今日は、ギャラリー「ときの忘れもの」で「生誕100年 駒井哲郎展Part1~若き日の作家とパトロン」を。予約制で貸し切り状態。初期の油絵や初めての色彩銅板画、パトロンM氏に贈られた子どもを描いたもの、細長い魚のモチーフの銅板画などこれまで眼にしたことのない作品も。
横浜美術館、資生堂ギャラリーなど、駒井さんの作品は別格に好きでかなり観ているけれど、やはり1点でも部屋に飾れたらなあ、と夢想する。初日にほとんど売り切れたようだけど(もちろん版画とはいえそれなりのお値段なので、私には敷居が高いのが悲しい)。

(20200627/lentil_beansさんのtwitterより)>
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駒井哲郎を追いかけて第69回

西田武雄と室内社画堂

綿貫不二夫


 明治末の雑誌『方寸』以来の創作版画運動は、画家が自ら画き、彫って摺るという「版による絵」の必然として、一点物でもない、かといって大量印刷も困難な、いわば手から手へと手渡す頒布会形式によって経済的には支えられていった。創作版画の歴史は頒布に便利な版画雑誌や連刊版画集の歴史とも言えよう。
 旭正秀(4706E)や料治熊太(朝鳴)のように画家自身が版元となる例もあるが、一方熱心な愛好家が採算を度外視してその出版に取り組んだ例も少なくない。銀行員の傍ら(のちには版元に専念して)『日本風景版画』や『新東京百景』など創作版画史上の名シリーズを世に送り出した中島重太郎などはその代表だろう。こうした出版の多くは、日本人になじみ深い木版画であり、画家や愛好家のささやかな資本でも何とかなったのである。
 ところがプレス機など道具と材料に各段の費用がかかる銅版画の普及啓蒙に半生を注ぎ込んだのが西田武雄であった。銅版画家、明治初期洋画の研究家、近代日本の洋画商の先駆者の一人としても知られる西田は、自分の画廊「室内社画堂」で様々な展覧会を催す一方、資生堂を借りてゾーンなど海外作家(3007B)の紹介や、画商の石原龍一と組んで日本初の試みであるセリによる公開オークション(3210J)、明治初期洋画発達資料展(4212A)などを度々開催している。その活動は一言ではいえない程、幅広く精力的であった。

自身次のように述懐している。
私も四十になつた、画商を始めて十年。ヱッチングを描き出して十五年(中略)。ヱッチングを普及する様な仕事は、私には分相応の仕事だと思つている。商人になつたり、時には先生になつたり、宣伝の為に雑誌屋にもならねばならない。出来ればヱッチング講習の為に、全国行脚もしてみたいと思つている。いづれ各地に熱心なヱッチング研究家が続出して私のこの仕事をたすけてくれるだらうとは思ふが、今のところ何もかも私一人でやらなければならない」(『ヱッチング』 1932年11月創刊号)。
西田武雄エッチング2号《ピアノ》『ヱッチング』第2号、図版は西田武雄作品

 1894(明治27)年 7月11日三重県一志郡に生まれた西田は幼時横浜の大川家に養子となり、横浜商業学校(現市立横浜商業高校)に学ぶ。在学中の1914(大正 3)年第八回文展に水彩画が入選。翌年再び西田家へ戻った。本郷洋画研究所で岡田三郎助に師事。1921年第三回日本創作版画協会展に出品、版画家としても活動を始める。1925年丸ノ内の日米ビルに「室内社画堂」を開く。1927(昭和 2)年には麹町に移転。1931年同地に日本エッチング研究所を設立、翌年には雑誌『エッチング』を創刊する。アメリカに渡った国吉康雄から送られたラムゼンの技法書『ヱッチング術』の翻訳を掲載、毎号のように海外の銅版画とその技法を紹介した。国産製造したエッチングプレス機を販売して全国各地の学校などでエッチング講習会を開き、1940年「日本エッチング作家協会」の設立に参加、その発表展(4012C)を資生堂で開いている。駒井哲郎(5301G)も室内社に出入りし銅版を学んだ一人である。
西田武雄エッチング58号/0877_大垣 よりの駒井君と西田講師『ヱッチング』1937年8月第58号より、西田武雄と駒井哲郎(右)

 1945年室内社が戦災に遭い、郷里の三重県一志郡に疎開。この頃から半峰とも号した。
 戦後は郷里で独居、知友たちにその数二万枚を越えるといわれるハガキ絵と狂歌を書き送り、1961(昭和36)年 7月26日孤独な生涯を閉じている。
わたぬきふじお

*『資生堂ギャラリー七十五年史 1919~1994』(富山秀男監修 1995年 資生堂刊)に所収
西田武雄エッチング10号画像をクリックしてください、拡大します。右下の建物が室内社画堂と日本エッチング研究所

