Who ever loved that loved not at first sight?
(まことの恋をする人はみな一目で恋におちる)

三辺律子(2008年4月執筆)

 見たとたん、訳したいと思ってしまった。ジャン・ベルト・ヴァンニさんの手がけた絵本『love -ラブ-』。最初は、その個性的なデザインに目を奪われた。ページのあちこちにあいた穴、めくるたびに変化していく切り抜きの妙、大胆だが計算しつくされた色使い、微妙な色合い。一目ぼれだった。
 けれど、編集者の方に頂いた本を何度も読み返しているうちに、また別の魅力が立ちあがってきた。孤児の女の子のどうしようもない寂しさ、決して感傷に流れない切なさがひしひしと胸に迫り、気がついたら完全に恋に落ちていた。ヴァンニさんのイラストは、絵本につけられた文字に負けず劣らず、女の子の孤独を物語っていた。

 子どもが絵本を好むのは、当たり前のように思われているけれど、改めて考えてみると、イラストレーションというものの特質が浮かびあがる。著名な絵本作家のロジャー・デュボアザンが、絵画(ペインティング)に対するイラストレーションを「文章の助けなしに物語を語る―――つまり、絵による文学」だと述べているが、つまり、文字を読めない(あるいはすらすらと読めない)子どもにとって、イラストレーションはまさに物語そのものなのだ。
 ヴァンニさんのイラストは、雄弁に物語を語る。ページにあけられた窓(穴)の奥にポツンと立っている女の子。白と黒で描かれた大勢の子どもが遊ぶ孤児院の風景では、女の子のいるところだけがオレンジ色に切り抜かれている。女の子の運命が坂道を転げ落ちるように暗転していく場面では、ページが細く切り刻まれ、不安を募らせながらページをめくる読者の手も自然と速くなる。そんなヴァンニさんのイラストのテクニックに、わたしは完璧にノックアウトされてしまったのだ。

 とはいえ、好きという感情はそう簡単には説明できないのが常。

 物語る絵であるイラストレーションに対し、絵画(ペインティング)は「感覚に達することだけを意図」したものであり「感じられるだけであって、言葉では表現されえない」。デュボアザンは、絵に必ず文学性を見出そうとする傾向を憂いたドラクロアの考えを紹介して、そう定義しているが、わたしの一目ぼれを説明してくれるのは、まさにこれだと思う。ヴァンニさんの作品は見たとたん、わたしの「感覚に達した」から。
 『love -ラブ-』の絵画的側面に一目ぼれして、イラスト的側面に陥落-――わたしの恋心(?)を無理に言葉にすればそんなところかも。
 だから、〈ときの忘れもの〉のヴァンニさんの展覧会に出かけていったわたしが、再び一目ぼれを喫し、ヴァンニさんの絵をどうしても我が物にしたくなってしまったのも当然の結果だった。今、自宅のリビングの一角に飾ってあるその絵を見るたびに、ヴァンニさんの作品への恋心をますます募らせている。そして、81歳というお年を感じさせない精力的な、日本を愛する紳士ヴァンニさんご自身にも!

2008年4月 (さんべ りつこ

*下記の図版は、『love』の英語版より。
love英語版1love英語版2

love英語版3love英語版4

三辺さん*3月14日のオープニングの折、三辺さんとジャン・ベルト・ヴァンニさん。この日お二人は初めて会った。

『Love-ラブ-』love -ラブ-
著者: デザイン&イラスト/ ジャン・ベルト・ヴァンニ
ストーリー/ ローウェル・A・シフ  
訳/ 三辺律子
 青山出版社
 B5判変型(225×124)
 角背上製 76ページ
価格:1,980円(税込み)、送料250円
ときの忘れもので扱っています。
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『Love-ラブ-』中
「ページのあちこちにあいた穴、めくるたびに変化していく切り抜きの妙、大胆だが計算しつくされた色使い、微妙な色合い。一目ぼれだった。」
(三辺律子)


三辺律子(さんべりつこ)
東京生まれ。英米文学翻訳家。白百合女子大学大学院児童文化学科修了。
主な訳書に『よにもふしぎな本をたべるおとこのこのはなし』オリヴァー・ジェファーズ(ヴィレッジブックス)、『龍のすむ家? 炎の星』クリス・ダレーシー(竹書房)、『魔女の愛した子』マイケル・グルーバー(理論社)、他。

*画廊亭主敬白
上掲の三辺さんのエッセイは2008年4月20日ブログの再録です。
ヴァンニさんが絵本『LOVE』(日本語版)の出版のため来日し、ときの忘れもので出版記念展を開催しました。翻訳をされた三辺さんのお許しを得て、そのときのエッセイを再録掲載しました。
タイトルは、翻訳家らしくシェイクスピアの『お気に召すまま』から。マーロウの詩からシェイクスピアがとったそうです。
『love -ラブ-』は1964年にフランスで出版され、世界中で100万部以上のロングセラーになっている本ですが、物語としても、見て楽しむものとしても、一度味わえばきっと人にも勧めたくなる、そんな素晴らしい体験を与えてくれる絵本です。今では宇野亞喜良さんの『あのこ』とともに亭主の愛読書です。
ヴァンニさんと三辺律子さんヴァンニさんと『LOVE』の翻訳をした三辺律子さん

