井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」第15回
『にわのすなば GARDEN SANDBOX』
あけましておめでとうございます。今年、初めて映画館で観た映画は黒川幸則監督の『にわのすなば GARDEN SANDBOX』でした。このブログが公開される頃には、ポレポレ東中野での公開がギリギリ終わってしまっているようなのですが、これからも様々な場所での上映が続いていくと信じてこのブログを書き始めます。
「〈行先不明〉のロードムービー」「迷子になった人たちのコメディ」。そんな言葉で紹介され、『第33回FIDマルセイユ国際映画祭』インターナショナルコンペティション部門に正式出品された映画『にわのすなば』。同作を観終えたあと、しばらく頭の中に浮かんでいたのは「町全体があみだくじみたいで楽しかったなあ」という感想でした。私が作品を観に行った日の上映後、ミニライブを披露されていたのっぽのグーニーさんの楽曲の歌詞に「あみだくじ」という言葉があって、それがなんだか映画の印象とぴったり合致したような気がしたのです。
目の前に現れた道を気ままに辿って、たまにラッキーな出来事に巡り合ったり、巡り合わなかったりする即興の遊び。自由に、しかし何か大きな流れに導かれるようにして町を歩きまわる主人公たちは、まるで一つのあみだくじを、毎日さまざまな地点から進んでいるようでした。自分でくじを引いたのか、いつのまにか引くことになっていたのかわからないまま。
ただ、映画を観終えてさらに時間が経ったいま改めて思い返してみると、なんだか「あみだくじ」という言葉でも、まだ作品の魅力をうまく言い表せていないような気がしてきました。
例えば……あみだくじと言えば直線のイメージが強くありますが、劇中に出てくる道は、なんだかもっとぐにゃぐにゃしています。それに一度使ったら捨てられてしまうあみだくじとは違い、劇中には時間の積み重ねが映し出されていたのです。舞台となる町・十函には、錆び付いた信号や昔ながらのコロッケ屋さん、歴史的な建築などが点在しています。そうしたあれこれと、「あみだくじ」的な偶発感、楽しさを同居させることのできる言葉がもしもあるとすれば……。ひとしきり考えた後、目の前のチラシを見て思わず「はっ」と声を出しそうになってしまいました。そう、その言葉こそ「にわのすなば」なのです!
映画のタイトルが映画の内容とぴったりだなんて、なんて当たり前のことを書き連ねているのだと呆れられてしまうかもしれません。けれど私はこの「にわのすなば」という言葉に、しばし興奮してしまいました。遊ぶ人次第でぐねぐねと変化し、たまに熱中を生むけれど、次の日にはまた更地に戻ってしまう飾り気のない小さな囲い。公園ではなく「にわ」だから、遊び場へのゲートは全員に開かれているわけではないけれど、ある日そちら側へと足を踏み入れられたなら、「すなば」が常にそこに存在し続けていることがわかるのです。
どこにでもありそうな場所から、人々をいつの間にか不思議空間「にわのすなば」へと誘うこの映画。地元住民に誘われて橋を渡ったら、主人公が突然違う次元へと迷い込んでしまう様子は『千と千尋の神隠し』のようでもあったけれど、ジブリよりも最高なのは、主人公のサカグチが千尋みたいに走ったり働いたりしないところ。働かなくても、スケボーにうまく乗れなくても、よく意味がわからなくても、存在できる場所があることにすごく励まされました。

(いどぬま きみ)
■井戸沼紀美
福島県生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)、『肌蹴る光線』(2018年~)などの上映イベントを企画した。
・井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」は隔月、奇数月の22日に更新します。次回は2023年3月22日掲載予定です。
●本日のお勧めは、関根伸夫です。
No.11 関根伸夫
《菜の花や月は東に日は西に》
1972
水彩
28.0×48.5cm/35.0×51.5cm
サインあり
●カタログ刊行しました
『関根伸夫展―旅する人』カタログ
発行日:2023年1月20日
発行:ときの忘れもの
図版:22点
執筆:関根伸夫「<発想>について」(1976年執筆)
編集:尾立麗子
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.6×17.1cm、32頁、
日本語・英語併記
価格:880円(税込)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「関根伸夫展―旅する人」
会期:2023年1月20日[金]~2月4日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊


