「ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR」とシュルレアリスム

川上典李子

21_21 DESIGN SIGHTでは現在、企画展、「ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR」を開催している。展覧会全体のディレクションは浅葉克己さん。浅葉さんならではの、幅広く柔軟な視点で、展覧会を構成いただいた。

21_21 DESIGN SIGHTは、デザインと生活、社会の関係に目を向け、デザインの可能性を探究すると同時に私たちの生活の今後を考える施設として2007年3月に開館した。創立者の三宅一生、館長を務める佐藤 卓、そして深澤直人という日本を代表するデザイナー3名がディレクターとなり、展覧会テーマの議論を開館準備前から続けている。

新たな角度から対象に目を向け、「デザインの視点」でとらえ直すとどうなるだろうかという気持ちで、デザイン分野に限定しないリサーチを関係者一同で続けている。考察も重要だが、体力も不可欠。フットワークの軽さも忘れてはならない。展覧会の企画ではあるのだが、野を駆け巡り、高い山を登り、海へとダイビングする……というような感じだなあと、私はいつも思っている。
題材やテーマによってはアーティストの活動、作品も紹介しており、一例が、柳 正彦氏を展覧会ディレクターに迎えた「クリストとジャンヌ=クロード展 LIFE=WORKS=PROJECTS」(2010年)。クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトに関しては、「フローティング・ピアーズ」に焦点をあてた展示を含んだ「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」(2017年)もある。


ユーモアの源泉はどこにあるのか

深く掘り下げて研究する意義を感じることや社会の動きのなかで注目すべき状況について、ディレクター全員が出席し、私も参加している企画会議の席では、いつも数々のキーワードが飛びかっている。そのなかで挙がったひとつが、「ユーモア」だった。

クリヨウジ(久里洋二)氏の『クレージーマンガ』がその日の机の上に置かれていた。刊行時の2016年に88歳となったクリ氏が500ページを描き下ろしたというこの一冊は、人間の本質を鋭くとらえ、容易には説明できない人間の多面的な魅力に触れる表現が私たちの心に響いてきた。社会の現状にも触れ、くすりと笑わせてくれた後に深く、しみじみと考えさせられる。笑いにはさまざまなものがあり、ユーモアは人間と切り離せない創造の力であることに改めて気づく。ユーモアを題材に展覧会を試みられないだろうかとの話になり、これが本展の始まりだった。

では、「ユーモア」を思う存分料理してくれる人物は誰だろうか。話が進むなかで真っ先に挙がった名前が浅葉克己さんだった。浅葉さんの視点をたっぷり活かしていただけると、私たちは確信した。その浅葉さんの情熱は、昨年末に本人が周囲に郵送されたレターの文章にも込められていた。
「暮れも正月もない。ユーモアを探して眠れる夜が続く。」
「はじめ五大陸のユーモアを探す旅に出ようかと思った。30年はかかると気づいた。身近なところから集め直す。」

かくして浅葉さんがこれまでに収集してきた貴重な品々は21_21 DESIN SIGHTへと大移動。縄文時代の女神の像もそのひとつであり、「三角の仮面をつけた縄文時代の女神の等身大の置物は、毎日見ていても笑える」とご本人。「一万年も前のことを考えると気が遠くなってしまうが、笑いは現在までずーっと続いている」と、仕事机の上に大切に置かれていたこの像も、惜しむことなく本展に貸し出してくださった。浅葉デザインのポスター、撮影した写真など、作品の数々ももちろん展覧会を構成する作品となっている。

本展ディレクターとしてのメッセージで、浅葉さんは次のように記している。
「人間の笑いは、どこから来るのか。ユーモアの本質とはどこにあるのだろうか」
「あまねく地球上に存在するすべてのユーモアの源泉を集めてみたい。表現は異なるかもしれないが、小さな笑い、大きな笑い、爆笑、失笑、艶笑、冷笑、微笑、苦笑…。ひとつひとつを拾いだし、一堂に見てみたい。」


「ユーモアはシュルレアリスムである」

本点の展示作品は最終的に400点を超え、現在も収集中である。
前述したクリ・ヨウジ(久里洋二)氏の作品では、貴重な実験アニメーションを紹介中だ。福田繁雄氏、仲條正義氏、細谷 巖氏、井上嗣也氏といったグラフィックデザインの重鎮の作品や、和田 誠氏の作品、また、加納典明氏も急きょ参加してくれた。立石大河亞氏の絵画作品もある。
世界の三大喜劇王であるバスター・キートンから、現代のジョン・ウッド&ポール・ハリソンまで。日本高校生デザイングランプリの受賞者も作家のひとりである点も浅葉ディレクションらしい。その上野真未さんは展覧会の内覧会に高校の制服姿で参加してくれた。

