<迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす>第114回

Brighton,UK 1980(画像をクリックすると
 拡大します)


いったい何人の人間がこの浜辺にいるだろう。
全員が海とは逆の方向に体を向けているが、
ついさっきまでのんびりと海を眺めていたことはまちがいない。
ほとんどのデッキチェアがそちらに向けて置かれているのだから。

チェアのうちのいくつかは投げ出されたように浜にころがっていて、
緊急事態が持ち上がり、椅子を蹴って立ち上がったような緊迫した気配が感じられる。
彼らの関心を一気に集めた出来事とは何だったのか。

みんな年齢が若く、せいぜい10代から30代までで、
男性がほとんどで、しかも坊主頭が多い。
とっさに身構える人。
出来事の方に歩いて行こうとする人。
ポケットに手を入れて傍観する人。
口を開けて放心状態の人。

手前側のほぼ中央にいるコート姿の男性は、
立ち止まるか前に行こうとしている人がほとんどの中で、
前進せずに横の方向に歩いて行こうとしている。
大きく開かれたその脚と曲がった腕が、わずかに優雅な雰囲気を漂わせて目を引く。

左上にひとり気になる人影が見つかった。
ほとんどの人が頭からつま先まで、全身が写っているのに、
彼だけがちがって上半身しか見えない。
まるで下半身が地面に埋まっているかのよう。
そんなことがあるだろうかと考えて、はたと気がついたのだ。
なだらかな浜辺が水際までつづいているように思っていたが、
そうではなくて、途中に段差があって地面が下に落込んでいるということに。

むこうからこちらに来るには、その段差を登らなければならず、
この男性がまさにそうしようとしたところにシャッターは押されたのだ。
じっと見つめていると、浜辺の均一な質感に隠された境目のラインが浮かび上がってくる。
気がつかずに海に突進していったら怪我をしかねない厄介な境界線である。

写真にはもうひとつ気になることがある。
撮影者はどこに立ってシャッターを押しているのかということだ。
視点が高く、彼らと同じレベルにいないのは明らかだ。
出来事は撮影者の立っている側で起きており、
そこにこの距離と高さで全体を俯瞰できる場所があり、
そこから眺めているのだ。
そのような場所とは、いったいどんな場所だろう。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
小瀧達郎「Brighton,UK 1980」
ゼラチン・シルバー・プリント
サイズ:275×185mm
©Tatsuo Kotaki

●作家紹介
小瀧達郎(こたき たつお)
1972 「日本、その内なるものに向けて」 ニコンサロン
1976 「暖簾」 ニコンサロン
1982 「ブライトン・ドーヴィル・オン・フルール」 ツァイト・フォト・サロン
    フォトキナ・フォトアートⅠ(ケルン)に出品
1983 写真集『巴里の大道芸人』(文・海野 弘)求龍堂刊
    「巴里の大道芸人」の写真展とスペクタクルショー開催 東京大丸デパート
    「巴里の大道芸人」 ミノルタ・フォト・スペース新宿、広島、福岡巡回
1984 「巴里の大道芸人」 ラフォーレ・ミュージアム松山
    国際交流基金アジア伝統交流‘84「旅芸人の世界」のオフィシャルカメラマンとして
    ハンガリー、韓国、タイ、インドの旅芸人を撮影
    同年『マリ・クレール』日本版のグラビア作りに参画、故安原顕氏(中央公論社編集者)と
    共に同誌の黄金期を築く
1985 「旅芸人の世界」朝日新聞社(共著)
    東京造形大学非常勤講師となる
    つくば写真ミュージアム‘85「パリ・ニューヨーク・東京展」出品
    「日本現代写真展」 スペイン文化庁主催(スペイン巡回)出品
    「日本の建築家」(全7巻)(株)丸善
1987 「小瀧達郎 ポラロイド写真日記」 ポラロイドギャラリー
    準朝日広告賞受賞
1991 写真集『VENEZIA』(文・塩野七生)筑摩書房刊
1992 「VENEZIA」 ギャラリー・ビア・エイト(バーニーズ・ニューヨーク 新宿店)
1993 『私の二都物語 東京・パリ』(辻 邦生と共著)中央公論社刊
1994 「風の余韻」 BAUHAUS GALLERY
    『マリ・クレール』主催写真展「パリ」出品 銀座プランタン
1999 「大辻清司と15人の写真家たち」 東京造形大学横山記念館マンズー美術館
    「静溢(せいいつ)なる風景」 北鎌倉小瀧美術館
    「ヴェネツィア」 浜松駅メイワン
2000 「ヴェネツィアのカーニヴァル」 北鎌倉小瀧美術館
2001 「静溢(せいいつ)なる風景Ⅱ」北鎌倉小瀧美術館
2002 「ポラロイド写真の世界―時を超えて―展」出品 ポラロイドギャラリー
2003 「ガーデン」 北鎌倉小瀧美術館
2004 「ノースマリン・ドライブ」 ニコン・ウエブ・ギャラリー
2009 「VISIONS OF UK 英国に就いて」 gallery bauhaus
2012 「VENEZIA」 gallery bauhaus
2013 「PARIS 光の廻廊」 gallery bauhaus
2014 「WORKS 1975-2014 神の光が宿る場所で」 gallery bauhaus
2015 「JARDIN d’ HIVER 冬の庭で」 gallery bauhaus
2016 「METAPHORカフカとの対話」 gallery bauhaus
2018 「Beyond Summer イギリスの夏へ」 gallery bauhaus
2019 「LABYRINTH 水の迷宮 ヴェネツィア」 gallery bauhaus
2021 「WIEN -旅の憂鬱-」 gallery bauhaus

展覧会のお知らせ
広川泰士/小瀧達郎 写真展MASTERPIECE -自選作品展-
会期:2022年6月7日(火)~2022年7月30日(土) 
会場:gallery bauhaus
時間:11:00~19:00
休廊:日・月・祝日

イギリスは1979年から継続して撮影している。特にロンドン南東部にあるブライトンは、イギリス人写真家のトニー・レイ=ジョーンズの写真で知ってから何十回も訪れている好きな街だ。
ロックバンドのザ・フーの『QUADROPHENIA四重人格』が映画化(邦題:さらば青春の光)された後、モッズやロッカーズと称する若者たちの「族」熱が再燃して、週末になるとベスパに乗った集団がブライトンに大挙して押しかけるようになった。
映画は1964年のバンクホリディに、ブライトンの海岸で起きたモッズとロッカーズの大乱闘(死者まで出した)を題材にしている。
私の写真は1980年に撮影したもので、ブライトンの海岸で若者が警官たちとにらみ合いをしているシーンである。1964年の乱闘事件は写真集にもなっているが、写真を見比べると風景が当時とまったく変わっていないのに驚く。(小瀧達郎)

●大竹昭子さんの連載エッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●大竹昭子さんの新刊が刊行されました。
いつもだれかが見ている表紙いつもだれかが見ている
大竹 昭子/著
アネケ・ヒーマン&クミ・ヒロイ/写真
発売日:2022年6月22日
判型:四六判(13.2×1.4×18.8cm)
頁数:184ページ
《世界のどこかで密やかに、出逢いとドラマが、生まれている》
14人の写真から広がる、せつなく、謎めいた14の小説。


国籍も性別も様々な写真の中の14人は、どんな物語を秘めているのか?
レンズ越しに見つめているのはだれか?
見ること、ふれること、出会うことの現在を、鋭く映し出す小説集。
奇妙で、せつない、人間たちの営みを写しとる、小説×写真の競演。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