佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第47回

引き続き、秋田にて

 秋の宮から横手、大仙を経由して北上し、阿仁の集落へ向かった。
 天気は雲が透き通るような晴れだったが、やはり山へ、北の山へ入っていく感触があった。大仙から阿仁まではズルズルと一本の山道をかけ登っていく。だんだんと木々は紅葉し、葉っぱは道路の上を舞って、山は静けさを増していく。
 阿仁は「マタギの里」として知られている。確かな文献があるのか定かではないが、秋田各地のマタギの由来は阿仁地域にあると聞いた。阿仁から出てきた旅マタギ(渡りマタギ)が各地を訪れ、狩猟の技術をその地に伝えたらしい。前稿でふれた秋の宮のマタギも、かつて阿仁からやってきたマタギにその術を教わって始められたのだという。
 秋の宮でマタギの存在を知り、その由来を聞いて、ならば源流のほうへ遡行してみようと考えて、その道を辿って阿仁にやってきたのであった。そして、生活と道具の関わりを学びたいという自分の関心事をそこに引き寄せ、特に彼らが扱う刃物について調べてみた。そんな中で「ナガサ」というこの地域独自の刃物があることを知った。鉈の先端が尖っている剣鉈の一種であると思われるが、それは木やツタだけでなく、動物を切り裂くものだからである。刃渡りも4.5寸から9寸までと大きい。平地でボンヤリと暮らしている自分にはまず扱うことが難しそうな代物である。昨今、ナガサをはじめ刃物を叩く鍛冶屋さんはかなり減ってしまったようだが、阿仁にはまだ一軒、西根さんという方がやられているのを知り、そこに向かった。

202012佐藤研吾‗1(西根鍛冶店さん)

 西根さんの店内にはナガサだけでなく包丁や鎌などのさまざまな刃物が並べられていた。お店の向かいにある鍛冶場で西根さんとその息子さんが忙しく作業をしていた。訪れたのは10月始めであったが、なんでも来月の秋田県内で開催される種苗交換会で販売するハサミ作りが佳境のようであった。
 お話をうかがいつつ、自分が手に負えないだろうと分かりつつも、一つナガサを購入させていただいた。西洋のナイフともかなり違う、独特なアールがついた刃先をしている。一般的な鉈と同じく片研ぎの刃で、裏側は裏スキがなされている。なんとなく鉈の要素を引き継ぎながらも妖美な姿形をしたかなり変わった造形である。この造形はなにかこれから作るモノのきっかけになってくれそうな気はしている。

202012佐藤研吾‗2
購入したナガサの先端部分。

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裏押しされた部分。(作業で使ったままの姿なのでいささか汚れている。)

 西根さんのところではもうひとつ道具を購入させてもらった。薪ストーブで使うトングである。手打ちのトングとはなんと贅沢な、と思われるだろうがそれだけではなく、このトングは絶妙なバネ感があり、先端は薪ストーブ(特に時計ストーブ)の上フタを掴みやすいようにL字に折れ曲がっている。西根さんのところでは先代の方がおよそ50年前に考えて作ったこのトングをまだ現役に使っていた。そしてそのトングと同型を近年改めて作り始め、販売を始めたのだそうだ。この造形と塊感もかなり面白い。トロみのある黒皮の表面とその柄の細さ、そして根本のバネの感触は、鉄という素材の特性がそのままに露出した正直な形をしている。

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購入した薪ストーブ用のトング。
202012佐藤研吾‗5
ボテっとした先端だが、このくらいの幅がないと薪ストーブの上フタは持ちづらい。
けれども、このトングには単なる機能主義的な形態だけではないものを感じるのである。それをどういった言葉で表現するのか、(上では妖美な、などと言い表したが、)が課題である。

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五城目の製材所でいただいたスギ丸太。


阿仁を後にし、展示の打ち合わせのために秋田市に向かった。その途中の五城目で製材屋さんに立ち寄り、秋田のスギ丸太を何本かと偶然入ってきていたというナラの細目の丸太をいただいた。車に積んでおいたチェンソーを使ってその場で車に入るサイズに切らせてもらい、運びこむ。これを福島に持って帰って、ゴソゴソと手を加えていこうと考えている。さきほどのナガサとともに自分の木工道具もちゃんと整え直さないといけない。

この原稿が出る12月は、もう秋田は雪が積もっているのかもしれない。ここ数年の雪の少ない東北、それも南東北の福島しか知らない自分にとって、冬の秋田の世界は未知の極みである。その未知のところへ再訪する機を伺いつつも、ひとまず手に入れたいくつかの道具と材料を使って、福島で潜沈して制作をしたいと思う。
さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。
現在、福島県大玉村教育委員会地域おこし協力隊。

◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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