リレーエッセイ「伊藤公象の世界」

第4回 伊藤公象


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 「襞」を制作の根底にしたのは土(陶土)と紙とによる「褶曲」シリーズがはじめだった。1980年の個展(西村画廊.東京)で、「土の作品・褶曲」を発表した。それ以前の「多軟面体」シリーズの有機的な思考に対する無機的なものを求めて「自然の外力✖️人為」=「襞」の概念を「褶曲」シリーズの根底にしたからだ。以後、「襞」についての思考を反芻するようになる。
 
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 木目(年輪)のある板上に新聞紙を一枚敷く。その上に柔らかな陶土をスライスして放置する。まず、新聞紙は土の水分を吸収して柔らかな陶土板に密着し一体化する。自然乾燥に任せると陶土板から少しずつ水分が蒸発し、やがて完全乾燥すると新聞紙も乾ききって陶土板と分離されるが、新聞紙には襞状の痕跡が記される。しかし、陶土板にはその形跡はない。陶土板は乾燥により約12%収縮して原形を保つのだ。
 その作業には手を貸すが、自然の作用に委ねた作法である。しかし、紙の質や、粘土の柔らかさ、水分の強弱、そして紙を敷く板など、実験を重ねると面白い結果が得られた。敷板の木目が柾目か節目かの違いや、陶土板の形、大きさ、厚み、また紙の上に載せるときの強弱などによっても襞の形状は変化する。同じ襞は生じない。また、下敷きにガラス板など凹凸が少ないものを使うと襞は生じなくなり、新聞紙ごと活字も収縮する。木目がある場合は微細な板と紙の隙間から空気が入り込むのだろう。土の水分を吸収し、土と紙が濡れて一体化し、徐々に渇き収束した結果が「襞」を生む。
 こうしたテストを続けると、乾燥、水分の上昇、空気の流通、収縮作用など、宇宙の自然と人工、生物の生成をも感じさせる。故、谷新氏(美術評論家)は、「襞」についての論評で「紙と土の交接」と言うことを記されたが、それはエロス(愛と生成)を意図する指摘でもあった。

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 「襞」を連想すると、衣服の折り目(スカートのヒダなど)、山脈、菌褶などが思い浮かぶ。しかし、1998年10月に河出書房新社から初版が発行されたジル・ドゥルーズの「ライプニッツとバロック襞」(宇野邦一訳)には、その帯に記されているように、《分裂》から《調和》へ、あらゆる生命をつらぬく《襞》の運動。一と多、生と死、人工と自然をつなぐ新たな交通の方法(マニエリスム)とある。きわめて哲学的だが、訳者は「あとがき」で「哲学は堂々とした論理の建築や、いかめしい理性の法廷のようなものではなく、織物や服飾や裁縫に似た優しい手作業になっていき、しかも世界の暗い底に繊細な耳をかたむけ、そこに無数の分岐とざわめきを聞き分け、世界の果てしない音楽を記述するような仕事になっているのだ。」と。
 また、「物質の折り目」について、バロックは襞を折り曲げ、さらに折り曲げ、襞の上に襞、襞にそう襞、というふうに、無限に襞を増やしていくのである。と記述している。
 ところで、「襞」の思考は筆者の独自なものではない。昔の陶工は大きな器物をつくるときに手板に新聞紙を一枚敷いた。土の乾燥、収縮による歪みや割れを防ぐための知恵と習慣の工法だった。「褶曲」シリーズを始めたとき、見捨てられていたものを掬い上げ、無価値なものを新たな価値へと置き換え、「襞」の思考を深めようとしたのである。
 
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いとう こうしょう

■伊藤公象(いとう こうしょう)
1932年石川県金沢市出身。1972年笠間市に「現・伊藤アトリエ」を伊藤知香と設立。
現・金沢美術工芸大学名誉客員教授。1970年女子美術大学及び同大学院教授。
2002年金沢美術工工芸大学大学院専任教授を歴任。
国内外で美術館、画廊の個展、グループの企画展で土を焼く造形作品を多数発表。
北関東美術展(大賞)、インド・トリエンナーレ(ゴールドメダル)、ヴェネチア・ビエンナーレ(日本代表出品)、セブン・アーチシツ・今日の日本美術展(アメリカ、メキシコ、日本巡回)、「土の地平・伊藤公象展」(富山県近代美術館)、「アート・生態系」(宇都宮美術館)、「森に生きるかたち」展(箱根・彫刻の森美術館)、「VIRS 伊藤公象展(英国立テート・セント・アイブス)、「土ー大地のちから」展(群馬県県立館林美術館)、「JEWEL・襞」展(金沢美術工芸大学ギャラリー)、伊藤公象(WORKS1974~2009) 茨城県陶芸館・東京都現代美術館巡回、「地表の襞」個展(入善町下山芸術の森美術館)、1974年ー戦後日本美術の転換展(群馬県立近代美術館)、「茨城県北芸術祭」、新潟市・「水と土の芸術祭」、「土の襞」個展 ARTS ISOZAKI , 「ソラリスの海《回帰記憶》のなかで」 (ARTS ISOZAKI)個展。

伊藤公象小泉晋弥堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。

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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています。WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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