どこにもない暮らしと、失われた暮らしをめぐる夢

住田常生(高崎市美術館学芸員)

 「モダンデザインが結ぶ暮らしの夢」展が始まってはや三週間。今日は囲炉裏の香とともに群馬県内からIさんがいらした。Iさんとは前回寄稿した「山口薫先生からきみたちへ」展からのご縁。山口薫の遠縁にあたり貴重な資料や作品をお借りした。お返しにうかがった昨年12月、赤城山麓に抱かれた旧家であるIさん宅の母屋で、吐く息白くお話しした時に初めて、空調の類が一切ないことに気づいた。それを知るゆえ、Iさんがまとわれた囲炉裏の香がことのほか懐かしく、ゆかしく思われた。Iさん宅の囲炉裏の香とともに、今は失われた暮らしを記すお父様の著書『習俗歳時記』に触れたのは山口展の折で、現在のモダンデザイン展準備の真っ最中。この『習俗歳時記』が「モダンデザインが結ぶ暮らしの夢」展の決定的なアウトラインとなったから、思えば不思議なご縁だ。展覧会は1934年ブルーノ・タウトを高崎に迎えた工芸運動から高度成長に向かう1970年代まで、日本のモダンデザインをめぐる5章、7人を紹介する内容だが、建築デザイン門外漢である私が拠り所としたのは専門的な見地ではなく、暮らしの夢。ブルーノ・タウト、アントニン&ノエミ・レーモンド夫妻、井上房一郎、ジョージ・ナカシマ、イサム・ノグチ、そして剣持勇という、出自も世代も職業もさまざまながら、ゆるやかなネットワークで結ばれた7人が、同時代の暮らしに託した夢、いわば7人をゆるやかに結ぶ夢をみつめることだった。さりながら肝心の「暮らし」の検討が私には決定的に欠けていた。不覚にも、ぼんやりと今の暮らしから考える錯誤におちいっていた。そんな折に出会えたのが『習俗歳時記』だった。戦前の篤農家の暮らしに触れたことで、同時代の椅子やテーブル、電気照明がそれこそどんなに暮らしの「夢」だったか、ひるがえって今日を思うとき、その「夢」もまた失われたのだということがひとしお身に染みて感じられた。モダンデザインとは当時の「どこにもない暮らし」であり、また今日では「失われた暮らし」というか、「失われた未来(ロストフューチャー)」だということ。それにはさまざまな歴史的、社会的要因が考えられるけれど、最も決定的だったのはやはり戦争なのだということ。7人それぞれの戦時体験に触れていただくだけでも、この世界すべてに同時に起こったことを、ただちにご想像いただけるものと思う。
 失われたとはいえ、近代と地続きの明日が今日なのだから、みずからの隣人として想像してみる。もう一度7人の夢をみつめてみること。1930年代に夢みられた、農業と手仕事と小工業がゆるやかに結びつく共同体は、プロダクトとクラフトの中間に佇む夢といっていい。今日ではプロダクトとクラフトの両極にわかれたものづくりだが、ちょうど昨日と今日の境に佇む時代があり、高崎の工芸運動で、レーモンドやナカシマのスタジオで、手仕事で良質な家具工芸を量産することが試みられた。東京帝国大学でタウトの講義を聴いた詩人、立原道造の卒業設計「浅間山麓に位する芸術家コロニイ建築群」も同じ夢。タウト来日前の1930年、同じく群馬県で竹久夢二も「榛名山(産業)美術研究所」を夢想している。さかのぼれば山本鼎の「農民美術研究所」への共鳴が、事業家、井上房一郎をしてタウトを高崎に迎えうる素地を作ったともいえる。その昨日と今日を画した境、すべての人に夢を許さなかったのが戦争だ。総力戦体制は傍観を許さない。敵か味方か、外か内か白か黒かであり、グレーつまり中間に佇むことを許さない。
 明治から続く近代化の初歩課程を終え、1930年代に萌した「日本人として新たに何ができるか」という問い。それは同時代の画家にも、詩人にも、建築家にも、デザイナーにも共有された問いだった。「日本人として」には但し書きがあって、日本人であることは免れえないが、その先は個人の資質の問題で模範解答などない。ゆえにみずからにのみ問うこととなる。その「私」個人への問いを、時代の傾斜のまま「日本」そのものへの問いに横滑りさせる過ちを犯し、焼け野原に立ちすくんだ時には、夢も悪夢もすべて根こそぎ失われていた。白でもなく黒でもなく色彩を、闘争を超える愛として芸術の真実を説いたタウトや先人、いや隣人の苦闘や挫折、たしかな旅路をもう一度問うべきだ。まずは私たち一人一人が「失われた」暮らしを取り戻すこと、手遊びでよいから手を動かし、いつでも手を合わせ、手を携えること。手の器に何を掬(すく)うかは人それぞれだけれど、そこに清しさを満たして自分や家族の居心地のよいものに、そしてできれば隣人の心地のよいものに……。暮らしの息づかい、その本音の中にこそ、失われた夢の芽が今も含まれていて、それはいつでも私たちの夢に変えられる。

第1章第1章 ブルーノ・タウトと井上房一郎たち 「ミラテス」を中心に

第2章第2章 アントニン&ノエミ・レーモンド

第3章第3章 剣持勇の「ジャパニーズ・モダン」

第4章第4章 ジョージ・ナカシマと讃岐民具連

第5章第5章 イサム・ノグチの「萬來舎」とあかり
すみた つねお

■住田常生(すみた つねお)
高崎市美術館主任学芸員。1968年生まれ。2000年より高崎市美術館に勤務し、「清宮質文のまなざし」(2004)、「犬塚勉展 永遠の光、一瞬の風。」(2015)、「生誕100年木村忠太展 光に抱かれ、光を抱いて。」(2017)、「生誕100年 清宮質文 あの夕日の彼方へ」(2017)などの展覧会に携わる。

●展覧会のお知らせ
チラシ表tirasi
モダンデザインが結ぶ暮らしの夢
期間:2019(平成31)年2月2日(土)~3月31日(日)
会場:高崎市美術館
1930年代から60年代にかけて、世界、日本そして高崎でモダンデザインが芽吹きます。その夢はどのように育ち受け継がれたのか。過酷な同時代を生き抜き、モダンデザインの定着を夢みた高崎ゆかりのブルーノ・タウト、アントニン&ノエミ・レーモンド夫妻、井上房一郎、レーモンド門下のジョージ・ナカシマ、来日中のタウトに触れた剣持勇、レーモンドや剣持と交流したイサム・ノグチらの仕事をみつめます。

●今日のお勧め作品は、アントニン・レーモンドです。
raymond_02アントニン・レーモンド Antonin RAYMOND
《色彩の研究》
インク、紙
64.1×51.6cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは3月27日~31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
basel19会期:2019年3月27日(水)-31日(日)
VIP:3月27日、14:00~20:00
3月28日、13:00~17:00
3月29日、12:00~13:00
3月30日、12:00~13:00
一般公開:3月28日、17:00~21:00(ベルニサージュ)
3月29日、13:00~20:00
3月30日、13:00~20:00
3月31日、11:00~18:00
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 -宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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