リレーエッセイ「伊藤公象の世界」
第8回 小泉晋弥「新作ドローイングの魅力」
茨城県陶芸美術館と東京都現代美術館での大規模な個展(2009)や、各地の美術館、芸術祭で、伊藤公象の陶によるインスタレーションに接した方も多いと思う。しかし、6月に計画している「ソラリスの襞—伊藤公象展」は、少し様相が違う。もちろん陶の作品は展示されるが、メイン展示が新作ドローイングになる予定だ。そのドローイングについて考えてみたい。
伊藤氏の作品の根本は、環境に変化を感じ、それに合わせて制作することにある。当り前と思われるかも知れないが、自覚的に環境の変化に対応するというのは、そう簡単なことではない。現実にはどのような事なのか、三歳児の《おふろ》という絵で確認してみよう。この絵のテーマは、もちろん「お風呂」なのだが、絵柄だけからそれを判別するのは困難だ。ソシュール的には、シニフィエ(所記=意味内容)である「お風呂」とシニフィアン(能記=言葉の発音)である「おふろの形」が結びついていないと説明することはできる。また、吉本隆明の指示表出、自己表出という概念でいえば、描いた本人には「お風呂」が自己表出しているのだが、私たちに指示表出の形として機能していない。幼稚園の先生が本人の言葉(指示表出)を書き留めておいてくれたので理解できるのだ……と納得してはいけない。亀井秀雄は『増補 感性の変革』(ひつじ書房、2015)で、ソシュールも吉本も、言葉の自立性にのみ目を向け、表現における他者と場の介入—それによって言葉と作者自身が作品の中で自己変容に向かっていく—の重要性を見落としていると指摘した。亀井は、人間は「動物的な欲望を離れ、文化的な要求の次元」に入るのだとして、「重層的な労働の対象化によって作られた身体感覚の対象志向性を、その「素描」能力も含めて、感性と呼ぶ」と規定している。

三歳児の描画《おふろ》
その指摘を受けて《おふろ》に戻れば、お風呂に入る行為は、クレヨンでの描線で自己表出したが、「素描」能力が未熟なため、他者である先生に発話で指示表出し、その介入によるタイトル表記によって私たちは線描に「お風呂」を感じ、その感性が子どもにも戻っていったのだ。画用紙の上での戸惑いを「言葉」で無理やり確信にジャンプさせている。この子どもはその後、長い時間の「重層的な労働」の末に「文化的な要求」に応える感性を培っていく。

《褶曲》
伊藤氏は、成形した粘土を敷板にのせて乾燥させるとき、粘土の形は変化しないのに、挟まれた新聞紙が水分の蒸発によって変容することに着目して、1980年以来様々な形で作品化してきた。伊藤氏のインスタレーションが、場によって変化することは以前のエッセイで述べたが、新聞紙が粘土という他者によって変容するように、伊藤氏の表現も他者の介入によって変容するのだ。《収縮性小曲面体》という形は、中原佑介氏によって《褶曲》という地質学的な新しいシニフィエを得て、《白い襞》という別のシニフィアンに展開した。ドローイングは、その流れの集大成であり、深みにおいてそれを超えている。

《収縮性小曲面体》

《白い襞》
作品集発行の企画をプロジェクト代表者磯崎寛也氏と筆者と三人で打ち合わせをする中で、詩集の挿画というアイデアが出てきた。磯崎氏の「詩人」と「起業家」を襞のように屈折させた試みによって、「画家」伊藤氏を突き動かして、山本太郎『鬼文』(青土社、1975)での挿画を超えたイメージを出現させたのだと思う。新作ドローイングは、「重層的な労働の対象」である陶によるインスタレーションによって培われた「身体感覚の対象志向性」が凝縮されて表現された希有の「素描」なのだ。しかも、九十歳の伊藤氏の作品から、三歳児のような新しい発見に伴う自己表出と指示表出とのズレをジャンプしようとする挑戦へのみずみずしい「志向性」が強く感じられるのだ。

