松本竣介研究ノート 第20回
都会を歩く男~松本竣介のスケッチ帖
小松﨑拓男
前回、1985年綜合工房から出版されていたスケッチ帖の複製画集『松本竣介手帖』を話題にした。だが、別冊で付けられていた冊子の中野孝次のエッセーについては書いたが、肝心の画集そのものに関してはほとんど触れなかった。今回は少し内容に触れたい。
5冊のスケッチ帖にはそれぞれアルファベットでタイトルがつけられている。『KOZU』『ONNA』『TATEMONO』『TE ASHI』『ZATSU』の5冊である(図1)。ほぼ手のひらに収まる大きさだ。「一枚の大きな模造紙を幾つにも折りたたんで」松本竣介が「これは僕の速記帖だよ」と言って作ったものだ。禎子氏の記憶によれば、「雑記帳」を廃刊して2.3年後のことだったといい、それは「いつも竣介のポケットにあ」ったものだったという。(注)
図1
松本竣介『松本竣介手帖』1985年
例えば『TATEMONO』には、お馴染みの松本竣介の街並みや建物の素描が収められている。黒く細い線で素早く描かれた松本の線である。表紙には「駅の紙屑焼」と書かれた、まるでジブリのアニメ映画にでも出てきそうなユーモラスな形をした焼却炉が挿絵としてあしらわれている。(図2)
開いてみると、目黒川だろうか、川沿いを歩きつつ、目に留まる建物を見開きのページに描いている。目白と高田馬場の間にあった変電所の建物もある(図3)。さらにページを繰っていくと、油絵の作品の下絵や素材になったと思われる見覚えのある建物や光景も登場してくる。確かに松本がポケットにこの一冊を忍ばせながら、街並みを描き留めていたのだと実感はする。
図2
『TATEMONO』の表紙
図3
変電所のスケッチ 『TATEMONO』より
しかし、素早い筆致や、ゆるく歪んだ線、少し乱暴な描写など、現場で描いたことを想像させるものもあるが、思いの外、線や構図が整理されているようにも感じる。私にはこれが全て、その場で描いた一次スケッチであるかどうか判断がつかない。各冊がジャンル分けをされており、編集の意図のあるスケッチ帖である。聡明な松本のこと、何冊か持ち歩いて、最初のスケッチがあり、これは、実際は二次、三次スケッチかもしれない。
また、やはりこれが一次スケッチであり、数ある本画に至るスケッチが、この画帖を元に制作されたのかもしれない。松本は具象の画家であっても、目の前の風景をありのままに描く画家ではない。さまざまな要素を組み合わせて、都会の情景を独自の詩情で謳い上げた画家である。それが彼の絵画の大きな特徴でもある。だから現場の光景を描いたスケッチが存在したとしても、それらが本当に現場で描かれたものかを疑うことになる。後から構成されたものではないかと。また、描かれた順番や一次スケッチを推測するといった、モチーフについての分析や解釈は面白く、そして難しくもあるのだ。
実は、この『TATEMONO』というスケッチ帖の中には、明らかに日本の風景ではないものが混じっている。渡欧経験のない松本はもちろん現地で描いたわけもなく、おそらく雑誌などの写真から写したのだろうと思われる建物の風景が描かれている。本当に密かに紛れ込んでいるので、注意して見ていないと気がつかないかもしれない。
