福井は「人絹王国」でした。そして今・・・

荒井由泰


私が理事長を務める福井県織物工業組合は2年前に、福井県こども歴史文化館の編集・監修のもと、「ふくい羽二重誕生ものがたり」を発刊し、福井県教育委員会に子供たちの副読本として寄贈させていただいた。最近では福井の名産品として「羽二重餅」が有名だが、元をたどれば群馬県の桐生から生産技術を学び、明治から大正にかけて日本一の生産量を誇った絹羽二重織物に由来している。福井で生産された「羽二重(はぶたえ)」が欧米諸国に大量に輸出され、福井の産業の基盤を作ったこと、さらには日本の外貨獲得に大きく貢献したことを子供たちに知ってもらうためにこの小冊子を制作した。なお、羽二重(はぶたえ)と高密度の平織の織物の名称であることも知って欲しかった。その折は皆様より、大人にとっても大変分かりやすいとご好評をいただいた。

そして本年4月に、その続編にあたる「ふくい人絹王国ものがたり」が出来上がり、織物工業組合から同じく県教育委員会に2000冊寄贈しました。

人絹王国1
ふくい人絹王国ものがたり
令和2年3月 第1刷発行 21.0×14.8cm 56ページ
編集・監修:福井県立こども歴史文化館
発行:福井県織物工業組合
デザイン:m-kuma(横川魅央)、印刷:スキット株式会社

せっかく機会をいただいたのでここにその内容を皆様にご紹介したい。

絹羽二重織物の国際競争力が低下する中、大正期には福井産地では絹に変わる新しい素材の研究がはじまっていた。その中、大正から戦前にかけて、人造絹糸こと「人絹(じんけん)」が一大産業として成長し、日本の産業を引っ張る存在となりつつありました。人絹は別名レーヨンで主にパルプを原料として製造された繊維・糸で、皆さんご存知の合繊・化学メーカーのほとんどがレーヨンの工業化を目指し、大正から昭和の初めに誕生しました。現在社名が変わりましたが、帝人(テイジン)は帝国人絹糸がスタートですし、東レは三井物産の新規事業の東洋レーヨン、クラレは倉敷レーヨン、旭化成は旭絹織(ベンベルグ)とすべてレーヨン生産と深く関わっています。「人絹」の凄さが分かって頂けると思います。

日本は当初欧州からの輸入品に頼っていましたが、国内生産が拡大し、世界一の人絹糸の生産国になります。そこに福井が登場します。昭和7年(1932年)に東京でもなく、大阪でもなく、福井に世界初の人絹取引所が開設されます。まさに福井人は先見の明がありました。そして5年後の昭和12年には人絹王と呼ばれた実業家の西野藤助氏の多額の寄付もあり「人絹会館」(地下1階、地上4階)が建設され、別館に人絹取引所が移転してきます。取引所で取引された人絹糸の多くが福井県内で織物にされ、アジアを中心として世界に輸出されました。人絹会館は「人絹王国」福井の繁栄の象徴でした。実際、人絹糸の扱いや人絹織物の扱いは福井に大きな富をもたらし、現在につながる産業・文化の基盤を作ったと言っても過言でないと思います。福井市内の昔はたくさんの芸妓さんがいた浜町の隆盛とも深く関わっていました。

人絹王国2

その人絹会館にはCR(シーアール:クラブ・レーヨン)という福井では唯一の欧風料理店があり、憧れの店でした。人絹会館の写真がなくて困っていたところ、こども歴史文化館の当時の笠松館長が工事を請け負った清水建設(当時の清水組)の本社に問い合わせ、ラッキーにも細部にわたる写真が見つかりました。今回の小冊子にはCRの写真も含め掲載することができました。

福井の繊維産業は大戦で大きな打撃を受けますが、戦時中は絹羽二重織物が落下傘の素材として使われたため、軍需産業として生き残り、さらに先に挙げた合繊・化学メーカーがナイロンやポリエステルの生産をはじめるに当り、パートナーあるいはプロダクションチームとして織物やニットなどの生産拠点・縁の下の力として発展します。しかし、グローバリゼーションの進展や為替の変動で、残念ながら他の繊維産地と同じく、1985年以降は規模の縮小が続いています。現在も、繊維産業はもちろん、繊維から発祥した化学や機械関連の企業群が福井の産業や文化を支えています。幸福度の高さや教育分野での高い評価も繊維産業の歴史と関わっているように思います。

人絹王国3

この「ふくい人絹王国ものがたり」は子供向けに作った冊子ですが、大人の皆さんにも「人絹」がいかに福井の産業そして文化を盛り上げてきたか知って頂けるのではと期待しています。

