッハより現代に至る宗教曲、ドイツ・リート、シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》を始めとする現代作品の演奏、新作初演など。
1991年~2004年、アグネス・ギーベルの薫陶を受けつつ内外のコンサートで共演。2010年より米国にてエリザベス・マニヨンに師事。メゾ・ソプラノ淡野弓子、ピアノ小林道夫による「歌曲の夕べ」を2013年2月および2015年10月(共演:杉山光太郎・ヴィオラ)を開催。2015年5月には井桁裕子制作の操り人形「ユトロ」との共演により『狂童女の戀』(人形操演:黒谷都/朗読:坂本長利/ピアノ:武久源造)を制作・演奏。著書:『バッハの秘密』平凡社新書。CD:<ハインリヒ・シュッツの音楽> I~IV [SDG/MP]、メンデルスゾーン<パウロ>[ALCD]ほか。

■武久 源造 Genzoh Takehisa [スクエア・ピアノ]
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1~9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998~2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。

■大野 幸(建築家) Ko OONO, Architect
本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。
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●臨時ニュース
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)をぜひご覧になってください。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにもご注目ください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログは、ときの忘れもので扱っています。。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月2日 (金)、3日(土)、4日(日)各 13:00~16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00~15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00~16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
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○<今回、「現代版画センターの軌跡」展示を見せていただき、「ときの忘れもの」を知った頃から身近に感じていた版画センターエディション作品が、歴史の領域へと入りつつあるのかな、そんな印象を受けました。
これまでセンターの内容について知る機会は無かったのですが、その活動の一端が生き生きと目の前で再現されたような展覧会でした。
最初のエディション作品である靉嘔 (何と限定11,111部)、その価格と限定数の多さが不思議で、現代美術の普及のため? に版画をたくさん刷るという発想が斬新というか、冗談が過ぎているというか、それを実現してしまう活動の信念のようなものを感じました。
高度に完成された大型版画の多くが刷り師と版元の力なくしては生み出されなかった作品であり、当時の会報誌からはまたそれを受け取る側の存在、活動を支えたコレクターの現代美術への熱い思いを
知ることができました。
出品作はどれも紙の質感、インクの色彩すべてが昨日作られたかのように新鮮で、3、40年の歳月が過ぎているとは感じられず、個々の作品の持つエネルギーからは作家が高い創作意欲を持って制作したことが想像されました。作家からそれらの力をひきだした版画センターの活動が途中で終わってしまったことが残念ですが、この展覧会をきっかけに、多くの方が当時のアートシーンを肌で感じ、活動に関わった方々の言葉を知ることができるのは素晴らしいことだと思います。次世代へ伝えられるべき物語だと感じました。
最近は版画を気軽にコレクションする方は減ってきているような印象を受けるのですが、愛好家を増やす努力、活動もしていかなければならないのかもしれませんね。
カタログも購入させて頂きました、デザインも素敵ですね。
またお目にかかるのを楽しみに致しております。
(20170218/永井桃子さんからのメールより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87~95ページにかけて特集しています。
○月刊誌『建築ジャーナル』2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.191 加山又造「レースをまとう人魚」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
加山又造
<現代と声>より《レースをまとう人魚》
1977年
リトグラフ(刷り:フジ美術版画工房)
Image size: 36.0×54.2cm
Sheet size: 50.4×65.7cm
Ed.150
サインあり

