<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第111回
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等身大どころではない。
通行人の頭が膝の位置に届かないほど巨大な男が剣をふりかざしている。
なんだか切りつけられそうで、見ていると思わず身を引いてしまう。
長髪で、首に勾玉のネックレスをかけ、だぶだぶの上着を腰帯で結わえているこの男。
「日本誕生」という映画タイトルから察するに日本武尊であろう。
左手に抱き寄せている女性は弟橘媛だ。
彼らの姿には立体像のようなボリュームがみなぎっている。
この効果は、絵の描写力もあるが、平面像をカットアウトして看板の前に立たせてあるからではないか。
剣も画面から飛び出ているような迫力で、
すべてが真に迫っていて、緊急事態が起きているのを告げている。
上の看板文字も力強い。
「日本誕生」の文字が切り抜きを貼り付けたように見えるが、どうだろう。
ともかく、ドラマチックな内容をアピールするためにあらゆる要素が動員されており、
手に汗を握るような大ロマン!お見逃しなく!
という呼び声があたり一帯に響き渡っているように感じる。
それとは対照的なのはストリートの空気である。
まさに「そぞろ歩く」という感じで通行人が歩いている。
急いでいる人は「日本武尊」の足元を行くブーツの男くらいのものだ。
彼は大股で歩き去ろうとしており、像がブレているが、
ほかの人たちはブレる心配がいらないほどゆっくりした歩調である。
看板の前で立ち止まっている人はふたりだけで、
あとの人々はぶつからないように適度な間隔を空けて流れているさまが、川のせせらぎのようだ。
日本を「誕生させよう」と眉間に力を入れてがんばっている日本武尊とは正反対で、
切羽つまった戦闘状態と、何事もないのどかな雰囲気が、
写真を上下まっぷたつに分けている。
通行人のなかには銭湯にいく途中の人もいて、手おけを指に挟んでいる。
毎日この前を通っている彼にはいまさら見るべきものはないのだろう。
背筋を伸ばして足をすっすっと前に出して歩いていく。
光景が上下に二分されているさまから、
渋谷のスクランブル交差点上の巨大映像と歩行者の群れを連想したが、
上から降り注ぐ空気には人間臭が満ち満ちていて、
まだクルマが幅をきかせていない、道路が歩行者のものだった時代を彷彿とさせた。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:『⽇本誕⽣』
原版:35mm(ライカ版)モノクロフィルム
撮影機材:不明
撮影年月日:不明
※『日本誕生』の公開日は資料によって1959年10月25日もしくは11月1日とあり、その頃の撮影と思われます。
撮影者:貴田不二夫
●作家紹介
貴田不二夫(きだ ふじお)
1908年、提灯職人の息子として大阪に生まれる。
15歳から大阪の映画絵看板の師とされる津村英雄の弟子となり、不二工芸社として独立。
上方芝居絵画家である荒金慶次郎(3代目芦国)の娘と結婚し、戦前から主に大阪ミナミの映画館の絵看板を制作し、息子である貴田明良も工房を引き継いだ。
●企画者紹介
貴⽥ 奈津⼦(きだ なつこ)
主に⽇仏間でアーティストのエージェント業務に携わり、広告や出版の仕事が多い。訳書に『フィリップ・ワイズベッカーの郷⼟玩具⼀⼆⽀めぐり』(⻘幻舎)、著書に『絵本のつくりかた〈2〉 ―フランスのアーティスト 10 名が語る創作のすべて』(美術出版社)などがある。
●写真集について
『昭和の映画絵看板 ~看板絵師たちのアートワーク~』
岡田秀則(監修)、 貴田奈津子 (企画)
発売日:2021/6/16
監修: 岡田秀則
企画:貴田奈津子
本体価格:2700円(+税)
仕様:A5/並製/352ページ
ISBN:978-4-908406-62-1
都築響一氏 推薦!
