尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」第5回
エロと妖怪とシルクスクリーンと ~哀悼:佐伯俊男~

 画家・イラストレーターの佐伯俊男氏の訃報をTwitterで知った。訃報は公式サイトで1月14日に発表されたのち瞬く間にSNSで拡散し、仕事から帰宅して居間で一息ついていた僕のスマホにも届いた。思わず「え!」と漏れた声は、祖母が慌てて自室から飛び出てきたほど大きな声だったようだ。

 僕が佐伯俊男を知ったのは高校生の時分で、出会いは仙台駅前のブックオフだった。あの頃の僕は横尾忠則粟津潔などのデザイナーらが手がけたシルクスクリーン印刷による地下演劇のポスターに心酔していて、高校卒業後は美大に入ってシルクスクリーンをやるのだ!(それさえ叶えば僕は偉大なアーティストになれる)という偏狂的なシルクスクリーンへの恋心と勘違いを抱いていた。
 当時はヴィレッジ・ヴァンガードなどのサブカルチャー関連の商品が並ぶお店が地元にはなかったので、週末になると地下演劇関連の書籍や雑誌を捜して古本屋を巡っていた。そんなある日、仙台駅前のブックオフで僕は出会ってしまったのだ。佐伯俊男の絵に。

 その画集は表紙から既に只ならぬ気配があった。表紙の絵はシルクスクリーンで刷ったようにのっぺりとした色合いでフェティッシュだった。満月が浮かぶ夜、セーラー服のスカートを翻して太ももをさらけ出しながら自転車を立ち漕ぎしている女学生。よく見ると、なんと自転車のサドルに見えた部分はいやらしい老いた男の顔で(おそらく妖怪であろう)、赤い舌を伸ばして彼女の陰部を舐めようと狙っているではないか!(しかも彼女の表情に恐れはなく、異様な状況を受け入れている…)。“エロと妖怪とシルクスクリーン(実物はシルクスクリーンではなくオフセットの印刷)”。世の女の子がサーティーワンのトリプルの誘惑に抗えないように、男の子の三大好物が詰まった(ん?)この画集を開く手を、誰が止められたであろう!近くに人がいないことを確認し、不慣れな万引きをするが如く恐る恐るページをめくった瞬間、「あぁ…見てはいけないものを見てしまった。僕は一線を超えてしまった」という後ろめたさと恍惚が湧き上がった。ページをめくるたびに繰り広げられるエログロナンセンスな光景は、この世の法や倫理や常識の一切が通じない世界に立ち入っているという背徳感で僕を満たした。これはどんなエロ本を見ても湧き上がらなかった感情だった。何度も本を閉じては開き閉じては開きを繰り返し、こんな絵(失礼)を見て心臓をバクつかせニヤついているなぞ誰にも気付かれないよう注意しながら、ゆっくりと時間をかけて、1ページ1ページ視姦したのだった。さながら僕は佐伯俊男の描く覗き魔たちの共犯者であった。

 情けない話だが、当時の僕にはこの画集をレジに持っていく勇気と、書籍に五千円以上を払うという二つの勇気が無く、その後も画集が売れてしまうまでブックオフにこそこそ通うことになる。

 Twitterで佐伯俊男と検索すれば、止むことのない世界中のファンからの哀悼のメッセージにその人気の高さが伺える。中には10代らしき人のメッセージも少なくない。彼らもきっと15年前の僕のように、クラスメイトの知らぬ佐伯俊男ファンとしての一面を秘めて、薄暗い部屋で或いはブックオフで、ニヤニヤと画集をめくっているのだろう。

 早すぎる死を悼むとともに、ご冥福をお祈りします。

【個展のお知らせ】
2月8日(土)から宮城県は気仙沼のリアスアーク美術館で、2月18日(火)からは仙台のギャラリー ターンアラウンドで同時期に個展を開催します。詳しくは下記の美術館とギャラリーのホームページでご確認ください。
お待ち申し上げております。

・N.E.blood 21 vol.73 尾崎森平展
会期:2020年 2月8日(土)~ 3月15日(日)
会場:リアスアーク美術館(http://rias-ark.sakura.ne.jp/2/
   〒988-0171 宮城県気仙沼市赤岩牧沢138-5
休館日:毎週月・火曜日/祝日の翌日(土日を除く)
入場料:無料 ※常設展は有料


・尾崎森平「1 9 4 2 0 2 0」
会期:2020年 2月 18日(火) ~ 3月 1日(日)(月曜定休)
会場:ギャラリー ターンアラウンド(http://turn-around.jp/
   〒980-0805 宮城県仙台市青葉区大手町6 大手町6-22

mobil -オシラサマ-【タイトル】Mobil-オシラサマ-
【サイズ】852×1820×32mm
【素材】アクリル、キャンバス、パネル
【制作年】2012年
おざき しんぺい

尾崎森平 Shinpey OZAKI
1987年仙台市生まれ 。岩手大学教育学部芸術文化課程造形コース卒業。現代の東北の景色から立ち現れる神話や歴史的事象との共振を描く。2016年「VOCA 2016 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち 」大原美術館賞 。平成27年度 岩手県美術選奨。2019年4月ときの忘れもの「Tricolore2019―中村潤・尾崎森平・谷川桐子展」に出品。
ホームページ https://shinpeywarhol.wixsite.com/ozaki-shinpey

◆尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」は毎月25日の更新です。

●本日のお勧め作品は、横尾忠則です。
yokoo-31横尾忠則
「20th ANNIVERSARY 1998 LAFORET Harajuku」(赤)
1998年
オフセット
シートサイズ:1460×1040mm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2018年09月30日|竹田鎮三郎「メキシコ地震から一年~本当に困っている方のところに」
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
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