『にわのすなば GARDEN SANDBOX』
あけましておめでとうございます。今年、初めて映画館で観た映画は黒川幸則監督の『にわのすなば GARDEN SANDBOX』でした。このブログが公開される頃には、ポレポレ東中野での公開がギリギリ終わってしまっているようなのですが、これからも様々な場所での上映が続いていくと信じてこのブログを書き始めます。
「〈行先不明〉のロードムービー」「迷子になった人たちのコメディ」。そんな言葉で紹介され、『第33回FIDマルセイユ国際映画祭』インターナショナルコンペティション部門に正式出品された映画『にわのすなば』。同作を観終えたあと、しばらく頭の中に浮かんでいたのは「町全体があみだくじみたいで楽しかったなあ」という感想でした。私が作品を観に行った日の上映後、ミニライブを披露されていたのっぽのグーニーさんの楽曲の歌詞に「あみだくじ」という言葉があって、それがなんだか映画の印象とぴったり合致したような気がしたのです。
目の前に現れた道を気ままに辿って、たまにラッキーな出来事に巡り合ったり、巡り合わなかったりする即興の遊び。自由に、しかし何か大きな流れに導かれるようにして町を歩きまわる主人公たちは、まるで一つのあみだくじを、毎日さまざまな地点から進んでいるようでした。自分でくじを引いたのか、いつのまにか引くことになっていたのかわからないまま。
ただ、映画を観終えてさらに時間が経ったいま改めて思い返してみると、なんだか「あみだくじ」という言葉でも、まだ作品の魅力をうまく言い表せていないような気がしてきました。
例えば……あみだくじと言えば直線のイメージが強くありますが、劇中に出てくる道は、なんだかもっとぐにゃぐにゃしています。それに一度使ったら捨てられてしまうあみだくじとは違い、劇中には時間の積み重ねが映し出されていたのです。舞台となる町・十函には、錆び付いた信号や昔ながらのコロッケ屋さん、歴史的な建築などが点在しています。そうしたあれこれと、「あみだくじ」的な偶発感、楽しさを同居させることのできる言葉がもしもあるとすれば……。ひとしきり考えた後、目の前のチラシを見て思わず「はっ」と声を出しそうになってしまいました。そう、その言葉こそ「にわのすなば」なのです!
映画のタイトルが映画の内容とぴったりだなんて、なんて当たり前のことを書き連ねているのだと呆れられてしまうかもしれません。けれど私はこの「にわのすなば」という言葉に、しばし興奮してしまいました。遊ぶ人次第でぐねぐねと変化し、たまに熱中を生むけれど、次の日にはまた更地に戻ってしまう飾り気のない小さな囲い。公園ではなく「にわ」だから、遊び場へのゲートは全員に開かれているわけではないけれど、ある日そちら側へと足を踏み入れられたなら、「すなば」が常にそこに存在し続けていることがわかるのです。
どこにでもありそうな場所から、人々をいつの間にか不思議空間「にわのすなば」へと誘うこの映画。地元住民に誘われて橋を渡ったら、主人公が突然違う次元へと迷い込んでしまう様子は『千と千尋の神隠し』のようでもあったけれど、ジブリよりも最高なのは、主人公のサカグチが千尋みたいに走ったり働いたりしないところ。働かなくても、スケボーにうまく乗れなくても、よく意味がわからなくても、存在できる場所があることにすごく励まされました。

(いどぬま きみ)
■井戸沼紀美
福島県生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)、『肌蹴る光線』(2018年~)などの上映イベントを企画した。
・井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」は隔月、奇数月の22日に更新します。次回は2023年3月22日掲載予定です。
●本日のお勧めは、関根伸夫です。

《菜の花や月は東に日は西に》
1972
水彩
28.0×48.5cm/35.0×51.5cm
サインあり
●カタログ刊行しました

発行日:2023年1月20日
発行:ときの忘れもの
図版:22点
執筆:関根伸夫「<発想>について」(1976年執筆)
編集:尾立麗子
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.6×17.1cm、32頁、
日本語・英語併記
価格:880円(税込)+送料250円
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「関根伸夫展―旅する人」
会期:2023年1月20日[金]~2月4日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊


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