<迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす>第115回
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高さ30センチにも満たない低いコンクリートの台座に、一分の隙なくぎっしりと人間が詰まっている。
パックに詰まったカイワレダイコンを見ているようだ。
全員の体が一方向にむけられ、ひとりとして逆向きの人はいない。
まもなくここに路面電車がやってくる。
そのとき、カイワレダイコンの群れは一気に崩れて車両の出入口に殺到する。
降りようとする人と乗ろうとする人が押し合いへし合いし、
大混乱につつまれる小さな台座……。
背広姿はおらず、白い半袖シャツにノーネクタイが目立つ。
前列の左から二番目には、黒シャツにゴム長のようなものを履いている若い男がいる。
魚河岸にむかうところだろうか。
右コーナーの帽子の男性は下駄履きで、
彼はこの大混雑のなかで悠々とタバコを吸っている。
店の経営者かもしれない。
手にしたバッグに昨夜の売上げがぎっしりと詰まっていそうな気配がある。
男性が大半だが、女性も三人写っている。
ひとりは道路を横断中のワンピースの女性で、
腕をくの字に曲げて歩く姿が颯爽としている。
そこから視線を右に移すと、二人目の女性が中央のぎょろ目男の背後に佇んでいる。
水玉模様の洋装姿で、ハンドバッグを小脇に抱え、唇をきりっと結んでいる。
三人目はタバコを吸っている男の後にいるブラウスの女性だ。
彼女は三人のなかでいちばん若い。
勤め先はたぶんオフィスで、当時はビジネスガール、略してBGと呼ばれていた。
男たちのざっくばらんな服装に比べると、女性たちには改まった気配があり、
働く女性の矜恃を匂わせている。
クルマの往来はなく、街路樹の植わっている道路は広く、
ワンピース姿の人影もあってのどかな雰囲気すら感じられるのに、
このコンクリートの空間だけがぎすぎすして切羽詰まった空気を放っている。
台座から一歩降りて待つとまずいのだろうか。
路面に散らばるのは問題だとしても、無理してこの上に立つこともないだろうに。
だが、彼らの頭にはそうした選択肢はないようだ。
乗車の権利はここに立ちつづけることで保証されており、
もしも 降りようものなら、それを剥奪されてしまうと恐れているようだ。
だれもが撮影者の存在に気がついていて、
なんでこんなところを撮るんだと言いたげな顔である。
彼らは一歩も踏み外せない従順さをカメラアイに見抜かれて忸怩たる気持ちなのだ。
憮然とした表情を作ってそれを隠している。
路面がかすかに濡れている。
早朝に一雨あったらしい。
横断中の女性の手には折り畳み傘が握られ、
ゴム長の男の丸めた新聞からも傘の柄が飛び出している。
雨の季節なのだ。
ということは、この過密地帯は臭気のたまり場になっているだろう。
立っているだけで肌がじっとりと汗ばみ、布地が皮膚に貼り付く。
顔に触れるほど接近している他人の頭部からは、 湿った毛髪と整髪料の臭いが漂い出す。
苦しく堪え難いのに、他者から見れは滑稽でしかない光景……。
定型に従ってしまう哀しさが漂う。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
富山治夫
「過密」〈現代語感〉より
1964
(c)Haruo Tomiyama Archive
●展覧会のお知らせ


清里フォトアートミュージアム収蔵作品より:原点を、永遠に。‘Beginnings, Forever’
会期:2022年7月2日(土)~9月25日(日)
会場:清里フォトアートミュージアム
〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545-1222
Tel: 0551-48-5599
時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
休館日:8月の会期中は無休、9月は火曜休館
清里フォトアートミュージアム(KMoPA)は、当館のコレクションのみで構成した「原点を、永遠に。」展を9月25日(日)まで開催いたします。
本展では、古今東西の歴史的な写真家と新鋭の写真家たちが35歳までに撮影した名作/近作153点を一挙に公開、青年期の写真の意義を再確認し、その輝きを多くのみなさまと共有したいと考えます。
本展は、2021年4月から9月にかけて米国カリフォルニア州のサンディエゴ写真美術館においてコロナ禍を乗り越えて開催され、好評を博した展覧会の凱旋展となります。
米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版でも大きく記事掲載され、現地でも話題を呼びました。
●大竹昭子さんよりお知らせです。
発売中の新刊『いつもだれかが見ている』の展示が、8月3日より八戸ブックセンターと八戸市美術館をつないで開催されます。
8月6日には写真のワークショップをおこないます。
参加者に撮った写真をもちよっていただき、言葉にしていきます。
私が毎月「迷走写真館」でやっているようなことを会場でみなさんと一緒にするのです。
東北地方の方はぜひご参加ください。
https://8book.jp/bookcenter/5172/
●大竹昭子さんの連載エッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日更新でしたが、次回からは隔月・偶数月の1日更新といたします。次回は2022年10月1日です。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊

