王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第14回

「2021年宇宙の旅 モノリス_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ」展を訪れて

 GYRE Gallery(東京都渋谷区)で2021年2月19日から4月25日まで開催している「2021年宇宙の旅 モノリス_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ」展に行ってきました。同館は、前身のEYE OF GYREの頃から、美術、デザイン、工芸、ファッション、写真などジャンルを超えたカッティングエッジな展覧会を開催してきたギャラリーで、建築周辺では、これまでに「CITY 2.0 -WEB世代の都市進化論」(2010)、「超群島-HYPER ARCHIPELAGO-」(2012)、「建築家にならなかった建築家たち」(2013)、永山祐子展「建築から始まる未来」(2013)、「アセンブル_共同体の幻想と未来」(2016)などがありました。
 今回の展覧会には、昨年『a+u』に作品が紹介された、AAスクールで建築を学んだ経験があり、MITメディアラボでMEDIATED MATTERを率いている、ネリ・オックスマンの作品が目当てで行きました。強く想像できることや、現実味を帯びるとはどういうことだろう、とわからないまま今も考えています。

 ギャラリーがある複合商業施設GYREは、オランダ・ロッテルダムを本拠とする設計集団MVRDVと竹中工務店が共同設計し2007年にオープンしました。表参道、キャットストリートと区道に面し、表参道を挟んだ斜向かいには安藤忠雄さんが設計した表参道ヒルズ、区道を挟んだ向かいにはSANAAが設計したDior表参道があります。ひとフロア945~1303平米、階高5.5m(天井高3.5m)の5つの黒い箱がずらされて積まれ、それらを屋外テラスと外部階段が繋いでいる造形が特徴で、MVRDVのヤコブ・ファン・ライスさんは雑誌のインタビューの中で、最も実現したかったアイディアとして「垂直の歩道をつくる」という人の動きのデザインを挙げています。訪れた人たちが表参道やキャットストリートを歩く延長として、ビルの外部空間を螺旋状に歩き、各階に移動できることが目指されました。
 完成した建築は、垂直の主動線はフロア中央部にあるエレベーターとエスカレーターですが、外部階段を利用するとキャットストリート(西側)から南側を経由して5階テラスのある東側へ、5階の西側のテラスからの参道側(北側)の4階テラスを経由してDiorのある区道側(東側)へ、螺旋状の移動が理論上はできるようになっています。また、地下1階には長坂常さんが設計したHAY TOKYO、4階には田根剛さんが設計したGYRE. FOODがあり、後者については後で少し触れたいと思います。(以下、文中敬称略とさせていただきます。)

202104王聖美‗写真1

1、2021年とその先を想像する
 本展はギャラリー面積約140㎡のうち、エントランスを除く3つの展示室に9組の作家の作品が展示されました。「時空の歪み」と題された第1展示室には、空間を閉じ込めるという反転の発想にどきりとする赤瀬川原平の《宇宙の罐詰》、黒い闇に吸い込まれるようなアニッシュ・カプーアの《サイフォン ミラー_クロ》、一定に流れているニュートン的な絶対時間が壊れたり狂っていくようなダレン・アーモンドの《Perfect Time (14 x 1) 》と《Intime (4 x 2)》などが並び、地球上で私たちが一般的に慣れ親しんでいる絶対時間と絶対空間という時空の概念が揺らぐような導入部でした。

202104王聖美‗写真2赤瀬川原平《宇宙の罐詰》

202104王聖美‗写真3アニッシュ・カプーア《サイフォン ミラー_クロ》、ダレン・アーモンド《Perfect Time (14 x 1) 》、《Intime (4 x 2)》