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
誰に知られるでもなく、ひっそりと野に咲いていた菫の憧れたのは羊飼いの少女。ああ、15分でいいから彼女の胸に・・と願う菫でしたが、陽気な娘は歌い乍ら野を駆け巡り飛び跳ねる。菫のことなど眼中になく、ああ、すでに菫は彼女の足の下。苦しい息をつきながら菫は言います。「ああ、死ぬ。でも嬉しい!彼女の足の下で死ねるなんて!」詩人ゲーテはここで筆を置きました。音楽を書いたモーツアルトはあまりに哀れ、と言って「なんと可哀想な菫! 心優しい菫!」との一節を書き加え、心からのコーダとしたのでした。
次は蓮と月の恋のお話です。昼間は元気の無い蓮の花も月が昇り出すとそっと身を震わせて花弁を広げます。昼間は湖水に顔を埋め、陽の光を避け乍ら、じっと月の昇るのを待つ蓮。ゆっくりと姿を現した恋人の月に向かって、蓮は静かにヴェールをはずします。花開いた蓮、しかし彼女は水の中、震え泣くばかり。愛、そして愛の悲しみに・・・こんなにも美しく、こんなにも悲しい話があるでしょうか。シューマンは蓮が花びらをひとひらずつ広げる様子を繊細な和音の変化に託し、高く照り輝く月との距離感も抜群、何度聴いても、何度歌っても退屈した記憶がありません。
白鳥はいまわの時にひと声啼く、と古くはギリシャの哲人が語ったということで、ヨーロッパの芸術は白鳥にまつわるイメージを遺作と結び付けてきました。イプセンの詩、グリーク作曲のこの歌は、死を前に声を挙げた一羽の白鳥の姿を描写し、いよいよ啼くというその瞬間に向かうまでの時の推移、その緊張感を見事に伝える佳品です。しかしこの歌は、白鳥の死を伝えるのはなく、短い歌に凝縮された白鳥の生命そのものを感じさせます。ソクラテスは、白鳥はいよいよアポロンの胸もとに飛び立てることを喜んで啼くのだ、と語ったとか。
続くはいよいよ人間、それも女性のお話、シャミッソー詩、シューマン作曲《女の愛といのち》です。少女が恋をし、婚約、結婚、夢うつつ、と、赤ん坊が胸に。そして・・・最愛の夫が逝きます。あまりにも絵に描いたような物語なので、フェニミズムの嵐をくぐり抜け、いまだに名作として歌い継がれ、なんと、かの名バリトン、フィッシャー・ディースカウの録音まで残されています。額縁に入れて飾っておきたいような全8曲ですが、この作品を歌う年齢に不足のない今、敢えて現し世に解き放ってみたいと思います。
そして、しんみりとお愉しみいただきたいスクエアピアノのソロ、ショパンの白鳥の歌、ノクターン 遺作 です。あの吹き抜け、コンクリト打ち放しのギャラリーに初登場のスクエアピアノ、武久源造のショパンも珍しいかと・・・ご期待下さい。
最後の3曲は山川彌千枝 『薔薇は生きてる』と金子みすゞ『童謡集』からの詩による武久源造の創作歌曲です。
『薔薇は生きてる』は私が国民学校1年生だった頃に母から手渡された本で、オールドローズ色の表紙がついていました。母が「弓子と同じくらいの歳の子の書いた文よ」と言ったので直ぐに読み出し、彌千枝の一言ひとことに頷く毎日でした。今どのページを開いても当時の驚きと喜びが甦ってきます。
山川彌千枝は1917年東京の中野に生まれ類い稀な才能に恵まれた少女でしたが、1933年肺結核で16歳の生涯を終えました。『薔薇は生きてる』は、彼女が8歳から書き出した詩、短歌、作文、日記などが集められたもので今も出版が続いています。
1993年、リサイタル開催にあたって、武久さんに作曲をお願いし、『薔薇は生きてる』から幾つかの曲が生まれました。その後も折りにふれて歌ってきた曲ですが、今回の〜愛といのち〜には欠かせない曲であると思い、その中から2曲を歌います。
「バラの花よお前の奇麗さ私は言えない」
「風の中の桜」
金子みすゞは彌千枝より14歳年上で1903年山口県の仙崎村で生まれました。結婚生活に破れ26歳で自死しています。不幸な日々を詩作によってくぐり抜け、1984年に出版された遺稿集は瞬く間に多くの人々の心を捉えました。彼女の詩による歌曲も次々に作曲され、今回はその中から武久源造作曲『薔薇の根』を歌います。
以上、紙の上では花鳥風月が出揃いました。実際の音は4月3日午後6時からという段取りです。駒込は六義園のお花見のあと、ギャラリー「ときの忘れもの」へお越しいただくのも一興かと。お目に掛かれれば嬉しく存じます。
[淡野弓子 記]
●ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち
日時:2018年4月3日(火)18:00~
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
スクエアピアノ/武久源造
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
[歌とピアノ]
Das Veilchen(Goethe) W.A.Mozart モーツアルト すみれ
Die Lotosblume(Heine) R.Schumann シューマン 蓮の花
Ein Schwan(Ibsen) E.Grieg グリーク 白鳥
《Frauen-Liebe und -Leben》(Chamisso)
《女の愛といのち》シューマン
1. Seit ich ihn gesehen かの人を見し日より
2. Er der Herrlichste von allen 誰よりも素晴らしい彼
3. Ich kann’s nicht fassen, nicht glauben 私には分からない、信じられない
4. Du Ring an meinem Finger わが指の指輪よ
5. Helft mir, ihr Schwestern 手伝って、姉妹たち
6. Süßer Freund, du blickest 優しき恋人よ、私を見詰め
7. An meinem Herzen, an meiner Brust 私の心に、胸に
8. Nun hast du mir den ersten Schmerz getan 今貴方は最初の苦しみを
[ピアノ・ソロ]
Nocturne cis-Moll Op.Posth. F.Chopin
ノクターン 嬰ハ短調 遺作 ショパン
[歌とピアノ]
山川彌千枝、金子みすず の詩による三つのうた 武久源造 作曲
バラの花よお前の奇麗さ私は言えない(山川彌千枝『薔薇は生きてる』)
薔薇の根(金子みすず『童謡集』)
風の中の桜(山川彌千枝『薔薇は生きてる』)
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■淡野 弓子 Yumiko Tanno [メゾ・ソプラノ]
東京藝術大学声楽科卒業。旧西ドイツ・ヴェストファーレン州立ヘルフォルト教会音楽大学に留学し、特に声楽、合唱指揮を集中的に学ぶ。1968年東京に「ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京」を設立、以来2008年まで40年に亘り指揮者としてシュッツ音楽を始めとするルネサンス、バロックから現代に至る数多くの合唱作品の演奏に携わる。1989年に『シュッツ全作品連続演奏』を開始し2001年に全496曲の演奏を終了。歌い手としては、シュッツ、バッハより現代に至る宗教曲、ドイツ・リート、シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》を始めとする現代作品の演奏、新作初演など。
1991年~2004年、アグネス・ギーベルの薫陶を受けつつ内外のコンサートで共演。2010年より米国にてエリザベス・マニヨンに師事。メゾ・ソプラノ淡野弓子、ピアノ小林道夫による「歌曲の夕べ」を2013年2月および2015年10月(共演:杉山光太郎・ヴィオラ)を開催。2015年5月には井桁裕子制作の操り人形「ユトロ」との共演により『狂童女の戀』(人形操演:黒谷都/朗読:坂本長利/ピアノ:武久源造)を制作・演奏。著書:『バッハの秘密』平凡社新書。CD:<ハインリヒ・シュッツの音楽> I~IV [SDG/MP]、メンデルスゾーン<パウロ>[ALCD]ほか。