山本太郎『鬼文』(青土社、1975)
(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
●「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
会期:2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI
初日6月3日(金)12時頃~15時頃、作家が在廊予定です。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
第8回 小泉晋弥「新作ドローイングの魅力」
茨城県陶芸美術館と東京都現代美術館での大規模な個展(2009)や、各地の美術館、芸術祭で、伊藤公象の陶によるインスタレーションに接した方も多いと思う。しかし、6月に計画している「ソラリスの襞—伊藤公象展」は、少し様相が違う。もちろん陶の作品は展示されるが、メイン展示が新作ドローイングになる予定だ。そのドローイングについて考えてみたい。
伊藤氏の作品の根本は、環境に変化を感じ、それに合わせて制作することにある。当り前と思われるかも知れないが、自覚的に環境の変化に対応するというのは、そう簡単なことではない。現実にはどのような事なのか、三歳児の《おふろ》という絵で確認してみよう。この絵のテーマは、もちろん「お風呂」なのだが、絵柄だけからそれを判別するのは困難だ。ソシュール的には、シニフィエ(所記=意味内容)である「お風呂」とシニフィアン(能記=言葉の発音)である「おふろの形」が結びついていないと説明することはできる。また、吉本隆明の指示表出、自己表出という概念でいえば、描いた本人には「お風呂」が自己表出しているのだが、私たちに指示表出の形として機能していない。幼稚園の先生が本人の言葉(指示表出)を書き留めておいてくれたので理解できるのだ……と納得してはいけない。亀井秀雄は『増補 感性の変革』(ひつじ書房、2015)で、ソシュールも吉本も、言葉の自立性にのみ目を向け、表現における他者と場の介入—それによって言葉と作者自身が作品の中で自己変容に向かっていく—の重要性を見落としていると指摘した。亀井は、人間は「動物的な欲望を離れ、文化的な要求の次元」に入るのだとして、「重層的な労働の対象化によって作られた身体感覚の対象志向性を、その「素描」能力も含めて、感性と呼ぶ」と規定している。

三歳児の描画《おふろ》
その指摘を受けて《おふろ》に戻れば、お風呂に入る行為は、クレヨンでの描線で自己表出したが、「素描」能力が未熟なため、他者である先生に発話で指示表出し、その介入によるタイトル表記によって私たちは線描に「お風呂」を感じ、その感性が子どもにも戻っていったのだ。画用紙の上での戸惑いを「言葉」で無理やり確信にジャンプさせている。この子どもはその後、長い時間の「重層的な労働」の末に「文化的な要求」に応える感性を培っていく。

《褶曲》
伊藤氏は、成形した粘土を敷板にのせて乾燥させるとき、粘土の形は変化しないのに、挟まれた新聞紙が水分の蒸発によって変容することに着目して、1980年以来様々な形で作品化してきた。伊藤氏のインスタレーションが、場によって変化することは以前のエッセイで述べたが、新聞紙が粘土という他者によって変容するように、伊藤氏の表現も他者の介入によって変容するのだ。《収縮性小曲面体》という形は、中原佑介氏によって《褶曲》という地質学的な新しいシニフィエを得て、《白い襞》という別のシニフィアンに展開した。ドローイングは、その流れの集大成であり、深みにおいてそれを超えている。

《収縮性小曲面体》

《白い襞》
作品集発行の企画をプロジェクト代表者磯崎寛也氏と筆者と三人で打ち合わせをする中で、詩集の挿画というアイデアが出てきた。磯崎氏の「詩人」と「起業家」を襞のように屈折させた試みによって、「画家」伊藤氏を突き動かして、山本太郎『鬼文』(青土社、1975)での挿画を超えたイメージを出現させたのだと思う。新作ドローイングは、「重層的な労働の対象」である陶によるインスタレーションによって培われた「身体感覚の対象志向性」が凝縮されて表現された希有の「素描」なのだ。しかも、九十歳の伊藤氏の作品から、三歳児のような新しい発見に伴う自己表出と指示表出とのズレをジャンプしようとする挑戦へのみずみずしい「志向性」が強く感じられるのだ。

山本太郎『鬼文』(青土社、1975)
(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
●「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
会期:2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI
初日6月3日(金)12時頃~15時頃、作家が在廊予定です。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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