 続いて、「月面とポストトゥルース」と題された第2展示室では、周期的/反復的なものごとの考え方を思わせる森万里子の《トランスサークル》、異なる所で撮られた写真がコラージュされ入れ替えられ、時間と場所、始まりと終わりが混ざっていくようなオノデラユキの《月の裏側 No.1》、時流に取り残されていたキャラクターが再生され、月面を彷徨っているピエール・ユイグの《100万年王国》、参考としてウィキリークスが公開した「ネバダ砂漠で撮られた月面着陸の未使用動画」が展示されています。ここでは、現在2021年の混沌とした状況が表現されているのでしょうか。状況を打破するために、既存のものの見方や普遍的な常識を疑うこと、直線的ではなく円環的な発想、匿名性といったキーワードが浮かびました。

202104王聖美‗写真4オノデラユキの《月の裏側 No.1》

202104王聖美‗写真5ピエール・ユイグの《100万年王国》

202104王聖美‗写真6ウィキリークス「ネバダ砂漠で撮られた月面着陸の未使用動画」

 更に、「隠喩としてのスターチャイルド」と題された第3展示室では、人間中心的な思考を脱し人新世を生き抜くための達観した考え方が以下の作品群によって示されました。生態系をプロダクトやファッションのデザインに取り込む作品を制作しているネリ・オックスマンの《流離う者たち》は、人が地球外の惑星空間で着る臓器をデザインしたもので、注入された微生物の活動に支えられて生命を維持する人類の姿を創出しました。また、本展のサブタイトルになっている『ニュー・ダーク・エイジ』の著者でもあるジェームズ・ブライドルは、《Se ti sabir》の中で、動物にも植物にもある種の知性があり、その知性自体が一種のネットワークであり、コミュニケーションを促すものとして存在していること、そして人間が生み出す新しいAIを通じて、これまで目を向けてこなかった「知性」が見えるようになるかもしれない、と伝えています。そして、『ニュー・ダーク・エイジ』を訳した久保田晃弘が取り組むプロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)の《FORMATA》は、人工的に原始の惑星を再現したもので、その中で変化する化学物質の「生命らしさ」を問いとして投げかけています。

202104王聖美‗写真7ネリ・オックスマンの《流離う者たち》

202104王聖美‗写真8ネリ・オックスマンの《流離う者たち》

 ところで、同展は会場内のテキスト情報は最小限にとどめられ、鑑賞者がスマホで壁面にあるQRコードを読み取った先に、各章の導入文や作品解説が載っています。同様の方法で解説や音声ガイドにアクセスすること自体は珍しいことではありませんが、QRコードによって別の次元が用意されていたことは、この展示にとっては相性が良かったと思いますし、個人的には現場で文字から解放されることで、作品から広がる想像や思考に集中できました。一方で、展示デザインにおいてインクルーシブデザインや感染防止対策を複合的に考慮することは、自身の思案として残っています。

202104王聖美‗写真9


2、1968年と2021年
 ギャラリーのエントランスに参考としてモノリスが設置されています。モノリスは、『2001年宇宙の旅』でキューブリックらにより生み出された人類の進化を促す石板ですが、昨年からアメリカとヨーロッパの複数箇所でモノリスを参照した物体が出現し、一部はアート・コレクティブThe Most Famous Artistによるものとされながらも、模倣物が次々出現し、新型コロナによるパンデミックへの反応という見方もできます。展覧会の冒頭で見る象徴的なモノリスに対し、順路の終わりで見えるモノリスの背面は、中の構造材が見える空洞でした。モノリスは何を言わんとしてるのか考えさせられます。

202104王聖美‗写真10モノリスの裏側

 映画『2001年宇宙の旅』(1968)が制作された60年代半ばは、キューバ危機を経て米ソ冷戦の中でスペースレースが加熱していた時代で、アメリカのアポロ11号が月面着陸したのは1969年でした。世界で同時多発的に学生運動、反戦運動、さまざまな市民運動とカウンターカルチャーが起こり始めた頃でもあり、未来に希望が持てた人間中心的なムードだったのだと思います。一方で、2021年、同展に沿って言うならば、情報技術がもたらしたニュー・ダーク・エイジ、地球環境の変化による数々の危機と新型コロナウィルス感染症のパンデミックをサバイブすることが目下の課題となり、未来の予測は困難で、人間はデジタル環境、自然環境、資源、生物と共存しているという見方に変わっています。同展は、コンセプチュアルアート、メディアアート、バイオアートを通じて、2021年以降の未来を考える展覧会だったと同時に、60年代半ばと現代の約50年の差や隔たりが現れた展覧会でもあったと感じました。