■武久 源造 Genzoh Takehisa [スクエア・ピアノ]
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1~9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998~2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。

■大野 幸(建築家) Ko OONO, Architect
本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。
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●臨時ニュース
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)をぜひご覧になってください。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにもご注目ください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。

現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログは、ときの忘れもので扱っています。。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月2日 (金)、3日(土)、4日(日)各 13:00~16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00~15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00~16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
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○<今回、「現代版画センターの軌跡」展示を見せていただき、「ときの忘れもの」を知った頃から身近に感じていた版画センターエディション作品が、歴史の領域へと入りつつあるのかな、そんな印象を受けました。
これまでセンターの内容について知る機会は無かったのですが、その活動の一端が生き生きと目の前で再現されたような展覧会でした。
最初のエディション作品である靉嘔 (何と限定11,111部)、その価格と限定数の多さが不思議で、現代美術の普及のため? に版画をたくさん刷るという発想が斬新というか、冗談が過ぎているというか、それを実現してしまう活動の信念のようなものを感じました。
高度に完成された大型版画の多くが刷り師と版元の力なくしては生み出されなかった作品であり、当時の会報誌からはまたそれを受け取る側の存在、活動を支えたコレクターの現代美術への熱い思いを
知ることができました。
出品作はどれも紙の質感、インクの色彩すべてが昨日作られたかのように新鮮で、3、40年の歳月が過ぎているとは感じられず、個々の作品の持つエネルギーからは作家が高い創作意欲を持って制作したことが想像されました。作家からそれらの力をひきだした版画センターの活動が途中で終わってしまったことが残念ですが、この展覧会をきっかけに、多くの方が当時のアートシーンを肌で感じ、活動に関わった方々の言葉を知ることができるのは素晴らしいことだと思います。次世代へ伝えられるべき物語だと感じました。
最近は版画を気軽にコレクションする方は減ってきているような印象を受けるのですが、愛好家を増やす努力、活動もしていかなければならないのかもしれませんね。
カタログも購入させて頂きました、デザインも素敵ですね。
またお目にかかるのを楽しみに致しております。
(20170218/永井桃子さんからのメールより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87~95ページにかけて特集しています。
○月刊誌『建築ジャーナル』2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.191 加山又造「レースをまとう人魚」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。

<現代と声>より《レースをまとう人魚》
1977年
リトグラフ(刷り:フジ美術版画工房)
Image size: 36.0×54.2cm
Sheet size: 50.4×65.7cm
Ed.150
サインあり

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
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