はっきりとそう思えるものは、一つはパリのノートルダム寺院(図4)。火災で焼け落ちたので覚えている方も多いだろう。流石にこれは見逃すまい。もう一点、パリの街の屋根の連なりを描き留めたもの(図5)。これも日本の風景ではない。イタリアと言われてもそうかとも思う。最後の方に描かれている5点ほどが怪しいのだが、つまり外国の風景を描いたものではないかと思うのだが、決め手に欠ける。西欧風の建物、並木に、街路樹、広告塔・・・外国語でも書き込まれていればすぐわかるのだが、松本はそんなヘマはしない。パリにありそうな広告塔のそばには人力車?(図6)パリには人力車はなかったはず、と思うのだが。だとすると、横浜あたりの異国情緒のある光景を描いたか?いろいろと推測してみるだけで面白い。
図4
ノートルダム寺院 『TATEMONO』より
図5
パリの建物の屋根 『TATEMONO』より
図6
広告塔と人力車 『TATEMONO』より
明らかな日本の風景のスケッチ、目黒川沿いのビルや洋風の建築、電灯に街路樹、歩道に橋。スルスルと眺めていると、いつの間にかパリの屋根に辿り着く。本当はどこかで明らかな断絶があるはずなのだが、巧妙にすり抜け、シームレスに情景は繋がる。同じ空気、同じ都会の風景が繋がってしまっている。ちょっとした迷路だ。私にはそんな松本竣介の街の逍遥と探索、そして少しのいたずら心が楽しくて仕方がない。
注 「」内の引用は全て別冊に掲載されている松本禎子「あとがき」からのものである。ノンブルが付されていないのでページは不記載とする。
(こまつざき たくお)
●小松﨑拓男のエッセイ「松本竣介研究ノート」は毎月3日の更新です。
■小松﨑拓男 Takuo KOMATSUZAKI
千葉県生まれ。横浜そごう美術館、郡山市美術館準備室、平塚市美術館の主任学芸員を経て、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸課長、広島市現代美術館学芸課長、副館長を歴任後、金沢美術工芸大学教授を2019年まで務める。現在、美術評論家連盟会員、文教大学情報学部非常勤講師として「美術」「サブカルチャー論」担当。
キュレーター時代には絵画をはじめとしてメディア・アートなど先端領域を含めた幅広い分野で近現代美術の展覧会を企画。村上隆、奈良美智、会田誠などを公立美術館で初めて本格的に紹介した。
主な展覧会に「TOKYO POP」(平塚市美術館)「New Media New Face / New York」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])「絵画新世紀」「サイバー・アジア」(広島市現代美術館)「エコメトロ」(光州ビエンナーレ)などがある。
●本日のお勧め作品は松本竣介です。
松本竣介 Shunsuke MATSUMOTO
《人物(W)》
紙にペン、水彩
イメージサイズ: 22.0x16.0cm
シートサイズ:26.8x18.2cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
都会を歩く男~松本竣介のスケッチ帖
小松﨑拓男
前回、1985年綜合工房から出版されていたスケッチ帖の複製画集『松本竣介手帖』を話題にした。だが、別冊で付けられていた冊子の中野孝次のエッセーについては書いたが、肝心の画集そのものに関してはほとんど触れなかった。今回は少し内容に触れたい。
5冊のスケッチ帖にはそれぞれアルファベットでタイトルがつけられている。『KOZU』『ONNA』『TATEMONO』『TE ASHI』『ZATSU』の5冊である(図1)。ほぼ手のひらに収まる大きさだ。「一枚の大きな模造紙を幾つにも折りたたんで」松本竣介が「これは僕の速記帖だよ」と言って作ったものだ。禎子氏の記憶によれば、「雑記帳」を廃刊して2.3年後のことだったといい、それは「いつも竣介のポケットにあ」ったものだったという。(注)