拡大します)
高さ30センチにも満たない低いコンクリートの台座に、一分の隙なくぎっしりと人間が詰まっている。
パックに詰まったカイワレダイコンを見ているようだ。
全員の体が一方向にむけられ、ひとりとして逆向きの人はいない。
まもなくここに路面電車がやってくる。
そのとき、カイワレダイコンの群れは一気に崩れて車両の出入口に殺到する。
降りようとする人と乗ろうとする人が押し合いへし合いし、
大混乱につつまれる小さな台座……。
背広姿はおらず、白い半袖シャツにノーネクタイが目立つ。
前列の左から二番目には、黒シャツにゴム長のようなものを履いている若い男がいる。
魚河岸にむかうところだろうか。
右コーナーの帽子の男性は下駄履きで、
彼はこの大混雑のなかで悠々とタバコを吸っている。
店の経営者かもしれない。
手にしたバッグに昨夜の売上げがぎっしりと詰まっていそうな気配がある。
男性が大半だが、女性も三人写っている。
ひとりは道路を横断中のワンピースの女性で、
腕をくの字に曲げて歩く姿が颯爽としている。
そこから視線を右に移すと、二人目の女性が中央のぎょろ目男の背後に佇んでいる。
水玉模様の洋装姿で、ハンドバッグを小脇に抱え、唇をきりっと結んでいる。
三人目はタバコを吸っている男の後にいるブラウスの女性だ。
彼女は三人のなかでいちばん若い。
勤め先はたぶんオフィスで、当時はビジネスガール、略してBGと呼ばれていた。
男たちのざっくばらんな服装に比べると、女性たちには改まった気配があり、
働く女性の矜恃を匂わせている。
クルマの往来はなく、街路樹の植わっている道路は広く、
ワンピース姿の人影もあってのどかな雰囲気すら感じられるのに、
このコンクリートの空間だけがぎすぎすして切羽詰まった空気を放っている。
台座から一歩降りて待つとまずいのだろうか。
路面に散らばるのは問題だとしても、無理してこの上に立つこともないだろうに。
だが、彼らの頭にはそうした選択肢はないようだ。
乗車の権利はここに立ちつづけることで保証されており、
もしも 降りようものなら、それを剥奪されてしまうと恐れているようだ。
だれもが撮影者の存在に気がついていて、
なんでこんなところを撮るんだと言いたげな顔である。
彼らは一歩も踏み外せない従順さをカメラアイに見抜かれて忸怩たる気持ちなのだ。
憮然とした表情を作ってそれを隠している。
路面がかすかに濡れている。
早朝に一雨あったらしい。
横断中の女性の手には折り畳み傘が握られ、
ゴム長の男の丸めた新聞からも傘の柄が飛び出している。
雨の季節なのだ。
ということは、この過密地帯は臭気のたまり場になっているだろう。
立っているだけで肌がじっとりと汗ばみ、布地が皮膚に貼り付く。
顔に触れるほど接近している他人の頭部からは、 湿った毛髪と整髪料の臭いが漂い出す。
苦しく堪え難いのに、他者から見れは滑稽でしかない光景……。
定型に従ってしまう哀しさが漂う。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
富山治夫
「過密」〈現代語感〉より
1964
(c)Haruo Tomiyama Archive
●展覧会のお知らせ


清里フォトアートミュージアム収蔵作品より:原点を、永遠に。‘Beginnings, Forever’
会期:2022年7月2日(土)~9月25日(日)
会場:清里フォトアートミュージアム
〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545-1222
Tel: 0551-48-5599
時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
休館日:8月の会期中は無休、9月は火曜休館
清里フォトアートミュージアム(KMoPA)は、当館のコレクションのみで構成した「原点を、永遠に。」展を9月25日(日)まで開催いたします。
本展では、古今東西の歴史的な写真家と新鋭の写真家たちが35歳までに撮影した名作/近作153点を一挙に公開、青年期の写真の意義を再確認し、その輝きを多くのみなさまと共有したいと考えます。
本展は、2021年4月から9月にかけて米国カリフォルニア州のサンディエゴ写真美術館においてコロナ禍を乗り越えて開催され、好評を博した展覧会の凱旋展となります。
米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版でも大きく記事掲載され、現地でも話題を呼びました。
●大竹昭子さんよりお知らせです。
発売中の新刊『いつもだれかが見ている』の展示が、8月3日より八戸ブックセンターと八戸市美術館をつないで開催されます。
8月6日には写真のワークショップをおこないます。
参加者に撮った写真をもちよっていただき、言葉にしていきます。
私が毎月「迷走写真館」でやっているようなことを会場でみなさんと一緒にするのです。
東北地方の方はぜひご参加ください。
https://8book.jp/bookcenter/5172/
●大竹昭子さんの連載エッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日更新でしたが、次回からは隔月・偶数月の1日更新といたします。次回は2022年10月1日です。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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