==================================
映画がスターという地上の星たちのもので、
スクリーンが銀の幕だったころ、
絵看板は空に浮かぶ巨大な予告編だった
==================================
腕が動く『キングコング対ゴジラ』の巨大看板、
名シーンが盛り込まれた『ローマの休日』の看板、
10メートル近い主演スターたちの切り出し看板――。
昭和の映画全盛期、映画館や劇場街には「手描きの絵看板」が掲げられていた。
本書は、大阪ミナミで絵看板を制作していた工房「不二工芸」の貴重なアーカイブから、国内外の名作300以上の絵看板写真を厳選し、すべての映画解説も収録。今はなき劇場街の賑わいをビジュアルで楽しめるだけでなく、映画看板の写真を通して戦後の映画史を総覧できる一冊。
また、映画看板の作り方、手作り絵の具の話、劇場での失敗談などの詳細を元看板絵師たちに聞いたインタビュー「元映画看板絵師たちの記憶」なども収録。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊

等身大どころではない。
通行人の頭が膝の位置に届かないほど巨大な男が剣をふりかざしている。
なんだか切りつけられそうで、見ていると思わず身を引いてしまう。
長髪で、首に勾玉のネックレスをかけ、だぶだぶの上着を腰帯で結わえているこの男。
「日本誕生」という映画タイトルから察するに日本武尊であろう。
左手に抱き寄せている女性は弟橘媛だ。
彼らの姿には立体像のようなボリュームがみなぎっている。
この効果は、絵の描写力もあるが、平面像をカットアウトして看板の前に立たせてあるからではないか。
剣も画面から飛び出ているような迫力で、
すべてが真に迫っていて、緊急事態が起きているのを告げている。
上の看板文字も力強い。
「日本誕生」の文字が切り抜きを貼り付けたように見えるが、どうだろう。
ともかく、ドラマチックな内容をアピールするためにあらゆる要素が動員されており、
手に汗を握るような大ロマン!お見逃しなく!
という呼び声があたり一帯に響き渡っているように感じる。
それとは対照的なのはストリートの空気である。
まさに「そぞろ歩く」という感じで通行人が歩いている。
急いでいる人は「日本武尊」の足元を行くブーツの男くらいのものだ。
彼は大股で歩き去ろうとしており、像がブレているが、
ほかの人たちはブレる心配がいらないほどゆっくりした歩調である。
看板の前で立ち止まっている人はふたりだけで、
あとの人々はぶつからないように適度な間隔を空けて流れているさまが、川のせせらぎのようだ。
日本を「誕生させよう」と眉間に力を入れてがんばっている日本武尊とは正反対で、
切羽つまった戦闘状態と、何事もないのどかな雰囲気が、
写真を上下まっぷたつに分けている。
通行人のなかには銭湯にいく途中の人もいて、手おけを指に挟んでいる。
毎日この前を通っている彼にはいまさら見るべきものはないのだろう。
背筋を伸ばして足をすっすっと前に出して歩いていく。
光景が上下に二分されているさまから、
渋谷のスクランブル交差点上の巨大映像と歩行者の群れを連想したが、
上から降り注ぐ空気には人間臭が満ち満ちていて、
まだクルマが幅をきかせていない、道路が歩行者のものだった時代を彷彿とさせた。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:『⽇本誕⽣』
原版:35mm(ライカ版)モノクロフィルム
撮影機材:不明
撮影年月日:不明
※『日本誕生』の公開日は資料によって1959年10月25日もしくは11月1日とあり、その頃の撮影と思われます。
撮影者:貴田不二夫
●作家紹介
貴田不二夫(きだ ふじお)
1908年、提灯職人の息子として大阪に生まれる。
15歳から大阪の映画絵看板の師とされる津村英雄の弟子となり、不二工芸社として独立。
上方芝居絵画家である荒金慶次郎(3代目芦国)の娘と結婚し、戦前から主に大阪ミナミの映画館の絵看板を制作し、息子である貴田明良も工房を引き継いだ。
●企画者紹介
貴⽥ 奈津⼦(きだ なつこ)
主に⽇仏間でアーティストのエージェント業務に携わり、広告や出版の仕事が多い。訳書に『フィリップ・ワイズベッカーの郷⼟玩具⼀⼆⽀めぐり』(⻘幻舎)、著書に『絵本のつくりかた〈2〉 ―フランスのアーティスト 10 名が語る創作のすべて』(美術出版社)などがある。
●写真集について

岡田秀則(監修)、 貴田奈津子 (企画)
発売日:2021/6/16
監修: 岡田秀則
企画:貴田奈津子
本体価格:2700円(+税)
仕様:A5/並製/352ページ
ISBN:978-4-908406-62-1
都築響一氏 推薦!
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映画がスターという地上の星たちのもので、
スクリーンが銀の幕だったころ、
絵看板は空に浮かぶ巨大な予告編だった
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腕が動く『キングコング対ゴジラ』の巨大看板、
名シーンが盛り込まれた『ローマの休日』の看板、
10メートル近い主演スターたちの切り出し看板――。
昭和の映画全盛期、映画館や劇場街には「手描きの絵看板」が掲げられていた。
本書は、大阪ミナミで絵看板を制作していた工房「不二工芸」の貴重なアーカイブから、国内外の名作300以上の絵看板写真を厳選し、すべての映画解説も収録。今はなき劇場街の賑わいをビジュアルで楽しめるだけでなく、映画看板の写真を通して戦後の映画史を総覧できる一冊。
また、映画看板の作り方、手作り絵の具の話、劇場での失敗談などの詳細を元看板絵師たちに聞いたインタビュー「元映画看板絵師たちの記憶」なども収録。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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