石神の丘で宙を感じる
西野康造展のこと


齋藤 桃子


岩手県岩手郡岩手町。岩手が重なる場所に、石神の丘美術館はあります。
人口12,000人と少し、農業を基幹産業とするこの地に美術館が誕生したのは、1993年。小さな町の小規模館は、石神山の斜面14ヘクタールという広大な土地に野外彫刻美術館として開館しました。開館の背景には、1973年からおよそ30年にわたり開催された「岩手町国際石彫シンポジウム」の歴史があります。
隣接地に道の駅が設置されるなど、幾度かのリニューアルを経て、現在、起伏のある美術館の野外エリア〈花とアートの森〉には、24点の作品が四季折々の風景・草花とともにあります。また、アートゲートと呼んでいる建物内のギャラリーでは、岩手の美術を紹介する企画展等を継続開催しています。

①石神の丘美術館アートゲート
①石神の丘美術館アートゲート

②石神の丘美術館 野外エリア〈花とアートの森〉空の広場
②石神の丘美術館 野外エリア〈花とアートの森〉空の広場

2022年6月18日(土)から8月28日(日)まで、企画ギャラリーでは「西野康造展 宙(そら)の記憶 — ケツァルコアトルスの憂い」を開催しています。
1951年兵庫県生まれ、京都府亀岡で制作を続ける西野康造は、1980年代より金属を用い、複雑な構造でありながら軽やかでスケールの大きな作品を発表してきました。楽器、羽根や翼、円環をモチーフに、チタン合金の線材を熔接して制作された作品は、街やビルなどの公共空間に設置されることも多く、2013年には、アメリカ同時多発テロ事件で崩壊した世界貿易センタービル跡地に建設された「4 World Trade Center」エントランスロビーに《Sky Memory》が設置されるなど、作品は海を越えて世界に点在しています。

遡ること数年前、当館野外エリアの大規模改修を行うにあたり、当地の自然や空間にあう作品を新収蔵することが計画され、選定委員会に於いて検討の結果、西野康造のキネティックな作品2点:《Harmony with the Breeze 2020》、《Swing in the Air 2020》を収蔵することになりました。1点は作者からの寄贈によるものです。
〈花とアートの森〉空の広場と風の広場に設置された作品は、吹く風を受けてゆったりと羽ばたくような動きを見せます。その時どきで異なる動きは、四季の自然、石神の丘の環境を視覚的に見せ、体感することにもつながっています。

③西野 康造 Harmony with the Breeze 2020
③西野 康造《Harmony with the Breeze 2020》
2020年 チタン合金、コールテン鋼 h.700×700×466cm  

④西野 康造 Swing in the Air 2020
④西野 康造《Swing in the Air 2020》
2020年 チタン合金、ステンレススチール、フッ素樹脂塗装 h.550×680×100cm

一時にすべてが開花し芽吹く北国の春、短い夏と秋、そして一年の半分ほどを占める冬、めぐる季節の中で生命を感じさせる動作をし続ける作品は、今や石神の丘のシンボル的な存在です。
西野康造の作品世界をより堪能できる機会を、とこのたび企画ギャラリーで新作を発表いただくことになりました。

展覧会初日に「作品そのもの、というよりも作品が置かれる空間を考える」と作者が語ったように、石神の丘の展示空間を丹念に計測した上で作品は制作・設置されました。
ギャラリーに入るとまず、翼ある生き物の集団のような《風になるとき 岩手町》が目に入ります。鉄製の脚部の上にステンレススチールの翼が乗った作品は、人の動きなど少しの風でも羽ばたき、回転します。時に思いがけない羽ばたきを、時に繊細な動きをみせる作品に誘われるように進んだ先に、新作《ケツァルコアトルスの憂い》が待ち受けています。
「ケツァルコアトルス」は、中生代末期に生きたとされる翼竜の名です。復元模型などを見てもどのように飛翔し、暮らしていたのだろうかと思わずにはいられない巨大な生き物。学術的な根拠に基づくものとは異なるとはいえ、作品は、考えられる翼長と同等の15mを越えるサイズで、中空のチタン合金製。ケツァルコアトルスの骨の内部は空洞になっていたと考える研究もあり、相似性が感じられる造りとなっています。
奥行き24mの企画ギャラリーの2/3程を占める翼は、サーキュレーターの風により、ちょうど鑑賞者の頭をかすめるかという位置でゆっくりと呼吸をするように動いています。新作の奥には円環状の作品《空に架かる》が中空に浮いているかのように設置されました。