四谷シモン氏の人形、春画は他とは異なる一角に……と、多種多様な作品は時間軸、空間軸を超えるように配されている。古今東西の作品が響き合う展示にはっとさせられ、人間の普遍的な創造の力、感性の魅力に考えを巡らせる。実験的な展示ゆえにところどころに感じられる不協和音もあるが、それもまた醍醐味として感じられるのは浅葉さんの力以外のなにものでもない。
次にはどんな作品が現われるのか、浅葉さんを頼もしい探検隊長としてユーモアの密林を進んでいくかのような会場のなかで、重要なひとつとなっているのが、「シュルレアリスム」だ。

昨年9月、AGI(国際グラフィック連盟)のカンファレンスに出席するためにメキシコを旅した浅葉さんは、帰国後すぐ、1974年に他界したグアテマラ生まれのノーベル賞作家、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの『マヤの三つの太陽』をとり寄せている。なかでも次の一節に強くひかれたという。

「あたり一面が骨肉の争いを演じていた。椅子は椅子に突き当たった。ナイフはナイフに、フォークはフォークに、スプーンはスプーンに、ソース入れはソース入れに、皿は皿に、盃は盃に、コップはコップに、ナプキンはナプキンに、爪楊枝は爪楊枝に、灰皿は灰皿に、静止画の果物は天然の果物に、天然の果物は蝋細工の果物に、小ぶりのナイフと小ぶりのフォークをのせた魚料理用の食器一式は魚料理用の大振りの食器一式に、壜は壜に、食卓用水差しは食卓用水差しに、音もなく……それがみんな音もなく、音もなく、音もなく…死にものぐるいの戦いだ……」(1979年、岸本静江訳、新潮社)

上記の文章を挙げつつ、「ユーモアはシュルレアリスムである」と言い切る浅葉さん。
ある枠に納まることない表現の大きな力、豊かで限りのない想像力こそがユーモアだと述べる。そして、この考えのもとで展示している大切な作品のひとつが、瀧口修造作品だ。

「昭和十六年の春に、私はシュルレアリスムを日本に宣伝し若い美術家たちを煽動したというようなことで検挙された。そしてようやく釈放されて家へ帰った翌月かに太平洋戦争が起こってしまった」とシュルレアリスムと自身と時代について記していた瀧口修造氏。(『幻想画家論』1972年、せりか書房)。1970年代、浅葉さんは本人に会っていた。

場所は新宿二丁目。芸術、写真、漫画、建築といったジャンルを超えて、文化人が集い、踊り、怪しいパフォーマンスを繰り広げた伝説のスナック「ナジャ(Nadja)」(すでに閉店)と「アイララ(AiLARA)」でのことだ。(ちなみに浅葉さんは最近の書籍『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(アイララ&泉美木蘭 編著、Echelle-1、2018年)の装幀も手がけている)

本展で展示している瀧口作品はデカルコマニーを中心とする6点で、いずれも、ときの忘れものからお借りしている貴重な作品。瀧口氏がデカルコマニーをまず最初に制作、発表したと記録に残っているのは1937年。残念ながら空襲等で焼かれ、現存していないが、『アルバム・シュルレアリスト』(5月、『みづゑ』臨時創刊号)の表紙と裏表紙に掲載された作品がある。その少し前には、『阿々土』誌に、アンドレ・ブルトンの「対象の予想されないデカルコマニイについて—- 欲望のデカルコマニイ」(『ミノトール』誌、1936年)を翻訳、紹介している。

1958年に欧州旅行から帰国し、美術評論から水彩、ドローイングの制作に移っていった瀧口氏が、デカルコマニーの制作に没頭するようになったきっかけは1962年元旦のこと。偶然にもらったグアーシュで試作したのだった。本展で紹介しているデカルコマニーは制作年等不詳だが、ときの忘れものによると、水彩の作品は1960年頃、黒のデカルコマニーは1962年頃、白デカルコマニーは1960年代末~70年代初頭頃の制作とされる。 

デカルコマニーとは、水で濃淡をつけてグアーシュを紙に塗りひろげ、その上にもう一枚の紙を重ねて圧着させてからめくることで、自然に生まれた図像をつくりだす手法。完全には統制できず、偶然がもたらす割合の大きな作品となるが、「こうした受動性の体験は、瀧口修造にある新しい視野を、じつはそれまでもとめ続けていた視野をひらくことになる」(巖谷國士氏著『封印された星』(2004年、平凡社))。

21_21 DESIGN SIGHTでそれらの作品の前に立っていると、瀧口氏が旅に出る友に贈っていた「リバティ・パスポート」を始め、まさに私たちの「視野をひらく」シュルレアリストたちの刺激に満ちた活動の数々を思い起こさずにはいられない。瀧口氏が「『オブジェの店』を出すという観念が発酵」した1964年、その店名と看板の文字をマルセル・デュシャンに依頼した際、デュシャンからは、彼が偽名としていた「ローズ・セラヴィ(Rrose Sélavy)」を使用してよい、との返信があり、看板用の署名が届けられていたこと……等々。

