佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第68回

林剛平さんと建築の全体性を考える


さいきん、大玉村で藍染めの歓藍社を一緒にやっている林剛平さんと一緒に車を乗り合わせて東京へ行く機会があった。剛平さんはここ一年くらいは東京・三田の蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)の現場に入っていたし、自分も大玉村とその外を行き来するような生活をしているので、会うのも久しぶりだった。午前3時ごろ大玉村を出て、夜明け前の暗闇の高速道路を走りながら、いくらか話をした。

剛平さんと会うとだいたい、建築の本質に触れるような話をする。なんとなく、建築の中心あたりを聞かれることが多い。林剛平さんとは十数年前、高山建築学校で初めて会った。その何年か後に大玉村で活動を始めたのも剛平さんの伝手あってのことであるし、インドのシャンティニケタンにも一緒に行った。何かと絡まりがある。剛平さんは建築の設計や施工を生業としているわけではないが、いつも何らかのモノづくりに取り組んでいて、どんなことをやっていても、だいたいいつも建築の本質あたりを捉え、そして世界の茫洋とした地平まで思考を巡らせている。剛平さんと会って話をすると、だいたいそんな風な、頭をフルに回転させる。確かな言葉にするのも難しくて、単語を一つ一つ探り出しながら、ポツポツと得体の知れない中身に触れていく、そんな感じだ。
そして先日の車中の話では、建築の全体性、という言葉がキーとなった。全体性というとまるで何かを心得たかのような冷静さが漂ってしまうので、もしかするとその内実を言い表す言葉が別にあるかもしれない。ただ何となく、作ること自体、あるいは作り手の力量、技術といった部分的で細かなスケールに眼が行きがちな自分自身の平常に相対するものとして、全体、という言葉が浮かんだ。建築を考えるための骨格、と言っても良いかもしれない。こうして文章を書いている最中も、どんな言葉がこの感覚に対して確からしいか探っている。

建築を構想するにあたって、何らかの大きめのイメージ、構成、骨格が必要であると最近私は痛感している。近頃やったある仕事の経験からさらにその必要性を思うに至った。その仕事では実のところ、その建築の大きな全体像、骨子となる部分をあまり明確に描くことなく、半ば成り行きに乗りつつ、設計そして現場監理を進めていってしまった。今までの特に改修の仕事、あるいはインドでの家づくりの経験から、現場が始まって、部分のモノの取り合いのようなところに注力していくことで、じきにその建築の全体の骨子も浮かび上がってくるだろう、と楽観していたのであった。けれども、実際にはそんな甘いものではなかった。何だか終始はっきりとせずに建物は完成に至ったのである。もちろん関係者の方々にはそれなりに満足してもらっている気がするし、自分にとっても得難い設計経験だった。平面の計画などもそれなりに合理的で上手くいっていた。けれども何かが欠けていたようである。今になって直感しているのは、建築の設計があまり進んでいない段階、確かな建築の姿、在り方が定まらずに、どちらかといえばまだ始まってもいない段階のようなドロドロとした状態に、しっかりと向き合わなかったのが大きな要因なのではと思っている。地球が、世界がどうなって欲しいか、などといった誇大な想いがここで必要だとは今も思っていない。けれども、その建築が立ち現れる場所がどんな世界になっているのか、あるいはどんな世界を求めるのかをぼんやりとした(目を半分閉じて外を眺めるような)カタチでもって思考、構想する努力を怠ったことを今は悔いている。ドロドロだけれども、その後に現れてくる建築のあらゆる部分を定めていく決定の尺度、ものさしをどうにか見つけていかなければいけないのだ。

そして、最近は自分なりにその思考への努力を心がけようとしている。すでに進んでいたプロジェクトについてもできるだけ原点にむかって遡りながら、ドロドロとした世界のカタチを改めて試みている。そんな構想の有様を、剛平さんとの車中の会話では、建築の全体性と言い表した。おそらく鈴木博之さんの私的全体性にも通じていく小径があるとも考えている。少し前の言葉ではリアリティ、と言うのもかもしれない。

剛平さんとの話では、だいたいいつもそんなふうにヒリヒリとする話題が自ずと出てくるのであった。

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*先日、大玉村でやった藍の収穫の際の、藍の茎と葉っぱを仕分ける作業をする剛平さん

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。