【註】
*4706E「デッサン社第十一回現代名家素描展覧会」1947年 6月19日~ 6月21日 
デッサン社を主宰する画家の旭正秀が資生堂ギャラリーを借りて開催した。石井鶴三、梅原龍三郎、猪熊弦一郎らが出品。

*3007B「ゾーン、エッチング展覧会」1930年 7月 7日~ 7月11日
西田武雄の室内社画堂が主催して資生堂ギャラリーで開催したアンダース・ゾーン(Anders Leonard Zorn 1860~1920)の版画展。

*3210J「第三回洋画糶賣会」1932年10月26日~10月27日
室内社画堂(西田武雄)と求龍堂(石原龍一)の共催で資生堂ギャラリーで開かれた公開オ-クション。第一回糶賣会は、この年の 6月29日、同じく室内社画堂の西田武雄と求龍堂の石原龍一の共催で銀座・紀伊國屋画廊で開かれている。
「我国最初の試みとして、入札法によらぬ洋画せり売り」(『日本洋画商史』1985年)といわれているこの糶賣会は、その後九回程開催され、第三回と第四回も資生堂で開催された。

*4212A「明治初期洋画発達資料展」1942年12月1日~12月4日
五姓田芳柳、高橋由一らの明治初期洋画の研究において一家言をもつ西田武雄が資生堂ギャラリーで開催した展覧会。主として五姓田一門の水彩、鉛筆、油絵など65点が出品された。

*4012C「第一回日本エッチング展覧会」1940年12月10日~12月13日
資生堂ギャラリーで開催された、西田武雄が主宰創立した日本エッチング研究所の展覧会である。西田はじめ、有島生馬、安井曽太郎、石井柏亭、今純三、長谷川潔、ルノワ-ル、ムンク、シャガ-ルなどの銅版画に交じり、当時20歳で東京美術学校の学生だった駒井哲郎も出品している。

*5301G「駒井哲郎個展」1953年1月28日~1月31日
戦後の版画界に彗星のごとくあらわれ、「銅版画の詩人」と謳われた駒井哲郎の記念すべき初個展は資生堂ギャラリーで開催された。この初個展を見た志水楠男が後に独立して1956年に南画廊をつくったとき、駒井哲郎展をオ-プン記念展としたのはあまりに有名である。

*画廊亭主敬白
駒井哲郎先生の師匠・西田武雄について、四半世紀も前に書いた駄文を再掲するのをお許しください。
西田は銅版特有の細い線によるハッチングで明暗を強調した人物像を多く残しています。銅版画家としてよりも、日本に初めて登場したプロフェッショナルな画商、エディターとして、また西洋版画の紹介者としてもっと評価されていいでしょう。さらに西田が蒐集した明治初期洋画資料等は膨大なものでした。それらは幸いなことに橘忠助という支援者のもとに保存されており、近年になって角田拓朗氏が調査し『橘忠助氏旧蔵美術資料群について』というレポートが公開されています(『神奈川県立博物館研究報告 人文科学 第37号』2012年3月)。
西田の著書には『エッチングの描き方』『画工志願』などがあり、文中で引用した雑誌『ヱッチング』(1932年11月~1944年2月まで通巻133号刊行された)は当時の美術界を知る資料の宝庫です(臨川書店から復刻版が出ています)。

●本日のお勧め作品は駒井哲郎です。
駒井哲郎《顔(びっくりしている少女)》 (1) - コピー

駒井哲郎 Tetsuro KOMAI 《顔(びっくりしている少女)
1975年  銅版
23.0×21.0cm
Ed.60  サインあり
※レゾネNo.312(美術出版社)
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものでは「生誕100年 駒井哲郎展 Part1 若き日の作家とパトロン」(アポイントメント制/WEB展)を開催中です。
会期=2020年6月16日[火]―7月11日[土]
皆様がご自宅でも楽しんでいただけるよう前回瑛九展に続き動画を制作しYouTubeで公開しています。
最終_komai_DM_両面
栗田秀法さんの特別寄稿(前編後編)をあわせてお読みください。
※アポイント制にてご来廊いただける日時は、火曜~土曜の平日12:00~18:00となります。前日までにメールでご予約ください。日・月・祝日休廊。

◆「没後60年 第29回瑛九展」は終了しましたが、今回初めて制作した動画・第一部第二部は引き続きYouTubeでご覧になれます。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」も併せてお読みください。
今まで研究者やコレクターの皆さんが執筆して下さったエッセイや、瑛九情報は2020年5月18日のブログ「81日間<瑛九情報!>総目次(増補再録)」にまとめて紹介しています。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。