「ときの忘れもの・拾遺」における武久源造のコンサート覚書

大野 幸


第8回 2018/9/12
スクエア ピアノ Seuffert & Seidler 1830 
シューマン(1810-1856)
シューベルト(1797-1828)

第9回 2018/11/24
チェンバロ フィリップタイアー1993 (モデル: クリスティアン・ツェル 1728)
クーナウ(1660-1722)
クープラン(1668-1733)

第10回 2019/4/10
ジルバーマン ピアノ 深町研太2007(モデル:ゴットフリート・ジルバーマン1747)
バッハ(1685-1750) 
ベートーヴェン(1770-1827)(アンコール「月光」1楽章)

楽器博物館的風情の武久源造スタジオには、希少な、あるいは貴重な鍵盤楽器が所狭しとひしめいています。今回のコンサートシリーズは、その楽器群の中から3台を選び、その楽器と同時期に作曲された曲を演奏する、という音楽史考察的な構造のコンサートになりました。3台の楽器は、現代のピアノに繋がる共通のルーツを持つ、ピアノの先祖のような鍵盤楽器ですが、その外見も、その出す音も、現在我々が知っているピアノとは随分違います。

さて、創造に携わる者は誰もが皆「新しいこと」の可能性に向かって変化を続けようとする性癖を持ちます。ですから作曲家の立場であれば、コンサートホールというハコが大きくなれば、ハコにふさわしい大掛かりな曲を構想するのはごく自然なことです。また逆に、既存のホールにおさまりきらない曲を構想してしまった場合、ワグナーのようにホールそのものを曲に合わせて新たにつくってしまうということも起こりえます。この追いかけっこが19世紀以来繰り返され、オーケストラの編成や舞台の設え、また客席数も臨界点まで膨らみ続け、並行して作曲家もコンサートホールの大容積を想定して大編成・大音量の大曲を作曲してきました。主催者の収支計算は、客席数が大きなファクターになっています。ホールが大きくなればなる程、動くお金も大きくなります。現代の大コンサートホールは経済活動の場所でもあり、お金のニオイが充満しています。日本で多くのコンサート専用ホールがつくられたのがバブル期だったのは偶然ではないでしょう。建設費用の高いコンサートホールを新しくつくる計画は、経済効果が大きかったからです。

今回のコンサートで取り上げられた曲、用いられた楽器の時代には、今のコンサートホールのような場所はありませんでした。金さえ払えば誰でも音楽が聴ける場所=コンサート専用ホールが出来たのは、音楽史的観点から見ればつい最近のこと、ようやく19世紀後半になって登場しました。「コンサートホール以前」の楽器は大空間を満たす大音量を出す必要は無く、至近距離で聴く人たちに作曲家や演奏家の思いを丁寧に伝えるための道具として用いられていました。貴族は彼らの館に音楽家を招いて身近で演奏を楽しみ、大衆は教会で音楽を聴いていました。教会での演奏は人に聴かせるコンサートという以前に、神への賛美としての役目を与えられていて、人間同士の音楽的交流の彼方、絶対者との垂直の関係が重んじられます。教会建築が上方=神への思いを造形として結晶したことと、音楽の持つ垂直性には、人間中心の啓蒙思想以前の同時代的な親近性があるように思います。

武久さんの演奏に顕著な特徴のひとつはこの垂直性です。人に聴かせること以前に、垂直方向に音楽を運ぶ意志を感じると同時に、その音楽を聴く私たちの疲れた体に慰めと励ましが脳天から注ぎ込まれる感覚。次に、彼が自らメンテナンスを続けている楽器がもたらす楽器に内在する記憶も現れてきます。楽器の材料になっている木、象牙、動物の皮、鳥の羽など、楽器を構成する全ての材料の過去を引き受けているのではないかと思わせるような、生体記憶喚起的な演奏とでもいうべき音の香り。そしてバッハ。近年、彼のバッハ演奏には、バッハ本人が憑依していると思わせられる瞬間が度々あります。武久さんはバッハと人生を共有し、深い部分で身体化している、そう感じるのです。例えば「第10回」でのゴールドベルクのアリアの後に続けた背筋の凍るようなシャコンヌの演奏。彼は、亡くなった妻を捜しに冥界に降りて行くオルフェウス=バッハになりきっていました。

これら彼の演奏に特徴的な性格は、大コンサートホールのような気積の大きい茫漠とした空間よりも、小さな場所でより鮮やかに感じられるでしょう。囁くような弦の振動、演奏者の息づかい、楽器の軋み、聴衆の熱、落涙。演奏にまつわる全ての繊細で濃密な気配に包まれる小さい場所が「コンサートホール以前」の曲や楽器にとって本来の居場所なのではないかと思わせられます。

今回の武久さんの3回のコンサートは、曲と同時代の楽器を選び、演奏会場も「コンサートホール以前」の環境の再現ともいえる小さな空間で開催されました。タイムスリップして音楽の誕生する瞬間に立会えた得難い機会だったと、今振り返ってしみじみと感じています。
(おおのこう・20190429)

■武久 源造 Genzoh Takehisa
武久源造1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1~9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998~2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。


■大野 幸 Ko OONO
20160130_oono本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。

●本日のお勧め作品は、ロベルト・マッタです。
matta_01_kaihoumigiudeロベルト・マッタ Roberto MATTA
「解放された右腕」
1971年
カラー銅版
27.0x18.0cm
Ed.XXV
サインあり
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◆ときの忘れものでは「第311回企画◆葉栗剛展 」を開催します。
会期:2019年5月24日[金]―6月8日[土]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
葉栗展
ときの忘れものは毎年アジアやアメリカのアートフェアに出展し、木彫作家・葉栗剛の作品をメインに出品しています。今回は、2014年以来二回目となる個展を開催し、国内未公開作品11点をご覧いただきます。
初日5月24日[金]17時よりオープニングを開催します。

●『DEAR JONAS MEKAS 僕たちのすきなジョナス・メカス
会期:2019年5月11日(土)~6月13日(木)
会場:OUR FAVOURITE SHOP 内 OFS gallery
〒108-0072 東京都港区白金5-12-21 TEL.03-6677-0575
OPEN 12:00-19:00(ただし展示最終日は17:00まで)
CLOSE: 月・火(祝日を除く)

●『光嶋裕介展~光のランドスケープ
会期:2019年4月20日(土)~5月19日(日)
会場:アンフォルメル中川村美術館
[開館時間]火・木・土・日曜日 祝日 9時~16時

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
*日・月・祝日は休廊。