小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第42回
あっという間の一年が過ぎ、新しい一年が始まりました。
今年もどうぞよろしくお願いします。
2020年は、おそらく人類史に長く残る一年になったと思いますが、2021年はどんな年になるのでしょうか。変わったことと変わらないことが混ざり合った一年に、それでもなんとなく期待している自分がいます。少なくとも、危機は私たちを成長させる面もあると信じたい。そんな気分です。
さて、2021年最初にご紹介したい本はこの一冊です。
イギル・ボラ 矢澤浩子 訳
『きらめく拍手の音』(リトルモア)
同名のノンフィクション映画をご覧になった方もおいでかもしれません。
コーダの世界を描いたノンフィクションです。
「コーダ」とは耳が聴こえない両親のもとで育てられた耳が聴こえる子ども、のこと。
コーダは、幼い時から両親と、外の世界の橋渡しをになうことが多々あります。第一言語が、音声言語ではなく、手話であるということも多いようです。差別の問題や(本人には聴こえない言葉も彼らには聴こえる、その辛さは想像を絶するものがあります。)彼ら自身のアイデンティティの問題。
コーダである著者は、「自分のアイデンティティを見つけるために」両親にカメラを向けます。その長編ドキュメンタリーが製作されていく様を描いた「ドキュメンタリー」が、この一冊です。
「私は、手で話し、愛し、悲しむ人たちの世界が特別なんだと思ってきた。正確に言うと、自
分の父や母が誰より美しいと思っていた。口の言葉の代わりに手の言葉を使うことが、唇の代
わりに顔の表情を微妙に動かして手語を使うことが美しいと。しかし、誰もそれを『美しい』
とは言わなかった。世間の人たちはむしろそれを『障害』あるいは『欠陥』と呼んだ。」
私は聴者であり、両親も聴者なので、もちろん彼ら(ろう者やコーダ)の苦しみはわかりません。しかし、想像力はあるので、こういう一文に出会うと、その「美しさ」を「欠陥」と言われてしまう悲しみは、想像できます。しかも、それは幼い子ども時代の悲しみなのかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちになります。
そしてこんなシーンには、素直に感動します。
「ろう者は別の方法で拍手をする。
両腕を高く上げ手のひらをひらひらと左右に回転させて、視覚的な拍手の音を作り出すのだ。
何人かのろう者が手を上げてきらめく拍手をすると、後ろにいた人たちも会話を止めて前を見
た。自分の視野に違う動きを感知したのだ。
彼らは両手を上げ、手のひらを動かした。すると、その後ろにいた人たちも両手をさっと上
げ、きらめく拍手を始めた。ひとつのきらめく拍手がもうひとつのきらめく拍手を呼び、それ
がきらめく拍手の『音』となり、『喝采』となったのだった。」
この映画と本のタイトルにもなっている「きらめく拍手の音」は、まさに我々をつなぐ「音」です。同じ気持ちを体験すること、完全に理解することはできなくとも、私たちはその本質を共有できる。そして、そのためのテクノロジー(スマホのようなテクノロジーはもちろん、手話もテクノロジーです。)を我々は発見し続けるし、発達させ続ける。
この本の「きらめく拍手の音」を象徴として、私は希望の少なかった2020年に、大きな力をもらった気がしています。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は宇田義久です。
宇田義久 Yoshihisa UDA
"leafisheed 13-1(blue)"
2013年
板、木綿布、アクリル絵具、ウレタンニス
30.0×17.5×8.5cm
裏面にサインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「第2回エディション展/版画掌誌ときの忘れもの」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2021年1月6日[水]—1月23日[土]*日・月・祝日休廊

『版画掌誌 ときの忘れもの』 は優れた同時代作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘を目指し創刊したオリジナル版画入り大型美術誌です。本展では第1号から第5号までをご覧いただきます。
●多事多難だった昨年ですが(2020年の回顧はコチラをご覧ください)、今年も画廊空間とネット空間を往還しながら様々な企画を発信していきます。ブログは今年も年中無休です(昨年の執筆者50人をご紹介しました)。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第2回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。12月28日には第2回目の特別頒布会も開催しています。お気軽にお問い合わせください。
●『ジョナス・メカス論集 映像詩人の全貌』が刊行されました。
執筆:ジョナス・メカス、井戸沼紀美、吉増剛造、井上春生、飯村隆彦、飯村昭子、正津勉、綿貫不二夫、原將人、木下哲夫、髙嶺剛、金子遊、石原海、村山匡一郎、越後谷卓司、菊井崇史、佐々木友輔、吉田悠樹彦、齊藤路蘭、井上二郎、川野太郎、柴垣萌子、若林良
*ときの忘れもので扱っています。メール・fax等でお申し込みください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
あっという間の一年が過ぎ、新しい一年が始まりました。
今年もどうぞよろしくお願いします。
2020年は、おそらく人類史に長く残る一年になったと思いますが、2021年はどんな年になるのでしょうか。変わったことと変わらないことが混ざり合った一年に、それでもなんとなく期待している自分がいます。少なくとも、危機は私たちを成長させる面もあると信じたい。そんな気分です。
さて、2021年最初にご紹介したい本はこの一冊です。

