小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第12回

ハーラン・エリスンが亡くなりました。
このブログ、いつもは新入荷商品をご紹介しているのですが、今回はエリスンのことを書きたいと思います。
ハーラン・エリスンと言えば(今さら説明するのも何ですが)『世界の中心で愛を叫んだけもの』の作家。邦訳の作品集は、長い間、なぜかこの一冊だけでした。それなのに、SFを少しでもかじった人なら「ああ、エリスンね。」と誰でも知っている作家でした。アイザック・アシモフとの「ケンカ」のようなやり取りも楽しく、SF大会には欠かせない、まさに伝説の作家でした。
「ロボット三原則」で知られるアイザック・アシモフが、初めてエリスンと会った時のやり取りは、有名ですが、「これぞ、エリスン!」という感じがするので、ご紹介します。
(記憶で書いているので、もし細部が違っていたら、ご容赦の程を・・・)
SF大会で、すでに人気者だったアシモフ。彼の元には、もちろん、たくさんのSFファン・SF作家志望者が押し寄せます。ある時のSF大会で、背の低い如何にも利発そうな少年がやってきます。「あなたが、アイザック・アシモフ?」と訊ねる少年に、アシモフは「そうだよ」と答えます。「ほんとうに?ほんとうに、あのアシモフ?」と繰り返し尋ねる少年。きっと私に会えてうれしいのだろう、と思い、「そうだよ、私がアイザック・アシモフだよ。」と愛情たっぷりに答えるアシモフ。しかし、次に少年の放った一言に、アシモフは愕然とします。
少年は、アシモフを下から上まで眺めて一言。「なっちゃねえなぁ!」
これ以来、アシモフとエリスンの長い「ケンカ」は愛情たっぷりに続くのです。
講談社文庫から『世界SF大賞傑作選』というアンソロジーが出ているのですが、これにはエリスンの作品が多数収録されています。そして、必ずアシモフの解説がついています。これを読むだけでも、このアンソロジーのエリスン収録巻、集める価値があります。

さて、幸運なことに、エリスンの作品集は、現在3冊手に入ります。
上述の『世界の中心で愛を叫んだけもの』のほか、『死の鳥』『ヒトラーの描いた薔薇』いずれも早川文庫から出版されています。
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エリスンは、悪や敗残者、はぐれ者を描くことが多い作家です。
そして、彼らをとても魅力的に、多面的に描きます。悪を賛美するのではないのですが、それを決して排除しない。むしろ、それを排除し、自分の埒外に置く権威や人間の醜さを描き出します。エリスンの作品で素晴らしいと思う点の一つです。
今回特にご紹介したいのは、「ヒトラーの描いた薔薇」。
主人公は、ある資産家の召使の女性。ある日、その資産家一家が惨殺され、その犯人とされた、唯一の生き残りのこの女性は、リンチにかけられ殺されます。そして、死後、地獄に落とされるのです。ある日、地獄の門が開き、女性は外に出ることができます。向かう先は、真犯人がいる天国。そこで、真犯人と出会い・・・。というお話。
この小説では、最初と最後にヒトラーが印象的に登場します。地獄の門に、ただひたすら薔薇の絵を描く画家として。何も語らず、何も動かず、ただ美しい薔薇の絵を描き続けます。
これをどういう風に読むのか。もちろん、それは読者の自由です。
でも、私は、このヒトラーの姿に、やはり一面では語れない小説の魅力を感じます。画家としての夢を諦めなかったヒトラーの姿に、そのあり得たかもしれないもう一つの歴史を感じてしまいます。ヒトラーの恐ろしい悪行と、それを止めることが出来なかった人類。ヒトラーのやったおぞましい悪は、もちろん全く許されない歴史の事実だとしても、「正義」の側に、それに加担したものはいなかったのだろうか?私は、この小説の主人公の物語を読むことで、「正義」の旗印の恐ろしさを感じてしまうのです。
特に、ヒトラーの描いた絵を見た「権威」が放つ小説のラストシーンの言葉。我々は、こんな言葉を言い放つ「権威」を正義だと思ってはいないだろうか。
「悪」とされるものを、自分の埒外に置いてはいけない、そんな風にエリスンに言われているような気がします。
それにしても、このような形で、悪ではないヒトラーを描くことは(特に欧米圏では)相当の覚悟がいることではないでしょうか。エリスンの本領が発揮された小説だと思います。
まだ未読の方は、ぜひ読んでみてください。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。


●今日のお勧め作品は、ダグラス・ダーデンです。
Past the present Ten Worksより 1991ダグラス・ダーデン
『Past the present: Ten Works』より
1991年
オフセットリトグラフ
シートサイズ:84.3×59.3cm
Ed.300  サインあり
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