3、強い想像力が生むもの
 ネリ・オックスマンの《流離う者たち》は、筆者自身が装着する実感までは湧いていませんが、作家たちの想像力の強さや、プロダクトの現実味を感じました。それらは確かなリサーチと研究が生むものなのだと思います。
 キューブリック監督はスタッフを率いて徹底した情報収集と調査をすることで有名ですが、ある書籍によると『2001年宇宙の旅』でカットされた未公開シーンに、フロイド博士が愛娘へのプレゼントを買うためにテレビ電話ショッピングするシーンや、月面基地に住む隊員の家族の暮らしのシーン、宇宙船ディスカバリー号で乗務員がピアノを弾くシーンなどがあるそうです。残念ながら私たちはこれらを見ることはできませんが、制作者たちが架空の日常や生活にまで強いイマジネーションを働かせていたからこそ、未だ色褪せない映画のリアリティが生まれたのだと思いました。

 さいごに、もう一つ想像する強さが生んだ場所があります。GYRE4階にあるGYRE. FOODは、2つのレストラン、ショップ、バーとイベントスペースがある食のフロアで、2020リニューアルオープンしました。設計者の田根剛は、ここで、熱帯化してジャングルのようになり、植物と土に覆われた近代遺跡のようになる未来の東京の姿を想像したそうです。そして設計の手順の中で、各地の食習慣や古代遺跡のリサーチを行い、古代遺跡の中にテーブルやイスを並べたコラージュ画像をコンセプトイメージとして作っています。
 床、壁、プランタ、カウンター、テーブルなどインテリアの随所に土を使った職人仕事と、生き生きした植栽設計に支えられ完成した食空間では、サスティナブル活動や循環を実践しているようで、筆者が訪れた日はマルシェが行われていました。
おう せいび

●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」偶数月18日に掲載しています。

■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。国内、中国、シンガポールで図書館など教育文化施設の設計職を経て、2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。主な企画に「Wandering Wonder -ここが学ぶ場-」展、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」展、「Nomadic Rhapsody-”超移動社会”がもたらす新たな変容-」展、「UNBUILT:Lost or Suspended」展。

「2021年宇宙の旅 モノリス_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ」展
主催:GYRE / スクールデレック芸術社会学研究所
会期:2021年2月19日(金)- 4月25日(日)
会場:GYRE GALLERY 東京都渋谷区神宮前 5-10-1 GYRE3F Tel.03-3498-6990
企画:飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
企画協力:高橋洋介(キュレーター)
デザイン:長嶋りかこ(village R)
意匠協力:C田VA(小林丈人+太田遼+髙田光)
機材協力:Suga Art Studio
協力:森美術館、公益財団法人石川文化振興財団、Yumiko Chiba Associates, SCAI THE BATHHOUSE, HiRAO INC
出展作家:
赤瀬川原平(日本、1934~2014)、アニッシュ・カプーア(イギリス、1954年~)、ピエール・ユイグ(フランス、1962~)、オノデラユキ(日本、1962~) 、森万里子(日本、1967~)、 ダレン・アーモンド(イギリス、1971~) ネリ・オックスマン(アメリカ、1976~)、ジェームズ・ブライドル(アメリカ、1980~)、プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)

●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
andou_07_sebiria安藤忠雄 Tadao ANDO「セビリア万博日本館」
1998年 シルクスクリーン
イメージサイズ:49.0×50.0cm
シートサイズ:90.0×60.0cm
A版:Ed.10、B版:Ed.35  サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT
202102王聖美_写真2IMG-6740佐藤研吾《シャンティニケタンの住宅》、Nilanjan Bandyopadhyay
5月30日(日)まで「謳う建築」展が開催中、佐藤研吾が出品しています。

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。