<迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす>第113回

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新旧ふたつの光景がひとつの画面のなかに収まっている。
旧世界の建物はどれも低く、せいぜい三階建どまりで、
となりの建物と壁を接している。

手前の家の二階からは物干し竿が6本ばかり出ている。
横に渡すのではなく、外にむかってつき出すスタイルだ。
でも、よく見ると竿の端が壁に固定され、
屋根からはくくり付ける鉄線も伸びていて、
部屋のなかで洗濯物を掛けてから突き出す、ということは不可能だ。

いったいどうやって洗濯物をかけるのだろう。
長い棒の先にハンガーを付けて地面から上に伸ばしていって、
一点ずつひっかけていくのだろうか。

職住一体の空間であるらしく、一階の店舗部分には漢字で書いた看板が出ている。
縦に読むのか、横に読むのか、一瞬迷ったが、
横だろうと当たりをつけて漢字の意味を調べてみたら、
上から「コピー」「名刺」「横断幕」「看板」のことだと判明した。
小さな店構えにしては多様なものを扱っているのに驚く。

オートバイやリヤカーが置かれ、クルマも一部写っている。
定規を引いて造った区画には決して見いだすことのできない曖昧な形をした、
道とも広場ともつかないこの空間こそ、旧世界の象徴だ。

ここでは、どういう人間が、どういう事情を抱えて、
どの建物に住んでいるかを、だれもが知っている。
声は響くし、行動は見えるし、着ている下着の模様だってバレていて、
いまさら隠すことなど一つもないのだ。

すぐそばにはタワーマンションがそびえている。
30階以上はありそうで、高さも容積も旧世界の建物よりもずっと大きい。
にもかかわらず、このマンションはボール紙で出来たように薄っぺらく、
本当にあのなかに部屋があるのだろうかと疑いたくなるほどだ。
指でつついたらぱたんと後ろに倒れたという光景をつい想像してしまう。

マンションのなかの暮らしは旧世界の広場からは窺い知れない。
反対に、むこうの建物からは眼下にこの空間を見渡すことができる。
そこに行き交う人の姿は人間よりも蟻に似たものに見えるだろう。

ふたつの世界のどこかに、視えない境界線が引かれているのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
原直久「8-13131 黄浦区 上海 中国, 2009/8/23 9:44」
プラチナパラジウムプリント
ペーパーサイズ:20×24インチ
cNaohisa Hara, Courtesy of PGI

●作家紹介
原 直久(はら なおひさ)
1946年千葉県松戸市生まれ。1969年日本大学芸術学部写真学科卒業。1971年日本大学芸術研究所修了。1976年~77年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてフランス、ドイツで研修。1984年~85年、日本大学長期海外研究員としてパリを拠点に研究および制作活動を行う。2016年、日本大学を定年退職。近年の主な個展に、「時の遺産」(国立歴史博物館、台湾台北 2017年)、「アジア紀行:北京・胡同-拆」(フォト・ギャラリー・インターナショナル(現PGI) 2013年)「Nostalgia」(BOMギャラリー、韓国ソウル2010年)、「アジア紀行:台湾」(2009年)「アジア紀行:韓国」(2005年)、「欧州紀行」(2003年)、「ヴェネツィア」(2000年)、「ヨーロッパ:プラチナ・プリント・コレクション」(1997年)[いずれもフォト・ギャラリー・インターナショナル(現PGI)で開催]などがある。グループ展に「建築×写真 ここのみに在る光 展」(東京都写真美術館 2018年)、「第7回eco展」(韓国ソウル2012年)、「第6回eco展」(韓国ソウル2010年)、「未来を担う美術家たち DOMANI・明日展 2008 <文化庁芸術家在外研修の成果>」(国立新美術館 2008年12月~2009年1月)、「Viva! ITALIA」(東京都写真美術館2001年)、「プラチナ・プリント ― 光の誘惑」(清里フォトアートミュージアム2000年)、「ヘルテン国際写真フェスティバル’ 99」(ヘルテン、ドイツ 1999年)がある。

展覧会のお知らせ
作品展原直久作品展「アジア紀行:上海」
会期:2022年5月11日(水) - 6月25日(土)
会場:PGI
〒106-0044 東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F
TEL:03-5114-7935 Mail:info@pgi.ac
時間:11:00~18:00
定休日:日曜日・祝日


●大竹昭子さんの連載エッセイ迷走写真館~一枚の写真に目を凝らすは毎月1日の更新です。

表1_600ITO KOSHO 伊藤公象作品集
刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格:3,300円(税込)+梱包送料250円
陶オブジェ付の特別頒布:25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

●陶オブジェ付の特別版の頒布をします。
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』と陶オブジェ《Pearl Pinkの襞》(2016、磁土・陶土)1点がセットになった特別版を、限定50部で頒布します。この作品は、ときの忘れものの個展にインスタレーションとして展示します。作品は1点ものですので、形や大きさが全て異なります。ご来廊いただきご注文いただいた方は作品をお選びいただけます。
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