Artists Recently 第10回/戸村茂樹
絵の工房から
《北緯40度 VI》
2020年
エッチング
146×146mm
Ed.24
※画像は戸村茂樹先生のFacebookより転載しています。
私は北東北の街、盛岡市で暮らしながら素描と銅版画の仕事をしています。 1970年の春に高校を卒業した私が、故郷を離れてこの街に移り住んだのは、美術教師の資格が取れる学校があったからでした。しかし当時まだ人口18万人ほどの盛岡に美術館はなく、いつでも美術作品が見られる場所は、街にある一軒の画廊だけという環境だったのです。それが盛岡画廊(のちのMORIOKA第一画廊)でした。 私にとって幸いなことに、盛岡画廊はちょうど一年前から本格的な活動を再開して、版画作品の紹介に最も力を入れている時期でした。感岡での生活と同時に、私の画廊通いも始まり、池田満寿夫、長谷川潔、浜口陽三、南桂子といった同時代に世界で活躍している作家達の銅版画を間近に見るうちに、自分でもぜひつくってみたいと思うようになったのです。
学校では版画の授業がありませんでしたが、私は夏休みのある日、一冊の技法書を頼りに して薄い金属板にドライポイントの方法で線を刻み、壊れかけていた版画プレス機で刷ってみました。期待をふくらませながら取りあげた紙の上にはかすれた線がわずかにあるばかりで、画廊で目にする作品の力強さとは比べものにならないものでしたが、それでも私の銅版画制作は、この一枚から始まりました。
70年ー80年代は版画がとても盛んで、世界中で版画コンクールが開かれ、あらゆる印刷技術を使った作品がしのぎを削っている時代でもありましたが、私はむしろ、その頃盛岡画廊で偶然見た、小さなドライポイントの印象の方が心に残っています。それはドイツの作家、ヴォルス (1913-1951)の版画で、恐らく、既にたくさん刷られた後の作品だったと思われました。近付いてみると、消え入りそうな淡い線の形象がやっとわかるというような版画でしたが、私はこの作品を支えているのがインクの物質感ではなく、絵の力そのものだと気づいたのです。かすかな線でありながら、そこからはヴォルスの感覚がはっきりと伝わってくるのでした。
半世紀ものあいだ素描と銅版画ばかり描いていると、白い紙と鉛筆やインクなど、ずいぶん頼りない画材にこだわってきたなと思うことはあります。それでも私には、手の働きができるだけ直截に表れる、質素な材料と素朴な方法とが性に合っています。もしかすると私の絵は、しだいに最初のドライポイントに近付いているということになるのかもしれません。今は無い盛岡画廊で見たヴォルスの記憶は、そんなことまで想像させるのです。
(とむらしげき)
■戸村茂樹 Shigeki TOMURA
1951(昭和26)八戸市生まれ。岩手大学特設美術科卒業。1973年から75年にかけて国画会展に出品。その後84年から版画制作に専念し、85年岩手県優秀美術選奨受賞作家展(萬鉄五郎記念美術館)、87年版画「期待の新人作家」大賞展買上賞。また、89年、91年、第6回、7回ウッジ国際小版画展(ポーランド)で名誉メダル賞を連続受賞。98年第2回ブラティスラヴァ国際エクスリブリストリエンナーレグランプリ(スロバキア)を受賞するなど海外においても多数の受賞を重ねる。
ロシア、イギリス、ドイツ、アメリカなど、海外での作品発表も多い。
現在は盛岡市在住。風景描写の中に、現実には見えないが確実に存在しているものを、自然の時の移ろいや空気感に託して、一本一本丹念に線に刻み込んで描く。
●本日のお勧めは戸村茂樹です。
戸村茂樹 Shigeki TOMURA
《晩夏IV》
インク・紙
19.0x13.5cm
サインあり
戸村茂樹 Shigeki TOMURA
《樹影Ⅰ》
1988年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:21.8×22.2cm
シートサイズ:33.5×33.8cm
Ed.50
サインあり
戸村茂樹 Shigeki TOMURA
《樹影ⅠⅠ》
1988年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:22.2×22.0cm
シートサイズ:34.0×33.5cm
Ed.50
サインあり
戸村茂樹 Shigeki TOMURA
《樹影 III》
1989年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:22.2×22.1cm
シートサイズ:34.0×33.5cm
Ed.50
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●版画集のご紹介


『戸村茂樹銅版画展―存在の彼方へ』
2005年に石神の丘美術館で開催された展覧会の図録。
盛岡を拠点に活動を続ける戸村茂樹の作品と歩みを収録。
仕様:A5サイズ/92ページ
発行者:石神の丘美術館
こちらもあわせてお読みくださいませ
ブログ2020年12月02日『MORIOKA第一画廊 半世紀の活動に幕』
●作家が近況を語るArtists Recentlyは毎月15日の更新です。
絵の工房から

