新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

第1回 本とアート、個人的体験


 アートブックについてのブログを書かせていただくことになりました。美術関係の物書きと名乗り、雑誌や新聞等に積極的に書いていた時期に、美術手帖のアートブック特集などに何回か文章を書かせてもらいました。でも、今回は最低でも12回の連載、傾向やジャンル、出版された時代を限定することなく、様々な意味で「傑出」した「本」を紹介させてもらえるのは、本好き、アート好きとしては嬉しい限りです。

 画集、カタログ、挿絵本、アーティストブック、研究書など、一口にアートと関係する本といっても、内容も、目的も様々です。が、美術愛好家や美術学生にとって、画集や美術雑誌は、時美術館や展覧会の代わりを果たします。一方作り手側、美術作家も、本の中に展覧会を構成したり、直接的な表現手段として本を創っきています。

 毎回、何らかのテーマに沿って、2、3冊のアートブックを紹介する形で進めていく予定ですが、今回は、イントロとして、本とアートに絡む私の個人的な体験をお伝えしたいと思います・・・私自身がアート好きになり、アートに関連した仕事に携わるようになったのには、「本」が大きく係わっていた・・・ということをです。

 アートの存在を知り、アートが好きになる最初のきっかけは、展覧会ではなく、本だったようです。実は印刷会社に勤務する親類がいたことから、家には座右宝刊行会などの美術書がかなりあったそうです。私が小学校に入学刷る前後ですので昭和30年代末のことですので、恵まれた環境だったのかもしれません。始めは親が見せてくれていたようですが、そのうちに一人でも開くようになったそうです。母の話しによると、「ピカソの名前は直ぐに覚えた」が、多分一冊にマネ、モネ、スーラの3人が収録されていたのでしょう、「マネモネスーラ」を一人だと思っていたようです。その後も、小中学校の図書館で、画集や美術雑誌を眺めていたことは、うっすらですが記憶しています。
 家族に連れられてではなく、また学校の課外授業でもなく、一人で出向いた最初の展覧会は、上野で開かれたメトロポリタン美術館展でした。中学生の時でしたが、その頃までに、自らの気持ちで展覧会へ行くようになっていたわけです。今思い返すと、美術への関心を育ててくれたのは自宅や図書館にあった画集や、「みずゑ」などの美術雑誌だった思っています。

 単なる関心、興味を超えて、美術の収集という「病」のきっかけをつくったのも、一冊の本でした。中学生時代は鉄道写真にもはまっていたのですが、それを通して、昭和を代表する限定本出版社、プレスビブリオマーヌの佐々木桔梗さんと出会うことになりました。北海道の蒸気機関車を撮影するツァーで、佐々木さんをお見かけし、その後、氏が文芸書に加えて「カメラと機関車」という限定版の個人雑誌をだしていることを知りました。当時の私にとっては、高価でしたが、無理をして全巻、といっても3冊ですが、を注文しました。届いた包みの中には、銅版画が添付された特装版の案内が同封されていました。それが運の尽きだったのかもしれません・・・数日の内に、私にとって初めての美術作品を注文してしまったのです、小林ドンゲさんのカラー銅販画でした。

yanagi-03昭和40年前後に出版された座右宝刊行会編集の美術書の1冊


yanagi-02佐々木桔梗著、プレスビブリオマーヌ刊、「カメラと機関車」


yanagi-09コレクション第一号、小林ドンゲの銅販画(カメラと機関車、第二号、特装版に添付)


yanagi-01コレクション第二号、寺島勝治の銅販画(カメラと機関車、別冊、ロコアート、街の中の蒸気機関車、特装版に添付)


 私にとっての美術と本について、もう一つ書いておきたいエピソードがあります。80年代初頭から40年近くにわたって、その仕事に協力させてもらって来ている、クリストとジャンヌ=クロードとの係わりがもてたのも、一冊の本がきっかけでした。クリストというアーティストの存在を知ったのは、テレビ番組を通してでした。峯村敏明氏が企画に係わっていたアートリポートという番組で、クリストの「ヴァレーカーテン」の記録映画が流されました。大声で作業員に指示をするクリストの姿と滑るように開いていく巨大なオレンジ色の布の印象は強烈でした。
 数日後、西武美術館のショップ、アールヴィヴァンを訪れ、クリストの作品集を手に入れました。そこまでは、それほど特別なことではないでしょう。

yanagi-12Christo and Jeanne-Claude
Valley Curtain, Rifle, Colorado, 1970-72
(c)Christo, 1972, Photo: Wolfgang Volz


yanagi-11ヴァレーカーテンでのクリスト
(c)Christo, 1972, Photo: Hurry Shank


 クリストとの関係のきっかけをつくってくれた、私の人生にとって最も重要な一冊となった本を入手したのも、当時、頻繁に足を運んでいたこのショップでした。といっても、画集でも、評論集でもなく、それは、イタリアの美術雑誌、Flash Art による、”Art Diary” という年鑑のようなものでした。個人情報の管理がうるさくなった昨今では考えられませんが、そのダイアリーには、世界各国のアーティストの住所、電話番号が掲載されていたのでした。その中に、ニューヨーク・ソーホーのクリストの住所を見つけた時、そうだ、手紙をだしてみようと思い立ったのでした。
数週間後、ニューヨークからの封筒が届きました。中には、「何冊かのカタログとサイン入りのポスターを別便で送った。ニューヨークに来ることがあったら、ぜひ訪ねてくれ。」とタイプされた絵はがきが入っていました。それが、40年以上にわたっている、クリストとジャンヌ=クロードとの交友の出発点でした。

yanagi-05最初に買った、クリストの作品集、Abrams, Modern Artist Series の一冊


yanagi-06当時の書き込み、1976年5月に購入


yanagi-07当時の価格


yanagi-08購入から10年後、クリストと共に東京に戻った時に入れて貰った直筆サイン


yanagi-04クリストの大型本、Abrams刊、1万円を超える価格だったので、悩んだ末に購入


 個人的な思い出を、とりとめもなく書いてしまいました。お伝えしたかったのは、私とアートとの関係が生まれ、育ったのは、様々な形で「本」のおかげだったということです。
私の体験は、かなり特殊かもしれませんが、一般論としても、色々な形とレベルで「本」が人とアートを結びつけているのは事実でしょう。もう一歩踏み込んで、本がなければ現在のアートワールドは存在し得えないでしょう。同時に、創作活動を行っているアーティストにとっては、本は別の意味、機能ももっているでしょう・・・連載ではその辺のことも探れればとも考えています。

yanagi-10クリストと僕、2016年イタリア


やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

◆新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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