松本竣介『松本竣介手帖』1985年
例えば『TATEMONO』には、お馴染みの松本竣介の街並みや建物の素描が収められている。黒く細い線で素早く描かれた松本の線である。表紙には「駅の紙屑焼」と書かれた、まるでジブリのアニメ映画にでも出てきそうなユーモラスな形をした焼却炉が挿絵としてあしらわれている。(図2)
開いてみると、目黒川だろうか、川沿いを歩きつつ、目に留まる建物を見開きのページに描いている。目白と高田馬場の間にあった変電所の建物もある(図3)。さらにページを繰っていくと、油絵の作品の下絵や素材になったと思われる見覚えのある建物や光景も登場してくる。確かに松本がポケットにこの一冊を忍ばせながら、街並みを描き留めていたのだと実感はする。

『TATEMONO』の表紙

変電所のスケッチ 『TATEMONO』より
しかし、素早い筆致や、ゆるく歪んだ線、少し乱暴な描写など、現場で描いたことを想像させるものもあるが、思いの外、線や構図が整理されているようにも感じる。私にはこれが全て、その場で描いた一次スケッチであるかどうか判断がつかない。各冊がジャンル分けをされており、編集の意図のあるスケッチ帖である。聡明な松本のこと、何冊か持ち歩いて、最初のスケッチがあり、これは、実際は二次、三次スケッチかもしれない。
また、やはりこれが一次スケッチであり、数ある本画に至るスケッチが、この画帖を元に制作されたのかもしれない。松本は具象の画家であっても、目の前の風景をありのままに描く画家ではない。さまざまな要素を組み合わせて、都会の情景を独自の詩情で謳い上げた画家である。それが彼の絵画の大きな特徴でもある。だから現場の光景を描いたスケッチが存在したとしても、それらが本当に現場で描かれたものかを疑うことになる。後から構成されたものではないかと。また、描かれた順番や一次スケッチを推測するといった、モチーフについての分析や解釈は面白く、そして難しくもあるのだ。
実は、この『TATEMONO』というスケッチ帖の中には、明らかに日本の風景ではないものが混じっている。渡欧経験のない松本はもちろん現地で描いたわけもなく、おそらく雑誌などの写真から写したのだろうと思われる建物の風景が描かれている。本当に密かに紛れ込んでいるので、注意して見ていないと気がつかないかもしれない。
はっきりとそう思えるものは、一つはパリのノートルダム寺院(図4)。火災で焼け落ちたので覚えている方も多いだろう。流石にこれは見逃すまい。もう一点、パリの街の屋根の連なりを描き留めたもの(図5)。これも日本の風景ではない。イタリアと言われてもそうかとも思う。最後の方に描かれている5点ほどが怪しいのだが、つまり外国の風景を描いたものではないかと思うのだが、決め手に欠ける。西欧風の建物、並木に、街路樹、広告塔・・・外国語でも書き込まれていればすぐわかるのだが、松本はそんなヘマはしない。パリにありそうな広告塔のそばには人力車?(図6)パリには人力車はなかったはず、と思うのだが。だとすると、横浜あたりの異国情緒のある光景を描いたか?いろいろと推測してみるだけで面白い。

ノートルダム寺院 『TATEMONO』より

パリの建物の屋根 『TATEMONO』より

広告塔と人力車 『TATEMONO』より
明らかな日本の風景のスケッチ、目黒川沿いのビルや洋風の建築、電灯に街路樹、歩道に橋。スルスルと眺めていると、いつの間にかパリの屋根に辿り着く。本当はどこかで明らかな断絶があるはずなのだが、巧妙にすり抜け、シームレスに情景は繋がる。同じ空気、同じ都会の風景が繋がってしまっている。ちょっとした迷路だ。私にはそんな松本竣介の街の逍遥と探索、そして少しのいたずら心が楽しくて仕方がない。
注 「」内の引用は全て別冊に掲載されている松本禎子「あとがき」からのものである。ノンブルが付されていないのでページは不記載とする。
(こまつざき たくお)
●小松﨑拓男のエッセイ「松本竣介研究ノート」は毎月3日の更新です。
■小松﨑拓男 Takuo KOMATSUZAKI
千葉県生まれ。横浜そごう美術館、郡山市美術館準備室、平塚市美術館の主任学芸員を経て、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸課長、広島市現代美術館学芸課長、副館長を歴任後、金沢美術工芸大学教授を2019年まで務める。現在、美術評論家連盟会員、文教大学情報学部非常勤講師として「美術」「サブカルチャー論」担当。
キュレーター時代には絵画をはじめとしてメディア・アートなど先端領域を含めた幅広い分野で近現代美術の展覧会を企画。村上隆、奈良美智、会田誠などを公立美術館で初めて本格的に紹介した。
主な展覧会に「TOKYO POP」(平塚市美術館)「New Media New Face / New York」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])「絵画新世紀」「サイバー・アジア」(広島市現代美術館)「エコメトロ」(光州ビエンナーレ)などがある。
●本日のお勧め作品は松本竣介です。

《人物(W)》
紙にペン、水彩
イメージサイズ: 22.0x16.0cm
シートサイズ:26.8x18.2cm
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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