デュシャンが「ローズ・セラヴィ」の名を用いて発表したことばの遊びについては、アンドレ・ブルトンが編集した『黒いユーモアの選集』(G.L.M.版、1937年。サジテール版、1950年)からも知ることができる通りだ。この偽名についてデュシャンは瀧口に対して、1920年代に最も一般的だった女性名Roseを「さらに平凡にするためrをだぶらせた」と説明しているようだが、「Eros, c'est la vie」など、いくつもの意味が隠されているようである。どこまでも自由な意識。シュルレアリスムの大きな魅力だ。

「ユーモアはシュルレアリスムである」と考える浅葉さんの展覧会ディレクションを通して、私たちは、知性と感性に支えられたユーモアの奥深さに気づかされ、わくわくさせられてしまう。そこには直感力や機知、見立ての精神も活かされている。そしてこうしたユーモアとは、受けとめる相手があってのことなのだという、最も重要な点にも改めて目を向けずにはいられない。

本展に際して浅葉さんが記したメッセージから、さらに一部を抜粋しておこう。
「①ユーモアは心を和ませる。②ユーモアは暗い氣持ちをひきたてる。
ユーモアの中身は複雑であるが、このふたつを頭の隅に置いて見てほしい。
ユーモアは、コミュニケーションの本質だ。」

「時代や国や文化によって異なるユーモア感覚もあるが、すべてを超えた笑いも存在するのではないだろうか」と浅葉さんは信じている。「ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR」の会場には「ナジャとアイララの半世紀」から10年、20年後に生まれた若い皆さんの姿も多いのだが、皆さんの表情を目にしていると、浅葉さんのメッセージが伝わっていることを感じることができる。

「最近、笑いが少なくなってしまっているんじゃないでしょうか?」と、本展内覧会にはお得意の南京玉すだれで会場を大いに沸かせた浅葉さんの情熱もまた、伝わっていることだろう。
さて、ユーモアの密林に足を運んでくださった皆さんは、密林を進みながら、一体何を感じられているのか。6月30日までの会期中、その感想をぜひうかがってみたい。
かわかみ のりこ

■川上 典李子
デザイン誌「AXIS」編集部を経て1994年に独立。国内外のデザイン誌に執筆、デザイナーの作品集等への寄稿も多数。主な著書に『リアライジング・デザイン』(TOTO出版)、共著に『ニッポン・プロダクト』(美術出版社)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキ氏との共著、日経BP)など。
2007年の21_21 DESIGN SIGHT開館時より同館アソシエイトディレクターとしても活動。
同館以外でもデザイン展覧会の企画に関わり、国際交流基金主催「WA——現代日本のデザインと調和の精神」展(2008年)、「Japanese Design Today 100」展(2014年より各国巡回中)、「London Design Biennale 2016」日本公式展示キュレトリアル・アドバイザー。2018年にはパリ、装飾美術館「Japon-Japonismes. Objets inspires, 1867-2018」展ゲストキュレーター。

「ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR」
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会期:2019 年3月15 日(金)~6月30 日(日)
休館日:火曜日(4 月30日は開館)
開館時間:10:00 ~19:00(入場は18 : 30 まで)
入館料:一般 1,100 円、大学生 800 円、高校生 500 円、中学生以下無料
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2
〒107-0052 東京都港区赤坂 9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン

主催:21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団
協力:株式会社グリーンディスプレイ、公益財団法人DNP 文化振興財団
展覧会ディレクター: 浅葉克己グラフィックデザイン
企画協力:中村至男、鈴野浩一/トラフ建築設計事務所、上條桂子

展示作家:赤木 仁、ロン・アラッド、浅葉 春、シュー・ビン、福田繁雄、早川祐太、ジャンピン・ヘ、日比野克彦、細谷 巖、井上嗣也、磯谷博史、金子國義、久里洋二、トミー・リー、中村至男、玉屋庄兵衛、立石大河亞、上野真未、ディーン・プール、ダミアン・プーレイン、渡辺紘平、スタンリー・ウォン、ジョン・ウッド&ポール・ハリソン、四谷シモン、瀧口修造

・ときの忘れもの発行の書籍も展示、販売しています。
1389162681597『瀧口修造展 I』図録
ときの忘れもの 発行
2014年
21.5x15.2cm 76P
図版:44点
税込価格 2,160円


1414476026321『瀧口修造展 II』図録
ときの忘れもの 発行
2014年
21.5x15.2cm 67P
図版:デカルコマニー47点
税込価格 2,160円


1506576097531『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
ときの忘れもの 発行
2017年
21.5x15.2cm 92P
掲載図版:65点
税込価格 2,700円


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《作品》
紙にドローイング
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Sheet size: 25.0x17.3cm
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