アートとの関連で付け加えますと、戦前・戦後と土岡秀太郎(つちおかひでたろう)が引っ張ってきた現代美術への強い想い(北荘・北美の活動)そして、戦後にはその活動が子供たちへの創造美育活動・小コレクター運動へと広がっていきます。派手なパーフォーマンスや情報発信は上手くないが、縁の下の力持ち的な地道な行動・活動、加えて新しいものにチャレンジする福井の県民性が後押ししたように思います。

また、私が理事長を務める福井県織物工業組合は福井の中心部にある繊協ビルの7階にありますが、このビルは昭和41年(1966年)に栄える繊維産業のシンボルとして建設されたものです。現在のビルの建て直し前の「繊協ビル」において、昭和35年(1960年)の5月に福井瑛九の会主催で「瑛九遺作展」が開催されています。福井の創造美育活動・小コレクター運動に関わった教員たちや一般のコレクターたちが瑛九の死を悼み、全国にさきがけ、開催されました。この一連の活動も長期にわたり福井を支えてきた繊維産業の歴史との深い繋がりを感じます。アートと経済(産業)は今後とも切り離されることなく続くでしょう。そして、これからもアートの持つ力、可能性を信じたいと思います。
あらいよしやす

●幕末明治福井150年博記念『ふくい羽二重誕生ものがたり
20200521191637_00001平成30年3月第1刷発行、21.0×14.8cm 56ページ
編集・監修:福井県立こども歴史文化館
発行:福井県織物工業組合
デザイン:m-kuma(横川魅央)
印刷:スキット株式会社


●福井市繊協ビルでの瑛九遺作展目録(1960年5月)
福井・瑛九遺作展1960年


『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
NC_cover_6002015年 96ページ 25.7x18.3cm
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄(19作家150点)
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫
ときの忘れもので扱っています(頒価:1,000円+税)。メールにてお申し込みください。

版画の景色 現代版画センターの軌跡』展カタログには荒井由泰さんも寄稿しています
DSC_0519発行:埼玉県立近代美術館 Ⓒ2018
編集:梅津元、五味良子、鴫原悠(埼玉県立近代美術館)
詳しい内容はコチラをお読みください。
ときの忘れもので扱っています(頒価:2,500円+税)。

*画廊亭主敬白
臨時休廊(予約制)58日目
ブログの常連、福井・アートフル勝山の会の荒井さんが初めて本業での寄稿をしてくださいました。
先人の苦労、成功と挫折、次代を担う子供たちに自分たちの故郷の来し方を伝えることはとても大事です。経済的繁栄だけでは真の豊かさは獲得できない、『ふくい人絹王国ものがたり』はそれを教えてくれる好著でした(ただし非売なので頒布はできません)。
福井の人たちは頒布会を組織し晩年の瑛九を支えました。瑛九の現存する油彩は約600点(700点は超えないだろうと言われています)、そのうち福井県だけで100点を超すコレクションがありました、すべて個人蔵です。生前に親交のあった人々が亡くなり、バブルを経ていま残っているのはそうはありませんが、作家を見る先駆的な目と、買うことによって支える豊かさが福井にはあったのでしょう。荒井さんのエッセイからはその一端がうかがえます。
昨日は瑛九展に予約された4組6人のお客様が来廊されました。久しぶりに画廊が華やぎ、飾られた絵も嬉しそうでした。三密を避け、ろくなお相手はできませんでしたが、皆さん図書室に座りのんびりとした時間を過ごしてくださったようです。
画廊は静かですが、メールでのお問合せ、ご注文を毎日いただき、在宅で対応するスタッフはてんてこ舞いしています。画廊の存続を心配して下さる皆さんのご厚意には、スタッフ一同、心より感謝しています。ありがとうございます。

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2015年07月24日|不運なオノサト、強運の瑛九
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没後60年 第29回瑛九展(Web展/アポイントメント制)開催中
会期=2020年5月8日[金]―5月30日[土]
皆様がご自宅で楽しんでいただけるよう初めて動画を制作し、第一部第二部をYouTubeで公開しています。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」もぜひお読みください。
※アポイント制にてご来廊いただける日時は、火曜~土曜の平日12:00~18:00となります。前日までにメールでご予約ください。日・月・祝日休廊。
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1958~59年の点描を中心に、油彩、フォトデッサン、版画など15点を展示しています。
今まで研究者やコレクターの皆さんが執筆して下さったエッセイや、亭主が発信した瑛九情報は2020年5月18日のブログ81日間<瑛九情報!>総目次(増補再録)にまとめて紹介しています。

◆ブログは作家、研究者、コレクターの皆さんによるエッセイを掲載し毎日更新を続けています(年中無休)。皆さんのプロフィールは奇数日の執筆者は4月21日に、偶数日の執筆者は4月24日にご紹介しています。

◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。