「うろうろとこつこつの果てにいざなわれて、、、」      

小清水漸


 中村潤さんは、京都市立芸術大学大学院彫刻専攻で私が最後に担当した学生です。
 一回り前の寅年の春、私は京都市立芸大を定年退官しました。その時中村潤さんは修士課程1年生で修了までにもう一年有りました。担当教員としては心残りで申し訳ない気持ちを抱えたままの退官でした。修業途中に担当教員が変わることで作品制作においては、自覚の如何に関わらず少なからぬ動揺があったに違いありません。
 一巡りした寅年のこの春、学部生時代からの中村さんの作品ファイルを、見せてくれるようにお願いしました。とても膨大でした。表現者というものは常に自分の心と向き合いながら作品を作っていきます。長い間には自分の心は揺れ動きます。その動きの影響は少なからず作品に反映するものです。中村さんの作品ファイルから私は、彼女の作品の揺れ動きを感じとりました。同時に中村潤という作家の自己修正能力の確かさも再確認させてもらいました。
 近年の彼女の作品からは、学生時代から変わらぬ着実な人間資質と共に、表現者としてこれから向かうべき方向を決定するための羅針盤を、確かに獲得してきていると感じとりました。表現者にとっての独自の羅針盤は何より大切なものですから、学生時代から傍らで観てきた私は安心しました。

 パンデミックのため、この2年余りは人との出会いがためらわれ、独り過ごす時間を無言のうちに強要される日常を送らざるを得ませんでした。私のような立場の人間はただでさえ独り過ごすことが多い上に、ごく希に友人を訪なって酒を酌み交わすことも憚る日々でした。
 その様な日々を送りながら私の眼や耳は、花の咲く時間や小鳥の渡りの季節を追っていました。知らず識らずのうちに、心閉じたままではありましたが、日本人特有の花鳥風月を愛でる生活に浸っていたというわけです。
 春未だ寒さの残る頃、我が家のベランダにある鉢植えの白椿に沢山蕾が膨らんできます。一日の殆どの時間身を沈め、半瞑想状態でいる私の安楽椅子の直ぐ側にその椿はあります。ようやく蕾の一つが開き始めると、開ききらぬうちからメジロがやって来ます。昨年も一昨年も必ず同じ時期に椿の葉を揺すって居ました。メジロの目的は花の蜜を啄むことです。
 花が開き始めた悦びと、メジロがやって来る愉しさが同時に感じられますが、白い椿の花弁に記されたメジロの嘴の創が、些か無残にも感じられてしまいます。
 メジロの動きを目で追っている次の瞬間には、羽音を立てながら飛んできたヒヨドリが椿の小枝を揺らします。メジロは驚いて飛び去りますが、ヒヨドリもまた花の蜜が好物なのです。花は人の眼を愉しませてくれると同時に、小鳥たちの命の糧にもなっているのだと実感される景色です。
 この春も毎日やってくるメジロやヒヨドリの花を啄む姿を見ていると、ふと中村潤さんが一針一針糸を刺している様子を想像してしまいました。

 中村潤さんは糸くずを糸として刺し、編み、ひと編みひと刺しを広がりとして痕跡を繋げていきます。またトイレットペーパーの一巻きを、毛糸の巻玉と同じように捉え、トイレットペーパーを毛糸のように編んでいきます。トイレットペーパーの編み物は柔らかくひとの想像を包み込み受け止めてくれます。子供なら飛び込んでフワリと受け止めてもらいたいと思うでしょう。まるで雲に飛び乗りたいと思うように。大人である自分も、そこにある白い塊に飛び込みたいと感じながら、それがトイレットペーパーであることを認識して、想像と認識の境界を行き来する愉しみに浸ります。
 糸くずの無数に続く刺しは、やがて鮮やかな広がりとしての面を表出しますが、異なる色の糸の境界は滲むように繫がり、刺しの集積の形は膨として捉えきれず、観る者の眼は輪郭を追うことを諦め視線を泳がせる愉しみに浸るようになります。私は中村さんの糸くずの作品がとても好きです。視線の固定されない不安を感じながら、定まらない焦点を探し求めている自分に無限の広がりを感じさせてくれるところが好きです。

 中村潤さんは自分の表出行為をとらえて上手に言い表しています。「うろうろをへて、こつこつのはて」。
 自分の表現行為を意味あるものにしたいと思うのは、表現を志す者が等しく願うところでしょう。しかしそれを探し求めあぐねて「うろうろ」彷徨うのが、これも決まりのようです。そして彷徨いの果てに行き着き、みずから為すべきことを「こつこつ」やり続けることに依って創ることの意味を己の府に落とすわけです。
 中村潤さんは糸を刺し続け、編み続けることで、観る者を無限の時空に誘ってくれます。そこに生まれてくる色面は、やがて空間をも生成し、豊かな想像の世界に私達を解き放ってくれます。
 私は密かに彼女の空間認知力の信奉者になっています。さりげなくそして無理なく、衒いも無く、いつの間にか新しい空間を現出して見せてくれます。それも苦も無く。同じ彫刻家として、彼女の空間認知力を私はうらやましく思います。