『きらめく拍手の音』(リトルモア)
同名のノンフィクション映画をご覧になった方もおいでかもしれません。
コーダの世界を描いたノンフィクションです。
「コーダ」とは耳が聴こえない両親のもとで育てられた耳が聴こえる子ども、のこと。
コーダは、幼い時から両親と、外の世界の橋渡しをになうことが多々あります。第一言語が、音声言語ではなく、手話であるということも多いようです。差別の問題や(本人には聴こえない言葉も彼らには聴こえる、その辛さは想像を絶するものがあります。)彼ら自身のアイデンティティの問題。
コーダである著者は、「自分のアイデンティティを見つけるために」両親にカメラを向けます。その長編ドキュメンタリーが製作されていく様を描いた「ドキュメンタリー」が、この一冊です。
「私は、手で話し、愛し、悲しむ人たちの世界が特別なんだと思ってきた。正確に言うと、自
分の父や母が誰より美しいと思っていた。口の言葉の代わりに手の言葉を使うことが、唇の代
わりに顔の表情を微妙に動かして手語を使うことが美しいと。しかし、誰もそれを『美しい』
とは言わなかった。世間の人たちはむしろそれを『障害』あるいは『欠陥』と呼んだ。」
私は聴者であり、両親も聴者なので、もちろん彼ら(ろう者やコーダ)の苦しみはわかりません。しかし、想像力はあるので、こういう一文に出会うと、その「美しさ」を「欠陥」と言われてしまう悲しみは、想像できます。しかも、それは幼い子ども時代の悲しみなのかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちになります。
そしてこんなシーンには、素直に感動します。
「ろう者は別の方法で拍手をする。
両腕を高く上げ手のひらをひらひらと左右に回転させて、視覚的な拍手の音を作り出すのだ。
何人かのろう者が手を上げてきらめく拍手をすると、後ろにいた人たちも会話を止めて前を見
た。自分の視野に違う動きを感知したのだ。
彼らは両手を上げ、手のひらを動かした。すると、その後ろにいた人たちも両手をさっと上
げ、きらめく拍手を始めた。ひとつのきらめく拍手がもうひとつのきらめく拍手を呼び、それ
がきらめく拍手の『音』となり、『喝采』となったのだった。」
この映画と本のタイトルにもなっている「きらめく拍手の音」は、まさに我々をつなぐ「音」です。同じ気持ちを体験すること、完全に理解することはできなくとも、私たちはその本質を共有できる。そして、そのためのテクノロジー(スマホのようなテクノロジーはもちろん、手話もテクノロジーです。)を我々は発見し続けるし、発達させ続ける。
この本の「きらめく拍手の音」を象徴として、私は希望の少なかった2020年に、大きな力をもらった気がしています。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は宇田義久です。

"leafisheed 13-1(blue)"
2013年
板、木綿布、アクリル絵具、ウレタンニス
30.0×17.5×8.5cm
裏面にサインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「第2回エディション展/版画掌誌ときの忘れもの」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2021年1月6日[水]—1月23日[土]*日・月・祝日休廊

『版画掌誌 ときの忘れもの』 は優れた同時代作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘を目指し創刊したオリジナル版画入り大型美術誌です。本展では第1号から第5号までをご覧いただきます。
●多事多難だった昨年ですが(2020年の回顧はコチラをご覧ください)、今年も画廊空間とネット空間を往還しながら様々な企画を発信していきます。ブログは今年も年中無休です(昨年の執筆者50人をご紹介しました)。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第2回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。

●『ジョナス・メカス論集 映像詩人の全貌』が刊行されました。

*ときの忘れもので扱っています。メール・fax等でお申し込みください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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