<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第74回

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この写真を見たのは写真集のなかでだった。
別々の写真かと思った。
写真集のノドのところに柱が来て縦に二分されていたからだが、よく考えるとそれだけが理由ではないようにも思われる。

左側のおばあさんはスツールに腰かけ、カメラのほうを見て、両手を上着の襟に当てている。襟がなかに入っちゃってますよ、と言われて、あらまあ、と笑いながら直しているような雰囲気だ。
笑って両目は糸のように細くなり、顔面に刻まれた無数の皺に溶け込んでいる。血管が浮き出た手の甲や、綾がはっきりした布地の質感も違和感なく一体化し、上半身ぜんたいが細密なテクスチャーに彩られている。

画面のなかにはおばあさんのほかにほとんど要素がない。背後に襖があるのみだ。
襖の裾には花の模様があしらわていて、そのリズミカルな様子も朗らかな雰囲気を盛り上げる一助になっている。
右半分を紙で覆ってみるとそれがよりはっきりする。井戸の底から湧き上がるような静かな笑いを含んだ一服の絵になっているのだ。

その紙を左にずらして写真の右半分を眺めると、これはこれでひとつのシーンになっているのがわかる。
背の高い青年が物干し竿に頭がぶつからないよう避けながら洗濯物を干している。
いや、取り込んでいるのかもしれない。手前のハンガーは空だし、青年が右手を添えかけているシャツも、風でなびいて画面に入ってきた別のシャツも、すでに乾いているように見える。

洗濯物を見ている青年の顔もまた笑っている。
なにか可笑しいことがあって破顔一笑したような雰囲気がある。
腰を屈めている彼の体も、上部に写り込んでいるハンガーも、干された洗濯物も、みんな左側に傾いていて、このリズムが笑いにアクションをみなぎらせている。

ここで紙を外して写真ぜんたいを眺めて見よう。
襖の前で襟に手をやっているおばあさんは笑っているが、動いてはいない。
笑いが全身から絞りだされて顔に表出したかのようだ。
かたや青年の笑いは体の動きにつられてでてくる、なにかへのリアクションとしての爆発した笑いが感じられる。

ふたりは半世紀分くらいの年齢差があるが、それが笑いの質に感じ取れるし、質がちがうがゆえに同じ空間で一緒に笑い合っている至福感がより胸に迫ってくるのだ。
撮影者が言ったことに(襟が入っているよ!)まずおばあさんが笑い、そのおばあさんの反応に青年が破顔するという時間の流れのなかで、静と動の笑いが結びついたのだった。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット
© Akihito Yoshida

●掲載写真のデータ
写真集「The Absence of Two」より

●作家紹介
吉田亮人(よしだ・あきひと)
1980年宮崎県生まれ。京都市在住。小学校教員を経て2010年よりフリーの写真家として活動。日経ナショナルジオグラフィック写真賞ピープル部門最優秀賞(2016)など、受賞多数。本作はKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭(2017年)をはじめ、連州国際写真祭(2017年)シンガポール国際写真祭(2018年)などで展示される。

●写真集のご紹介
0001 (22)『吉田亮人写真集 The Absence of Two』
著者:吉田亮人 [著]
出版社:青幻舎
判型:B5変
総頁:140頁
製本:コデックス装
定価:3,800円+税
発売日:2019/01/31
価格:4,104円(税込)
大竹さんの書評がbookbangに掲載されています。

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●大竹昭子さんからのお知らせです。
ことばのぽらっくことばのポトラック vol .16- 福島から8年目の報告 -
日時:3月9日(土)18:30開場 / 19:00開演(22:00終了予定)
会場:アップリンク渋谷 スクリーン1 
〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階
ゲスト 赤城修司(写真家)
司会進行 大竹昭子 堀江敏幸
参加費 2000円
チケット購入 アップリンク渋谷
予告編 https://www.youtube.com/watch?v=90CX8SkPlJ0
公式サイト http://kotobanopotoluck.blogspot.com/

ゲストの赤城さんは2015年に出版された 写真集『Fukushima Traces 2011-2013』(オシリス)のなかで、「ただしい伝達なんて存在しない」と書いています。
また震災後もっとも衝撃的だったのは、ひとつの出来事について人が感じ考えることがこれほどちがうのか、ということだともおっしゃっていました。
「ことばのポトラック」は答えを求めて論じる場ではなく、切実な問いを持ち寄り、分かち合う場です。
原発事故から8年たったいま赤城さんにお越しいただく意味もそこにあります。
出来事から遅れてやってくる言葉には、一見何事もなかったかのように東京で過ごしているわたしたちの日常と響き合うものが必ずやあるでしょう。

トークのあとには、出演者の推薦する書籍を出版社から無料で提供いただき、口上を述べながら割引価格で販売する「本のポトラック」(別名・本のたたき売り!)をいたします。
今年はその売上げは「ふくしま30年プロジェクト」に寄付いたします。
選りすぐりの新刊を出しますのでご期待ください!

●今日のお勧めは、レスリー・R・クリムスです。
krims_01_Unknownレスリー・R・クリムス(Leslie R. KRIMS)
"Unknown"
1969
Gelatin Silver Print
11.5x17.2cm
signed
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●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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