小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第38回

今年の谷崎潤一郎賞が発表されました。
当店でも発売直後から仕入れて平積みにしていた『日本蒙昧前史』が受賞作となりました。作者は磯崎憲一郎さん。デビューから新作を楽しみにし続けている作家さんの一人です。
今回も、発売直後に買い、とても素晴らしい作品だと思いましたので、今回のブログでは、これをご紹介いたします。

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そもそも谷崎潤一郎賞の第一回受賞作は、店主も大好きな小島信夫の『抱擁家族』。小島信夫の薫陶を受けた保坂和志さん(『季節の記憶』で同賞受賞)と縁が深い作家の一人が、磯崎さんです。磯崎さんは、小島―保坂―磯崎と繋がり、今回の受賞は、そういった意味でも、とてもうれしいな、と思います。
さて、『日本蒙昧前史』、不思議なタイトルですが、読後感は、もっと不思議です。
「幸福の只中にいる人間がけっしてそのことに気づかないのと同様、一国の歴史の中で。その国民がもっとも果報に恵まれていた時代も、知らぬ間に過ぎ去っている。」というトルストイを彷彿とさせるような名文から小説は幕を開けます。
小説の語り手は、70年~80年に起こった数々の実際の出来事を、事実をベースに、しかし巧妙に固有名詞は排除して、語っていきます。五つ子ちゃん誕生や大阪万博、グリコ・森永事件などなど。固有名詞は語られませんが、そのこで語られることは「ああ、あの事件か」と思えるし、例え知らない事件でも、少しネットで調べれば、その概要はわかります。歴史を語るように、出来事は、つぎの出来事につながり、その語られ方は、まるで神様が、地上をみながらつぶやいている独り言のよう。いったいこの出来事が、何につながるのか、読者はどこに連れていかれるのか、心地よい、わくわくするような不安が広がります。
個人的に、特に印象的だったのは、太陽の塔の「アイ・ジャック事件」。太陽の塔の目玉に若い男が、乗り込み一週間占拠するという事件を描いた箇所です。それを双眼鏡でのぞいた岡本太郎(もちろん作中では名前は語られませんが・・・)が、嫉妬するシーンです。本当であれば自分があの場所にいるべきだった、自分は権力や資本家におもねってしまったと激しく後悔をしている岡本太郎の心中を描き「芸術家の犯した過ちは、後の時代の作家や音楽家、建築家、映画監督の犯す過ちの雛形となった。」と締めくくります。(「蒙昧前史」につながるようなテーマを感じさせる箇所でもあります。)
最後の60ページほどを割いて語られる戦後28年経ってグアムから帰還した元・日本兵の半生は、この小説のクライマックスです。今まで語られてきた出来事が直接つながる訳ではないですが、元・日本兵の半生と、帰還してから感じる自分への「違和感」は、圧巻。たんたんと事実めいた事柄が語られるだけで、これほどの感動を生み出せるとは。久しぶりに小説の底力を感じさせた一作でした。ぜひ未読の方は、読んで欲しいと思います。
ちなみに、この作品が気に入った方にはチェコの作家、パトリク・オウジェドニークの『エウロ・ペアナ 二〇世紀史概説』もおすすめ。こちらも虚と実を混ぜ合わせた語りがすごい作品です。
おくに たかし

小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。


●本日のお勧め作品はジョナス・メカスです。
01ジョナス・メカス
WALDEN #23"I love you I loved your bustle your noiseI could walk your streets forever drinking it all in I was your lover"
2005年
ラムダプリント
30.0x20.0cm
Ed.10 signed

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

「ジョナス・メカス展」を開催中です(予約制/WEB展)。
会期=2020年8月28日[金]―9月12日[土]*日・月・祝日休廊

メカス展DM
昨2019年1月23日に96歳で亡くなったジョナス・メカスさんが1980年代から精力的に取り組んだ<フローズン・フィルム・フレームズ=静止した映画>シリーズに焦点をあて写真、版画など25点を展観します。出品作品の詳細は8月27日ブログに掲載しました
※予約制にてご来廊いただける日時は、火曜~土曜の平日12:00~18:00となります。
※観覧をご希望の方は前日までにメール、電話にてご予約ください。

先着5名様、メカスさん自筆サイン入りカードプレゼントは完売しました
『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』表紙ジョナス・メカス ノート、対話、映画
著者:ジョナス・メカス
訳:木下哲夫、編:森國次郎
2012年せりか書房 発行
21.0x15.0cm  333P
1949年、肌寒いニューヨーク港に難民として降り立ったジョナス・メカス。入手したボレックスでニューヨークを、友人たちを、自らを撮り続けてきたメカスが語る、リトアニアへの想い、日記映画とニューヨークのアヴァンギャルド、フィルム・アーカイヴスの誕生…「ここに集められた文章は、どれも思い出であり、わたしの人生の一部である」。
主要作品のメカス自身による解説とコメンタリーを収録。
ときの忘れもので扱っています。
価格:5,170円(税込み) 送料:520円


20200903140658_00001『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』をお買い上げの方先着5名様にメカスさんの直筆サイン入りメッセージカードをお付けいたします(完売)。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。