 目の前のこころ惹かれるものや事柄に向かい続け、為すべき事をこつこつ為し続ける。そこにこそ表現者の生きる場所があり、人として足るを知る所でもあるのだろうと思います。
 
 独り鬱々と時を過ごす間に、いつの間にか私の傍らの白椿が最後の一輪になってしまいました。来春もまたメジロとヒヨドリが、ツンツン、コツコツ花蜜を啄みに来て、老人を愉しませてくれるに違いありません。
こしみず すすむ

小清水 漸 Susumu KOSHIMIZU
1944年愛媛県宇和島市生まれ、1966年多摩美術大学彫刻科に入学、1994年京都市立芸術大学教授に就任(-2010年)、2004年紫綬褒章受章。
主な個展:国立国際美術館(1987年)、岐阜県美術館(1992年)、東京画廊(2001年、2010年、2021年)、信濃橋画廊(2005年、2007年)、町立久万美術館(愛媛、2005年)、京都市立芸術大学ギャラリー・大学会館ホール(2010年)、ギャラリーヤマキファインアート(神戸、2013年、2015年、2016年、2018年)、Blum&Poe(ロサンゼルス・2013年、東京・2016年)
主なグループ展:第10回日本国際美術展『人間と物質』(1970年、東京都美術館・京都市美術館・愛知県美術館)、第7回パリ青年ビエンナーレ(1971年)、第3回現代彫刻展(1972年、神戸市須磨離宮公園)、第37回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1976年)、第39回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1980年)、第17回サンパウロ・ビエンナーレ」(1983年)、前衛の日本1910-1970展(1986年、ポンピドー・センター、パリ)、Mono-ha(1988年、ローマ大学付属現代美術実験美術館)、JAPANESE ART AFTER 1945(1994年、グッゲンハイム美術館ソーホー、翌年サンフランシスコ近代美術館に巡回)、1970年-物質と知覚:もの派と根源を問う作家たち(1995年、岐阜県美術館・広島市現代美術館・北九州市立美術館・埼玉県立近代美術館・サンテティエンヌ近代美術館)、第3回光州ビエンナーレ特別展「韓・日 現代美術の断面」(2000年)、「もの派-再考」(2005年、国立国際美術館)、Requiem for the Sun: The Art of Mono-ha」(2012年、Blum&Poe、ロサンゼルス/グラッドストーン/ニューヨーク)、Mono-ha(2015年、ムディマ財団、ミラノ)、
主な受賞歴:神戸須磨離宮公園第2回現代彫刻展・宇部市野外美術館賞(1972年)、第11回中原悌二郎賞(1980年)、第10回平櫛田中賞(1981年)、現代美術の新世代展・岡田文化財団賞(1983年)、第11回現代日本彫刻展・東京国立近代美術館賞(1985年)、第12回現代日本彫刻展毎日新聞社賞(1987年)、昭和62年度芸術撰奨文部大臣新人賞(1988年)、第2回京都美術文化賞(1989年)、京都府文化賞功労賞受賞(1999年)、第2回円空大賞(2003年)、紫綬褒章受章(2004年)
小清水漸オーラル・ヒストリー 2016年10月24日

●「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」
会期=2022年4月15日(金)~24日(日)11:00-19:00 ※会期中無休
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YouTubeで展示風景と作家のインタビュー動画を公開中です(映像制作:WebマガジンColla:J 塩野哲也)。再生マークをクリックしてください。再生が始まります。
2019年に「Tricolore2019―中村潤・尾崎森平・谷川桐子展」にて展示をした中村潤(b.1985)のときの忘れもの初個展。トイレットペーパーを編んで造形した作品や方眼紙を針と糸で刺したオブジェ作品を京都で制作しています。不思議なカタチ、細やかな編みこみ、作品は柔らかな雰囲気を持ちながらも、一度見たら忘れられない強烈な印象を与えます。
作家在廊日は4月15日(金)、16日(土)、17日(日)、23日(土)、24(日)の予定です。変更になる場合もございますので、HPでご確認ください。
【ステートメント】
紙や糸くずなどを素材に大,小,様々な立体物 をつくります。
気になる素材を手に取り,手触りを確かめたり, 光にあてて眺めたり。手の中で遊ぶように始まる作品制作の主な技法は,編む,折る,ねじる,縫う等,生活に親しみにある手の技法です。
積み重なり,繰り返されるだけでふつふつと沸くおかしみのような色や形を期待して,手を動かします。
無理矢理ではない「へー」とか「ほー」とか「きれい」とか「なんでー」の形を見たいのです。
何かを表すためでも,考えるためでも無い色や形の結実がポンと置かれると,空間がすっと広がってのびやかになる。
そんなことになればいいなと思います。春を楽しみに,こつこつと冬を過ごします。


●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)~24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。