frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第50回(最終回)

ベルギーのルリユールは今


 ベルギーの学校を卒業してから、早いもので18年になる。この秋、3年ぶりに再訪したベルギーのことを、少しばかりご紹介したい。

 私が通っていた学校の製本科は、今は卒業生であるスイス人の女性がシェフ(科長、主任教授)となっている。その前のシェフはリリアン・ジェラールと言い、私の恩師でもあった。日本にルリユールを紹介、広めた功労者である栃折久美子さんの著書「モロッコ革の本」を読んだことがある方なら、リリアンの名前にご記憶の方もおられるかもしれない。優秀だった彼女は生徒でありながら、当時のシェフだったベルフロワさんのアシスタントもしていたという。リリアンの時代までは、パッセカルトンという伝統的製本形態を中心として教えていたが、今は違う。3年前にベルギーをおとずれた時、「ラカンブル(学校の名前)のルリユールはデザインのアトリエになってしまった」と周囲から言われた。現在のシェフ、アンヌ・ゴワは元々デザイン志向の強い人で、彼女はパッセカルトンで自己表現する人ではない。当然、教えるものもパッセカルトン以外ということになる。そもそも、私が在籍していた時代から、ルリユールのアトリエの存続問題はたびたび浮上していたし、リリアンが退官するにあたり、伝統よりもデザイン志向の強い本作りに移行した、それができる人をシェフに据えた、ということなのだと思う。

 もうひとつ、今回の訪問時のトピックは、ヴィブリオテカ・ウィトキアーナ(Bibliotheca Wittockiana=BW)についてであった。ここは、実業家のミッシェル・ウィトック氏が、自分の蔵書を収蔵、展示する場所として、私財を投入して作った私設美術館。ブリュッセルで重要なルリユールの展覧会は必ずここで開催されるという場所であり、かつてのディレクターは、私達学生にも親しく接してくれ、かつ応援してくれる存在だった。

zu-1ビブリオテカ・ウィトキアーナの正面外観 この真ん中にある石の塊は、実は古判本を模した彫刻である。


 この美術館が先頃、ボードワン財団の傘下に入ったという。ボードワン財団というのは、正式名称をFondation Roi Baudoiun ボードワン王財団と言い、先々代の国王の名前を冠していることから、一般の財団法人とは一線を画す公共性の高い存在である。そのため、この財団の傘下に入ったということは、BWが公共美術館musee publicになったということを意味する。また、現在のディレクターはマーケティング(ルリユールの世界で、こんな言葉を使うとは思わなかった!)を学んだ二十代の女性だそうだ。それが影響しているかどうかはともかく、公共美術館になったことで、ルリユールの展示を続けるにせよ、出版物を含めた本全体に関する展示が多くなっていきそうである。

zu-2同上展示室


 以上の2つの話題、明るい話とは言えないのだが、私が多少とも知っているベルギーという国は、時流に流されない、意外としぶといところがあり、伝統的ルリユールがそれなりに守られていくのではないかと思っている。今回、ウィトキアーナが公共美術館になったとはいえ、一人の愛書家が創ったルリユール専門の美術館が今まで財団法人化されることなく続いてきたことの方が、よくよく考えてみると驚きである。

zu-3稀覯本室 展示室の壁面一部がガラス張りになっており、この部屋とコレクションの一部が見られるようになっている。


 私の友人で、年は若いけれど、学年的には先輩だったフランス人製本家が、卒業後もブリュッセルに残り、アトリエを営んでおり、彼女に会うのも再訪時の楽しみのひとつである。製本で生計を立てていくのは大変と語る一方、彼女の仕事振りや話から、製本家と依頼主の、地に足がついた関係が垣間見られる。少しづつ変化しているが、それでも日本に比べてゆるやかに流れる時間の中で、自分を見つめ直すことができる場所、それが私にとってのベルギーなのである。

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 私達、フラグムのブログも今回で50回目、かつ最終回となりました。毎回、テーマを決めるだけで悪戦苦闘してきましたが、気がつくと4年余り連載してきたことになります。ルリユールと製本家の周辺について、多少なりともご理解を深めていただけましたら幸いです。長い間、お読みいただきまして、ありがとうございました。
 

(文:平まどか
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
病める舞姫12-1


病める舞姫12-2


病める舞姫12-3
「病める舞姫 」
土方巽著

1983年 白水社刊
・パッセカルトン 山羊オアシス革・ヘビ革総革装
・金箔押し装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・221x158x26mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本

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*画廊亭主敬白
frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は今回で最終回です。
執筆者を代表して、羽田野麻吏さんから以下のようなメールをいただきました。

(前略)
frgmエッセイ、長きに渡り大変お世話になりましたが、
先ほど入稿いたしました12月の第50回にて
最終回を迎えさせていただきます。

「まだあまり知られるところではないルリユール」について
多くの方に発信する貴重な場を頂き、
ありがとうございました。
あらためまして、一同よりお礼申し上げます。
(中略)
俊足を誇るメンバーは居りませんが、
今後もあちらこちらでお目に留まることがあるよう、
たゆまず歩を進めてゆきたいと考えておりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。

Les fragments de M 羽田野麻吏


長い間のご愛読ありがとうございました。

●本日のお勧め作品は、料治幸子です。
ryoji-03料治幸子 Sachiko RYOJI
「花03」
2017年 紙にアクリル
58.5×40.1cm
サインあり
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●本日3日(月)は休廊です。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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