植田実のエッセイ
「美術展のおこぼれ」第47回


版画の景色―――現代版画センターの軌跡」展
会期:2018年1月16日~3月25日
会場:埼玉県立近代美術館 

 50人近い作家による、270点あまりの版画が並ぶ会場である。多彩なのは版画史を追う作品群だからではなく、ある一貫性を感じるのは結社的な主張をもつ作家たちの集まりだからでもない。1974年から85年にかけて存在した「現代版画センター」が、版画制作、展覧会や講演会の企画、刊行物の編集発行などのかたちで関わってきた、アーティストと作品なのだ。
 そのような多彩と一貫性を引き立てるように設計された展示構成はとても気持ちがいい。ルートにせかされることも迷うこともなく、入口受付デスクと同室に飾られた靉嘔の「I love you」の連作から始まってオノサト・トシノブ関根伸夫などの魅力あふれる「景色」にうっとりしているとその先に磯崎新の巨大な立体作品「空洞としての美術館」が待ち受けている。そこからあとはどの順序で見ても構わない花園みたいになっていて、どの作家にも初めて対面するような新鮮さがある。出口近くで、草間彌生アンディ・ウォーホルが立ち上がる。その外に、関係資料のコーナーも用意されているが、特別出品としてジョナス・メカスの短篇映画「自己紹介」が上映されており、見逃したら大損だ。全部で3時間くらいを考えておくべきだと言うひともいる。名前に馴みがないがじっくり見たい作家も少なくない。
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 現代版画センターが関わったアーティストはおよそ80人、作品は700点を超えるらしい。だから今回、展示に際しては大胆な編集が行なわれてかえってよい結果にいたったようである。センターの主宰者である綿貫不二夫は作品および関係資料の使用に全面協力を惜しまなかったが企画とその進行にはいっさい口出ししていない。関与を積極的に謝絶している。理由はカタログを読めば分かるが、理由がなくても自分の仕事のレトロスペクティブには関与しないのが賢明だと、埼玉の展示会場と図録(テキスト・ブック、ヴィジュアル・ブック、アトラスの、判形・製本仕様の異なる3分冊でケース入り)とに接すればすぐ分かる。当事者の思いが干渉しないのでとても透明。第三者の思いが充満して灼熱状態。ほかに思い当たる例がない会場の空気は、ただの作品展ではないことで、それは一隅に置かれた何冊ものファイル資料からも感じとれるのだが、作家や作品の厖大な数を超えて迫ってくるものがある。その数とは日本全国津津浦浦の「地方」である。
 図録のアトラス篇に、「現代版画センター・主要活動拠点分布図」というダイアグラムがある。1974~85年に版画センターの自主的分室として名乗りをあげ、版画普及の道を拓いた各県内のギャラリーその他の会場の分布を表したものだが、北海道から沖縄まで、訪ねた記録がないのはわずか4県のみで、43都道府県に綿貫や同行のアーティストたちが足跡を残しているのだ。版画は複数つくれるアートだから同時期に各地域で出来たばかりの作品を中心にした展覧会やオークションが可能だという、じつに単純な発想を実行に移したいきさつは、今回の企画展示と図録が語りつくしている。活動というより10年間にわたる組織的運動になってしまっているのだ。驚くほかはない。そこに確かに生起したにちがいない連鎖反応の現実感。
 いま日本の大都市部では1年を通じて数えきれないほど多くの企画展が各美術館その他の場所で行なわれている。対応できないほどだ。国内だけでなく海外の美術館からも惜し気なく貸し出された作品が次々とやってくる。その目玉作品を強調する文句がどこでも決まっていて、「ついに来た、あの名作が実物で!」。近現代の美術ならとくに、「実物」を置いてそれを見に来させる地理的位相は、日本の中央と地方、西欧と日本の関係に重なる。これら「実物」は客人として遇され、やがて去っていく。忘れることなく会期中に見に行かなければというあせりのなかに、その作品がある。それはどういう現実感なのか。
 いかにも地方らしい地方の町や村を選び、そこに住む人々にアポなしでいきなりカメラを持ちこみ話しかけて取材するテレビ番組がある。そこで歴然とするのは、子どもから年寄りまで例外なく知的であることだ。率直さとユーモアを兼ね備えている。だから番組になりうるのだろう。この「地方」が大都市圏に近づくほど、人々の反応は弱く、しつこい。現実が希薄になり混濁する。それが大都市における生活だ。綿貫不二夫とその仲間が富山の薬売りのように訪ね歩いていた当時の地方の空は自分の光で晴れていて、そこで版画を見ること、買うことはすぐ自然の営みになった。
 全国に張りめぐらされたその「地方」は中央との位相を逆にした。その本来の位相は、埼玉県立近代美術館の担当学芸員および関係者の情熱と持続力によって目に見える展示と記録になった。その作業のめざしたところはあくまで版画そのものの「景色」なのだ。
(2018.2.23 うえだ まこと

012靉嘔コーナー、奥に木村利三郎

022関根伸夫コーナー、右は映像コーナー

DSC_0537カタログ、撮影は酒井猛、タケミアートフォトス

本日3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館をぜひご覧になってください(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにもご注目ください

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログは、ときの忘れもので扱っています。
埼玉チラシメカス600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月4日(日)各 13:00~16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00~15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00~16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
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○‏<埼玉県立近代美術館に昨日行くことができました。現代版画センターの軌跡わたしも会員だったことを思い出しましたが、盛岡のオークションに自分がいてビックリ‼️私がMORIOKA第一画廊に行っていたのが記憶より古いことが判明した。最初に買った版画は磯崎新のfollyだけどね^_^
(20180301/中村孝幸さんのtwitterより)>

埼玉近美で展覧会打ち合わせ後、「版画の景色」展を見る。74年から85年まで活動した現代版画センターの軌跡をたどる企画。作品数が多く、今回は壁が多い。ウォーホル、メカス、日本の現代作家群に交じって、建築からは磯崎新と安藤忠雄の作品もある。比べると、磯崎さんの方がうまくアート化させている
(20180301/taroigarashi‏ さんのtwitterより)

○<埼玉県立近代美術館の版画の景色展、見てきました。思ったより色鮮やかな作品が多かったです。高校の美術の課題でこんな模様描かされたな~とか思い出した。版画じゃなかったけど(^^)
(20180228/きょろぴ‏ さんのtwitterより)>

○<版画の普及やコレクターの育成を目指して設立された現代版画センター。
その作品や資料から、活動の軌跡をたどる展示。
製作された作品を楽しむのみならず、現代の美術界に大きな影響を与えたその歴史にも興味がわく展示ですね。

(20180228/小野寺誠さんのブログより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87~95ページにかけて特集しています。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.165 磯崎新「空洞としての美術館 I」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
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磯崎新「空洞としての美術館 I」
1977年
シルクスクリーン、ドローイング、カンヴァス、パネル、木(刷り:石田了一)
110.0×480.0cm
Ed.5(実際に制作したのは2部、うち1部は第14回サンパウロ・ビエンナーレに出品後破棄されたと思われる。現存は1部のみ)
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart Ⅱ」を開催します。
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会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)

昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代~80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。

●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

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植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。