2020年
エッチング
146×146mm
Ed.24
※画像は戸村茂樹先生のFacebookより転載しています。
私は北東北の街、盛岡市で暮らしながら素描と銅版画の仕事をしています。 1970年の春に高校を卒業した私が、故郷を離れてこの街に移り住んだのは、美術教師の資格が取れる学校があったからでした。しかし当時まだ人口18万人ほどの盛岡に美術館はなく、いつでも美術作品が見られる場所は、街にある一軒の画廊だけという環境だったのです。それが盛岡画廊(のちのMORIOKA第一画廊)でした。 私にとって幸いなことに、盛岡画廊はちょうど一年前から本格的な活動を再開して、版画作品の紹介に最も力を入れている時期でした。感岡での生活と同時に、私の画廊通いも始まり、池田満寿夫、長谷川潔、浜口陽三、南桂子といった同時代に世界で活躍している作家達の銅版画を間近に見るうちに、自分でもぜひつくってみたいと思うようになったのです。
学校では版画の授業がありませんでしたが、私は夏休みのある日、一冊の技法書を頼りに して薄い金属板にドライポイントの方法で線を刻み、壊れかけていた版画プレス機で刷ってみました。期待をふくらませながら取りあげた紙の上にはかすれた線がわずかにあるばかりで、画廊で目にする作品の力強さとは比べものにならないものでしたが、それでも私の銅版画制作は、この一枚から始まりました。
70年ー80年代は版画がとても盛んで、世界中で版画コンクールが開かれ、あらゆる印刷技術を使った作品がしのぎを削っている時代でもありましたが、私はむしろ、その頃盛岡画廊で偶然見た、小さなドライポイントの印象の方が心に残っています。それはドイツの作家、ヴォルス (1913-1951)の版画で、恐らく、既にたくさん刷られた後の作品だったと思われました。近付いてみると、消え入りそうな淡い線の形象がやっとわかるというような版画でしたが、私はこの作品を支えているのがインクの物質感ではなく、絵の力そのものだと気づいたのです。かすかな線でありながら、そこからはヴォルスの感覚がはっきりと伝わってくるのでした。
半世紀ものあいだ素描と銅版画ばかり描いていると、白い紙と鉛筆やインクなど、ずいぶん頼りない画材にこだわってきたなと思うことはあります。それでも私には、手の働きができるだけ直截に表れる、質素な材料と素朴な方法とが性に合っています。もしかすると私の絵は、しだいに最初のドライポイントに近付いているということになるのかもしれません。今は無い盛岡画廊で見たヴォルスの記憶は、そんなことまで想像させるのです。
(とむらしげき)
■戸村茂樹 Shigeki TOMURA
1951(昭和26)八戸市生まれ。岩手大学特設美術科卒業。1973年から75年にかけて国画会展に出品。その後84年から版画制作に専念し、85年岩手県優秀美術選奨受賞作家展(萬鉄五郎記念美術館)、87年版画「期待の新人作家」大賞展買上賞。また、89年、91年、第6回、7回ウッジ国際小版画展(ポーランド)で名誉メダル賞を連続受賞。98年第2回ブラティスラヴァ国際エクスリブリストリエンナーレグランプリ(スロバキア)を受賞するなど海外においても多数の受賞を重ねる。
ロシア、イギリス、ドイツ、アメリカなど、海外での作品発表も多い。
現在は盛岡市在住。風景描写の中に、現実には見えないが確実に存在しているものを、自然の時の移ろいや空気感に託して、一本一本丹念に線に刻み込んで描く。
●本日のお勧めは戸村茂樹です。

《晩夏IV》
インク・紙
19.0x13.5cm
サインあり

《樹影Ⅰ》
1988年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:21.8×22.2cm
シートサイズ:33.5×33.8cm
Ed.50
サインあり

《樹影ⅠⅠ》
1988年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:22.2×22.0cm
シートサイズ:34.0×33.5cm
Ed.50
サインあり

《樹影 III》
1989年
エッチング、雁皮刷り
イメージサイズ:22.2×22.1cm
シートサイズ:34.0×33.5cm
Ed.50
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●版画集のご紹介


『戸村茂樹銅版画展―存在の彼方へ』
2005年に石神の丘美術館で開催された展覧会の図録。
盛岡を拠点に活動を続ける戸村茂樹の作品と歩みを収録。
仕様:A5サイズ/92ページ
発行者:石神の丘美術館
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