このときの滞在中に絵本『LOVE』の版画を作っていただこうと、銅板を用意して制作していただきました。刷りは白井版画工房・白井四子男さん。
ヴァンニさんから穴を覗いている感じにしたいという要望を受けて、一点一点イメージ中央のインクを手で拭い、かなり苦労されていました。
2014年に作品は完成しサインもされたのですが、ヴァンニさんは2017年に急逝されてしまいました。
ずっとときの忘れもので眠っていたエディションですが、今回やっとお披露目できることになりました。
ヴァンニさん銅版サイン刷り上った自作の銅版にサインを入れるヴァンニさん。
2014年に来日した時のブログはこちらをご覧ください。

ジャン・ベルト・ヴァンニ銅版画集『love』6点シリーズ
For love variation 1
ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE PARENTS GO AWAY"
2014年
エッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

For love variation 2

ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE LITTLE GIRL AND THE CHILDREN"
2014年
エッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

For love variation 3

ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE LITTLE GIRL AND THE DIRECTOR"
2014年
エッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

For love variation 4

ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE LITTLE GIRL AND THE SUN"
2014年
エッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

For love variation 5

ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE LITTLE GIRL AND THE SEA"
2014年
エッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

For love variation 6

ジャン・べルト・ヴァンニ Gian Berto VANNI
"THE LITTLE GIRL AT DAWN"
2014年
ソフトグランドエッチング(刷り:白井四子男)
イメージサイズ:14.8×14.8cm
シートサイズ:35.0×27.0cm
Ed.20
サインあり

*ジャン・べルト・ヴァンニ銅版画集「love」6点セット
 セット価格:88,000円(シート、たとう入り、税込み)
 単品価格:22,000円(シート、税込み)

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ジャン・ベルト・ヴァンニ GIAN BERTO VANNI
1927年、ローマに生まれる。1946~48年、サンルカアカデミー、ローマ大学建築学部に学ぶ。1947年アンドレ・モーリアック作「アスモデ」、ヴィットリオ・セルモンテ作「私たちの美しい城」の舞台美術を担当(後者はマルチェロ・マストロヤンニのデビュー作)。1949~60年パリ在住。1952~53年フルブライト奨学金を得て、エール大学にて絵画を学ぶ(同期にヨゼフ・アルバース)。1953年、ヴィラジュイフ市の住宅計画に参加、100棟のアパートの色彩決定に携わる。1954年、ルチアーノ・エマー監督、映画「ピカソ」のカラー・アドバイザーを務める。.1959年、ルネ・デュピュイ演出「フィガロの結婚」の舞台美術を担当。
1960~79年、ローマ在住(1966年はモロッコ在住)。1963~74年、シルクスクリーン・ワークショップを開設、指導―アルジフ(イスラエル)、コルフ(ギリシア)、チケフェル(イタリア)、クサダシ(トルコ)、ジェルバ(チュニジア)、アガディール(モロッコ)、マラケシュ(モロッコ)、モンタリヴェ(フランス)、ヴィテル(フランス)、ポルト・ペトロ(スペイン)。1966年、ケルン市主催、ライン・ティバ絵画展で第一席受賞。1979年からニューヨーク在住。1983年、来日しイタリア大使館後援により東京・ギャラリー方寸にて個展開催。以後、奈良・西田画廊、小浜・ギャラリーM、仙台・ギャラリー青城、久留米・筑後画廊他にて個展。1984年、クーパーユニオン美術学校教授となる。2017年、死去。

夏休み こども図書室 宇野亞喜良"あのこ" & ジャン・ベルト・ヴァンニ"love"の絵本と版画
会期:2022年8月6日[土]~8月11日[木、祝日] *会期中無休
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案内状裏イラストレーター グラフィックデザイナーの宇野亞喜良(b.1934)とイタリア人画家ジャン・ベルト・ヴァンニ(1927-2017)の絵本と版画の展覧会を開催します。
1966年の名作絵本『あのこ』(文:今江祥智、絵:宇野亞喜良、理論社)は、終戦間際の少年少女と馬をめぐる幻想的な物語です。
1964年にフランスで出版され、世界中で100万部以上のロングセラーになった絵本『love -ラブ-』は2007年に日本語版(三辺律子・訳)が刊行されました。ページを開くたびに、思いもかけぬ世界が広がってくる、画家ジャン・ベルト・ヴァンニが、印刷、文字、紙、デザイン、造本すべてにアートとしてのこだわりをこめてつくったすばらしい絵本です。未発表銅版〈love -ラブ-〉シリーズ6点も初めて公開します。絵本を多数ご用意しておりますので、是非お子様と一緒にお出かけください。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