⑤西野 康造 風になるとき 岩手町
⑤西野 康造《風になるとき 岩手町》
2018~2021年 ステンレススチール、鉄、塗料 h.106×200×82cm

⑥手前 西野康造 ケツァルコアトルスの憂い 奥 西野康造 空に架かる
⑥手前 西野 康造《ケツァルコアトルスの憂い》
2022年 チタン合金、鉄、電解着色 h.300×1530×300cm
奥  西野 康造《空に架かる》
2020年 チタン合金、電解着色 直径720cm

⑦ケツァルコアトルスの憂い(部分)
⑦《ケツァルコアトルスの憂い》(部分) 

大型作品二つは、塗料や染料ではなく、電解着色(陽極酸化法によって表面に酸化被膜を生成させ、電圧と通電時間の調整により色彩を表現する方法)によるグラデーションに包まれています。円環の中へ翼の先端が降りつつも二つは触れ合わない微妙な位置をとっており、鑑賞者は、翼の下を歩き、円環の中に身をおき、全身で作品を視て感じることになります。

アトリエでの地道な作業によるものであるにも関わらず、手跡を感じさせない高い完成度、重力から解放されたような物体と空間、そしてその中で生命をもつかのように動き続ける翼。鑑賞者は、習性や本能に近い行動として、目を凝らし魅入ることとなるでしょう。
野外エリア〈花とアートの森〉に設置された作品が、「空」に羽ばたくものならば、ギャラリーは、展覧会タイトルのとおり、場所も時空も越えた遥かな「宙(そら)」に羽ばたくものの空間となっています。

⑧西野 康造 Message from Tomorrow
⑧西野 康造《Message from Tomorrow》 
 2020年 ステンレススチール h.14×19×27cm

企画ギャラリーでは、新作のほか近作の平面・立体、計12点を展示、ホール、エントランスにも作品が設置されています。

「空」と「宙」を感じに、石神の丘へ出かけてみませんか。本数は限られますが、最寄りの新幹線駅「いわて沼宮内駅」から徒歩10分ほどの場所にある当館。隣接する道の駅は、野菜産地ならではの食も充実しています。
(さいとう ももこ)

齋藤 桃子(Saito, Momoko)
1978年岩手県盛岡市生まれ。多摩美術大学大学院芸術学専攻修了。2002年より石神の丘美術館学芸員として勤務。

2022年6月石神の丘美術館西野康造展チラシ表「西野康造展 宙(そら)の記憶」
会期:2022年6月18日~8月28日
会場:石神の丘美術館Ishigami Museum of Art

2022年6月石神の丘美術館西野康造展チラシ裏

石神の丘美術館西野康造展カタログ表紙「西野康造展 宙(そら)の記憶ーケツァルコアトルスの憂い」カタログ
B5サイズ、56頁
制作・発行:石神の丘美術館
執筆:黒川博行、山腋雄一、西野康造
西野康造インタビュー:聞き手/斎藤 純
価格:1,200円(税込み)、送料250円
*ときの忘れもので扱っています。

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*画廊亭主敬白
少し前、社長と盛岡に宇田義久展を見に行った折、久しぶりに石神の丘美術館を訪ねました。今では新幹線(!)が停車し、丘の上にポツンとあった美術館の横には道の駅ができて大賑わい。その変貌ぶりに驚くとともに、人口僅か12,000人余の小さな町が持つ彫刻美術館の魅力をお伝えしたくて、学芸員の齋藤先生にご寄稿をお願いしました。
夏休みには、皆さんどちらにお出かけでしょうか。猛暑なので外出しないという方もいるでしょう。
8月のブログは亭主お勧めの夏休み特集・美術館の展覧会をご紹介する予定です。
本日の石神の丘美術館に続き、群馬県立近代美術館のオノサト・トシノブ展、東京都美術館のフィン・ユールとデンマークの椅子展、国立西洋美術館のル・コルビュジエ展、武蔵野美術大学美術館の「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展、さらにスペインのマラガでの「東洋の夢・絹の宝物展」、最後は注目の国際芸術祭「あいち2022」を、学芸員の皆さんやスタッフたちのレポートでご紹介します。どうぞお楽しみください。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